堕ちた女神 第四章・ゾディンガル王宮女学院

第35話 新しき生活

 バルチナ神王国・神都ゾディンガル。玉座の間。

 数々の重臣たちが見守る中、国王の前にひざまずく一人の男がいる。


「魔族ゲリラ部隊司令官イルヴァ及び、その娘たちを討伐したことを称え、デーモンハント団長レオパルド・ライゼンシュタインに勲章と金一封を授ける」


 大臣の読み上げが終わると、神王ディマルカス・アラヌスより勲章を手渡された。


「ありがたき幸せ」


 大きな拍手がレオパルドに送られる。


 ヴォルヘルムは、団長の座を副団長である彼に譲り、デーモンハントを除隊した。

 今はもう、ただの無職のおじさんである。



「デーモンハントの功績に対し、これしきの褒賞では、余の器が小さいと侮られる。他にも何か褒美をやろう」


 ディマルカス神王のこの発言に、一同が慌てだす。

 どうやら予定になかったことらしい。


「レオパルド・ライゼンシュタイン。何か望むものはあるか?」

「そ、それは……!」


 レオパルドが慌てたように私の方を振り向く。


「まったく……もっとしっかりしてもらいたいものです。それでは団長は務まりませんよ」


 私は手で「先延ばしにしろ」と伝えた。


「たいへん恐縮でございますが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ、よいだろう。決まり次第使者を送るが良い」


「陛下の寛大なご配慮に、心から感謝申し上げます」


 こうして表彰式は無事に終わった。





 神王国領コセリア村。


 村はずれの小さな小屋では、一人の中年の大男が薪を割っており、そのすぐそばでは、幼い美少女が洗濯物を干していた。

 そんな二人に、若い大男が必死に何かを説明している。


「――という訳なんすが、いったいどうすりゃいいすかね?」

「おいレオ! そんなことでいちいち訪ねてくんじゃねえ! ぶっ飛ばすぞ!」


 口ではそういうものの、ヴォルヘルムは笑顔で薪を叩き割っていた。


 彼は今、この農村で私と二人きりの寂しい生活を送っている。

 かつての仲間が訪ねてきてこと、そして未だに頼りにされていることに、嬉しくて仕方ないだろう。

 私もそれを嬉しく思う。


 ちなみに、私は一応まだデーモンハントに籍を置いているが、団員として活動することはほとんどない。先日の表彰式くらいだ。紋章官の役職も、見込みのある団員に譲った。


 その理由はヴォルヘルムが心配だったからだ。

 ヴァジラの一件が判明した時、彼は相当なショックを受けてしまい、不安定な状態にあった。


 しかも、妻には逃げられているし、息子はずっと昔に戦死してしまっている。そばで支えてあげられるのは私しかいない。

 ヴォルヘルムには色々と恩があるので、私は躊躇なく彼と暮らすことを選んだ。



「すんません。でも金くらいしか思い浮かばねえんすよ」

「がははは! お前じゃそうだろうな!」

「ヴォルヘルムだったらどうしますか?」


「俺か? 俺は野心家だからな。騎士の称号をねだると思うぜ」

「騎士……つまり貴族の身分を手に入れるってことっすか?」

「力一つで貴族にのし上がるのが、あなたの夢でしたものね」


「ああ。そんで最終的には王の座を手に入れる! ――だが、その夢はもう終わった」

「団長……」


 ボコォッ!

 レオパルドがぶん殴られる。


「団長はお前だろうがレオ! しっかりしろ!」

「す、すんません!」


 ヴォルヘルムの目は笑っている。


「じゃ、じゃあ、俺が前団長の意思を引き継いで、騎士になりますよ!」

「それはやめた方がいいです。あなたにはあの世界を生き延びる力がありませんから」


「え!? どういうことですかお嬢?」

「一傭兵に過ぎない男が貴族の仲間入りをするのですよ? 当然それを面白くないと思う連中がわんさと生まれます。あなたはそいつらを上手く捌けますか? ヴォルヘルムにはそれができますが、あなたには無理です。確実に潰されます」


 レオパルドの顔面が青くなっていく。


「すんません、やっぱやめときます……」

「……まあそういうこったなレオ。人には向き不向きってもんがある」

「もっと角が立たないやつにした方がいいですよ」


「そうするとやっぱり金しか……」

「お金はすでにもらっています。ここでまた金を要求するのはあまりにも下品。デーモンハントの品位を落としてしまいますよ?」


 レオパルドが頭をわしゃわしゃとし始めた。


「ああー、もう! じゃあ、お嬢だったらどうすんです!?」

「私は王宮魔術師、もしくは高位女官の座が欲しいですね。嫉妬と陰謀がうずまく世界ですが、まあ私ならなんとかできます」


「かー! 頭がいい人間は考えてることがちげえなあ……!」


 自分のおでこをひっぱたくレオパルド。

 それを愉快そうに見ていたら、ヴォルヘルムが神妙な面持ちをしていることに気が付いた。


「……どうしましたヴォルヘルム?」


 彼はじっと私の目を見つめた。


「なあマルチェラ……俺の夢……お前に託してもいいか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る