第3話 興奮しないの

 小学一年生の時、日下部は毎日俺の家に遊びに来ていた。

 だからこそ、鍵の隠し場所を知っている。

 たった一年の付き合いだったが、過ごした時間は濃いものだった。

 だからこそ、事件は起こった。


 知られてしまった以上、説明なしに返すわけには行かない。


 日下部を家に強引に入れる。

 固まっていたので抵抗しなかった。

 その代わり、椅子に座らせた後も固まり、目が点の状態だった。


「あのー。日下部さん? 大丈夫ですか?」


「……は! だっっっじょうぶなわけあるかぁ!!」


 大きな声がリビングに響き渡る。

 二階で着替えていた愛南もびっくりしたらしく、ドンっと音がした。


「なんだ? あれは! あのちっちゃくてかわいい美少女は!」


「待て待て、説明するから。あと、お茶入ってるからこぼすな……あ」


 コップに入っていたお茶は既にこぼれていた。

 わざとかと思うほど日下部の手は震えている。


 今日が入学式だと言うのに溢すとは。


「あーあー。シミになるといけないから直に洗濯するよ。変わりのやつ出してやるから。風呂も一応沸いてるらしいし、入ってきたら?」


「あ、ああ、そうだな。そうしよう。私も疲れてるんだ。そうに違いない……」


 そう言いながら日下部は席を立つ。

 そしてその場で服を脱ぎ始めた。

 一瞬の出来事に固まった。


「は? ちょ! 何脱いでんだよ!」


「ぬ、脱がないと風呂入れないだろ! 北馬は馬鹿だな〜」


 馬鹿はどっちだよ、と突っ込みたくなる所をぐっと抑える。


「いいから洗面台に行ってくれ。脱ぐのはそこでやってくれよ」


「………」


 何故か日下部の動きが止まる。

 制服のネクタイが解け、スルリと床に落ちる。

 一歩、また一歩と日下部は距離を詰めてくる。

 それに後退るも、距離は詰まっていく。

 ゼロ距離になった途端、思いっ切り抱きしめられた。

 強く抱きしめられたが、痛くない。


「北馬は、私じゃ興奮しないのか? やっぱりがさつな女は嫌いなのか?」


「……え?」


 言ってる意味が分からなかった。

 日下部は友達だ。

 俺は男だが、友達に興奮するほど落ちぶれていない。

 それに嫌いと思った事はない。

 確かにがさつだ。

 けど嫌っていたら友達になってない。


「えっと…、日下部……。あの――」


「北馬くん。おっ待たせ〜!」


 リビングの扉を大きく開け、登場する愛南。

 通常の部屋着だった。

 愛南の登場と共に、日下部は離れていた。


「お言葉に甘えて、お風呂借りるな」


 俯向きながらそう言うと、制服のネクタイをその場に残したまま、風呂へ向かった。

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