Alcohol

紅野 小桜


 お酒の空き瓶を眺める。

あなたが置いて帰った瓶。

私はお酒が飲めなくて、あなたはお酒が好きで。

私の家に来る時はいつもお酒を手土産にする。

アルコールの匂いを撒き散らしながら私の家に上がり込んでくるのもたまにじゃない。

どこで飲んできたの。誰と飲んできたの。

そんなことすら聞けないまま、私は笑ってグラスに水を注ぐ。

 あなたとのキスはいつだってお酒の味がする。

アルコールの味も匂いも嫌いだけれど、口渡しされるあの匂いは嫌いじゃない。

酒の匂いに酔っているのかあなたに酔っているのか、自分でもわからない。


 この瓶はいつのだっけ。次にあなたが来るまでに捨てておかないと。

だけどあなたが次ここに来るのはいつなんだろう。

この瓶を捨てればこの部屋からあなたはいなくなる。あなたの痕跡がなくなってしまう。

これが今1番新しいあなたの姿。

私の中のあなたの全て。

この瓶を捨てなければきっとあなたはここにいるから。あなたの跡があるうちはきっとここに帰ってきてくれるから。

そう思うと捨てられなくて、この瓶はずっとここにいる。

おまじないのようなもの。呪いのようなもの。

きっと次にあなたが来た時に、まだ捨ててないのと呆れられる。だらしないって思われる。

だから私は笑ってグラスを渡そうと思う。


 今日は珍しくお酒を買ってきた。寝る前に少しだけ飲もうと思って。

あなたがいつも飲んでいるのと同じ瓶。

それと空の瓶とを並べる。

あなたは今どこで誰と何をしているんだろう。またお酒を飲んでいるのかな。私の知らない場所で、私の知らない誰かと。

私のとこにこない時、あなたは何をしているんだろう。他の女の子のところに行っているとしたら、それはやだな。

そんなことを考えて、あなたを信じきれていない自分が嫌になる。

だけどあなたが不安にさせるんだもの。

あなたが悪いの、私じゃなくてあなたが。

でもね、ほんとはどうだっていいの。あなたがどこで誰と何をしていようが、どうだっていいんだよ。

あなたが楽しいならそれでいい。

あなたが楽しいのが一番だから。

でもね、最後には私のとこに戻ってきてほしいよ。

あなたの帰る場所が私なら、そうであってくれるなら、私はなんだって飲み込めるから。

だけどもしそうじゃないなら、そうじゃなくなったら。


 ぽろ、と涙が零れて、私は慌ててグラスに注いだお酒を煽る。

喉が焼けて、いつものキスの味がした。


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