第11話 看病をすると事故は起きる

 西夏がいきなり服を脱ぎ始めた。

 勿論止めようとした。

 でも俺の手は動かなかった。

 許可なく女の子の体を触っていいのか。

 それも病人の。


 結果目の前に、白く美しい背中が現れる。

 その背中を輝かせるように、汗が下垂れ落ちる。

 息をのむほどの光景だった。


「ほくばぁ、はやくぅ」


「は、はひ!」


 緊張のあまり、変な声が出る。

 西夏の右手には、タオルがあった。

 用意がいい。

 ついに逃げられなくなった。


「あの〜。本当に俺がやらなきゃだめか?」


「だめぇ。ほくばがやるのぉ」


 ダメ元で聞いてみたが、ダメだった。

 これはもうやるしかない。

 このあと俺が警察に通報されても言い逃れは出来ないだろう。

 けどここで逃げたら罪滅ぼしの意味がない。


 決して西夏の背中を拭きたいから言い訳をしている訳ではない。

 そう、考えた結果、拭くしかないのだ。


「い、いくぞ」


「うん、きてぇ」


 肩をすくめる西夏。

 少し震えている。

 まるで緊張しているような。


 俺は優しく、上から拭いていった。


「ひゃッ――」


「へ、変な声出すなよ」


「だって、ほくば上手いんだもん……」


 西夏ってこんなキャラだったか?


 そうか、熱のせいだ。

 無心。

 拭くことだけを考えろ。

 それ以外は何も考えるな。


 と言っても、それは無理な話だ。

 無心になったところで、西夏の温もりは、タオルを通して伝わってくる。

 そしてタオル越しでも分かる滑らかな肌。


「お、終わったぞ」


「ほくばぁ」


「なんだ? これ以上俺に何を要求するんだ?」


「――まえ」


 え?


「き、聞き間違えだったら悪いんだけど……」


「まーえー!」


 あぁ、聞き間違えじゃなかった。

 じゃない!

これは普通にアウトだろ。

 現行犯だぞ。

 どれだけ俺を務所に入れたがるんだ。


「えぇっと、西夏。流石にこれは……」


「めぇ、かくせば、だいじょうぶぅ」


 全然大丈夫じゃねぇー。

 発想が小学生かよ。


 視覚を潰しただけで、触覚が潰れた訳じゃない。

 いろいろと。

 いろいろと、いけない所を触ってしまう。


「ほくばは、わたしじゃだめ?」


「それは、どういう……」


「わたしのからだ、ほんとうは、さわりたくなかった? ごめんね」



 なんで俺は西夏に謝らせてるんだ?

 西夏は全く悪くないのに。

 西夏がこうなったとのも全部俺のせいなのに。

 何を西夏に謝らせている。

 俺の決断が遅いから。


 そこからは、本当に無心だった。

 しかし、心臓の音は脳内に木霊する。

 うるさい程、活発だった。


 数十センチ。

 西夏は俺の動きに気づいたようだ。

 再び肩を震わせる。


 数センチ。

 人の温かみを感じる。

 熱を帯びた西夏の体は、なおその温かみが感じられた。


 あと一センチ。

 もう触れる。

 あとレイコンマ数秒で。

 触れるんだ。

 初めて俺は、女の子のデリケートな部分に。


「西夏! なんた熱出たって……」


 一センチにも満たない距離で、手を止める。

 廊下とリビングを繋ぐ扉から、仕事姿の女性が現れる。

 西夏にそっくりの美人だった。

 いや、そんなこと、今はどうでもいい。


「あらあらあら。私、お邪魔だったかしら?」


「あ、……あ、ぁ……」


 どうしよう。

 言葉が出てこない。

 考えても、『これじゃない』と却下される。


 どうしよう。

 今すぐ帰りたい。


「おっお母さん!? どうして!? 今日は遅いって……」


 そこで西夏と目が合う。

 一応前は服で隠していた。

 それは良いのだが。


「普通に喋って……。まさかさっきの演技……?」


「〜〜〜〜っ!!」


 西夏は頬を赤く染めながら、そっぽを向く。

 その行為全てが可愛く感じてしまった。


「知らない! 北馬のバカ! 私知らない」


「いや、えっとな……」


「北馬はもう帰って! 顔見たくない! 帰って!」


 照れ隠しだと分かっていても、辛い。

 『顔を見たくない』なんて言われたら悲しくなる。


 あぁ、もう! 

 それならこっちも言ってやる。


「別に俺は嫌じゃなかったからな! あと、明日一緒に登校してくれなかったら怒るから! じゃ、じゃあな」


 何かを吐き捨てるように、西夏を指を差す。

 そのまま俺は、西夏の家を後にした。

 勿論西夏のお母さんに謝ってから帰った。

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