第12話 ファーストキスは新鮮な感覚
帰宅。
それは一日の一区切りのような存在。
俺は確実に怒られる。
そして怒られる覚悟をしている。
理由は弁当を忘れたから。
基本的に
さらに今回は別の要素も含む。
今朝は寝坊したのだ。
そんな中でも愛南はちゃんと弁当を作ってくれた。
それを俺は、忘れたのだ。
玄関の扉を開ける。
そこには睨み顔でこちらを見る愛南の姿があった。
「ほ・く・ば・く〜ん。なんであいなが怒っているか分かってるぅ〜?」
「はい……」
怖い。
普通に怖い。
いつも温厚な人が怒ると二倍増しで怖くなる。
「それではこれから刑を執行します」
「刑!? 刑ってなに! 何されるの俺!」
「いいから」
「ひぃッ! 怖い。顔怖いぞ愛南。お、女の子なんだから笑ってぇ……」
俺は無言になった愛南の顔を緩めるべく、試行錯誤した。
結果失敗に終った。
愛南は頑なに笑う事を拒否した。
いつもなら秒で笑ってくれるのに。
本気で怒っているらしい。
そのまま俺は、家事全般をやらされた。
一人暮らしを三年間経験していた俺には苦ではなかった。
これが刑か。
案外楽に片付きそうだ。
そう思っていた俺がいた。
「最後の刑をします」
「さ、最後の刑……」
なんだ。
なにがくるんだ?
大丈夫。
家事全般なら可能だ。
けど待て。
愛南はこんな女の子か?
普段の愛南。
いつも斜め上の事を言ってくる。
こんな普通の刑だけな訳がない。
終始敬語なのも気がかりだ。
自然と鳥肌が立ってきた。
「最後の刑、ルーレットで決まります」
出されたルーレット。
多分手作りで、良く出来ている。
そして次の事が書かれていた。
『膝枕、足枕、腕枕、胸枕』。
その四つだった。
なるほど、次は枕の刑か。
この発想は愛南しか出来ない。
この刑かどうかも分からない物。
「じゃあ回します」
「愛南が回すの!?」
「うん」
ルーレットを回す。
俺はそれをただ見ているだけだった。
回り、減速して、止まる。
『膝枕』。
それが止まった場所だった。
なるほど、俺が――。
「あれ? 愛南、どこに?」
床に膝をつこうとした瞬間、愛南はソファに向かった。
そのまま座る。
「……来て」
「は、い…」
え?
ソファ?
なんで――?
愛南の前に立つ。
愛南が自分の膝をポンと二回叩く。
それはまるで。
「寝ろ……と?」
「うん」
「俺がされる側なの!? する側じゃなくて?」
「……うん」
まじかー。
逆転の発想だ。
まさかされる方だったとは。
「早く」
「あ、あぁ」
良いのか?
罰を受ける側の俺がこんな事。
いや、これが愛南の罰だ。
そう愛南が言うのだから、俺は言われた通りするべきだろう。
俺はソファの上に見を乗せ、愛南の膝の上に頭を乗せる。
温かく、それでいて柔らかい。
そして同じボディーソープを使っているのに、いい匂いがする。
これが、愛南の匂い――。
って変態か俺は!
これは罰だ。
罰。
それ以外何も考えるな。
「北馬くん。どう?」
「どう、とは?」
「座り心地はどうかな?」
普段の愛南より調子が暗い。
が、怒ってはいないようだ。
「さ、最高です……」
かぁ〜。
言ってて恥ずかしい。
何言ってるんだ俺は。
どうかしたのか俺。
「本当に最高?」
「あ、あぁ…」
「嘘付いてない?」
「付いてない」
「そっか、……じゃあ、目瞑って」
「え……。なん――」
「――いいから!」
怖っ!
なるほど。
反抗したら容赦はないと……。
元より反抗する気は無い。
けど理由は知りたい。
今の状況は無理だが。
言われた通り目を瞑る。
目の裏側は、黒くそれ以外何も無い。
視界が消えた今、更に愛南の温もりと柔らかさが感じる。
心地が良い。
もしかしたら、これが――。
「―――!」
当った。
柔らかいものが当った。
口に。
俺の口に、柔らかいものが当った。
新鮮な感覚。
初めての体験。
俺の記憶の中に、前例がない出来事。
けどそれが、何かは直に分かった。
――唇だ。
これは、愛南の唇。
とっさに目を開けると、愛南の顔が目の前にあった。
目は瞑っている。
愛南は、目を瞑りながら元の体制に戻した。
実際には短かったのだろう。
けど俺には、時間が止まったと思うくらい、ゆっくりだった。
『幸せ』。
確信した。
これが――。
「もう、終わり」
「え、……おわッ」
愛南は勢い良く立ち上がる。
膝に乗っかっていた俺は、勢いに耐えきれず、ソファから床に落ちる。
「いったぁ……」
俺……キスしたのか?
人生初めてのキス。
ファーストキスを奪われた。
いや、見間違えかもしれない。
俺の妄想が誤作動を起こしたのかもしれない。
一度聞いて――。
既にソファには居なかった。
リビングの扉に手を掛けていた。
「愛南! 今……」
なんて言えばいいんだぁ。
率直に聞いて良いものなのか?
もし俺が間違っていたら?
その時俺は、生きていけるのか。
「北馬くん」
「は、はい!」
「あいな、妹役やめるね」
「え……、それって……」
「あと、私……初めて、だったから……。その……。お、おやすみ!」
顔を赤く染めながら、愛南は二階に行ってしまった。
あぁ、俺達は、本当にキスをしてしまったのだ。
――この日から、止まっていた俺の人生の歯車が、回り始めた。
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