第6話 痴漢の冤罪

 これまでの出来事を少し整理しよう。

 昨日は新しい事が起きて、処理をし忘れた。


 まず一つ目。

 幼馴染である日下部西夏に、嘘を付いた。

 14歳の許嫁を妹と言ったのだ。

 これで俺も立派な嘘つき。

 嬉しくない称号だ。


 二つ目。

 俺の父さんと愛南のお義父さんが結婚した事になった。

 父さん、本当にごめん。


 そして現在の状況も一応整理しよう。

 ざっくり言えば走っている。

 何故かって?


「電車におくれるううぅぅ!!!」


 ちくしょう!

 西夏のやろう。

 今日は起こしに来てくれると思って目覚まし消してたのに!


 ちなみに、愛南も一緒に寝坊した。

 思い返してみれば、毎朝愛南を起こしていたのは俺だった。



ーーー



 出発ぎりぎり。

 なんとか電車に間に合った。

 高校生からの電車通学。

 正直電車は嫌だ。

 特に朝は苦手だ。

 何故なら混むから。

 朝の電車はとにかく混む。


 そんなこんなで、ようやく二駅先の学校最寄りの駅に到着した。

 この時間帯は酷かったな。

 混んでいると言うよりは、潰されると言ったほうが良い。

 もし地獄があるなら、それは間違いなく混んだ電車の中だ。

 まぁ、苦なだけで地獄ってほど地獄じゃないけどな――。


「ちょっと!」


「はい?」


 女子高生の声。

 いきなり服の裾を掴まれ、俺は振り返る。

 そこにはギャルっぽい格好の女子高生がいた。


「なんですか?」


「なんですか? じゃないんですけどー。あんた、さっき私のおしり触ったでしょ! この痴漢男!!」


 ギャルの大声は、駅中に響き渡る。

 通行人は振り向き、振り返り、『痴漢』というワードを連呼する。

 俺にとって、まさに地獄だった。


「は、ちょ! まてまて待ってくれよ。俺そんな――」


「きゃあ、近づかないで! これ以上私に何するの!」


「ちょ!」


 周りからの視線と声が多くなってきた。

 「あいつ危ない」だの、「痴漢だって、やってそうな顔〜」だとか。


 まてまてよ。

 そんな事やってないのに。

 どうやって弁明すればいいんだ。

 このまま引き下がるか。

 そしたら認めた様なもんじゃないか。

 だったらやる事は一つだろ!

 弁明しろ。

 やってないんだからできるだろ!


「あ、あのッ!」


「皆さ〜ん。たすけてくださ〜い。この人! 私に、痴漢してきたんです! 誰かこの犯罪者を捕まえてくれませんか〜」


 悪化した。

 周りからは、「決まりだな」や「最低! クソね」と蔑む目で見てくる。


 そもそもなんでこんな事になった?

 この人は痴漢された被害者だけど、俺はこの人の犯罪者じゃない。

 この人も悪くないけど、俺も悪くない。

 ――はずだ。

 そうだよな。

 悪くないよな。

 

 分からなくなってきた。

 どうしよう。

 この歳になって泣きたくなってきた。

 ――ちくしょう。


「その人は犯罪者でも何でもありません。ただ満員電車に乗って、証拠も無しに犯罪者扱いされている、可愛そうな被害者です」


 絶望しかけていたその時。

 俺はその言葉に救われた。

 誰もが俺を犯罪者だと思っている。

 誰もが痴漢された人の味方だった。

 けど、本を片手に持つその少女は、俺の、たった一人の味方だった。

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