第34話 再会

 とある森にある洞窟の奥。

 木で造られた簡素な玉座に頬杖をついて座る美女の前に、一人の魔族が片膝をついている。



『……申し上げますイルヴァ様。湖のほとりにて、ベビア様とルヒア様のご遺体を回収いたしました』

『………………………………ここへ持って来い』


『……恐れながら申し上げます。御覧にならない方がよろしいかと』

『二度も言わせぬな。ここへ持って来い』


 これ以上の口応えは死。

 そう悟った下士官は、下の者に目で合図を送る。


 青ざめた顔の兵士4名が、棺桶を私の前に運び入れた。


『蓋を開けよ』

『か、かしこまりました!』


 蓋を開けた瞬間、ひどい臭いが洞窟内に充満する。


『もう腐敗臭が……!? 早すぎる!』

『恐れながら申し上げます。これは腐敗臭ではなく、誘引剤の臭いでございます』


『誘引剤!?』

『はっ、肉食生物を引き付けるためのもので、通常は狩りに用いられます』


 ――まさか!?


 私は玉座から立ち上がり、棺桶の中をのぞき込む。




『デーモンハントどもめぇぇぇぇ!』


 凄まじい怒りのオーラが立ち昇る。

 愛しい娘二人は首を切られており、残った胴体は無残に食い荒らされていた。



 ――デーモンハント! 最も憎むべき人間!


 およそ300年前。当時私たちの住む島は、四大魔公による戦国の真っ只中であった。

 私が仕えていた四大魔公の一人であるイスキオス公は、戦いに敗れてしまい、島から逃げざるを得なくなる。

 そうして彼と、私を含めた従者200人が、この大陸へとやって来た訳だ。


 この地には原住民である人間がいたが、奴らは貧弱で、魔法も使えない。

 土地を奪うのは簡単だった。


 ――のだが、ある時からとてつもない猛攻を受け始める。

 魔法を使う人間の集団が現れたのだ。

 しかもその中の一人は、異常なまでの強さだった。

 魔族をもしのぐ腕力と魔力を持ち、戦がとにかく上手い。

 我ら魔族軍はどんどんと押し込まれ、自分達で築き上げた拠点を捨て、森に逃げ込むしかなくなる。


 幸いなことに人間は、魔族とは違い寿命が短い。あのやばい女の寿命が尽きるまで、私たちはひたすら待つことにした。


 屈辱に耐えること100年。

 満を持して攻め入った私たちを待っていたのは、信じられない光景であった。

 なんと、あの女が以前よりも若い姿で先頭に立っていたのだ。

 私たちは再び森に逃げ帰った。


 その後、何人もの犠牲者を出しながらも、あの女の情報を手に入れる。

 奴は不死身らしく、寿命が来ても赤子に生まれ変わるのだそうだ。化け物としか言いようがない。


 だが赤子の時は何もできないらしい。

 女が赤子になるのをひらすら待ち、今度こそという思いで攻め込んだ。


 そしてついに奴を捕えることに成功。

 なぜこいつは不死身なのか? なぜ人間が魔法を使えるようになった?

 その謎を解明するために様々な実験をしている途中、別の大陸から人間どもがやって来たのだ。


 初めは取るに足らない存在だと思っていた。

 何せ奴らは魔法を使えない。この大陸の原住民の方がはるかに手強い。


 だが、何度目かにやって来た連中は違った。

 どいつもこいつもやたらとでかく、魔族と互角に近い力を持っており、さらに身にまとった漆黒の鎧は固く魔法を通さない。


 イスキオス公はあっさりと討たれてしまい、私は再び森に逃げ込んだ。

 それ以来私が司令官となり、人間に対しゲリラ戦を続けているが、年々仲間は減っていく一方である。


『それもこれもすべて、あのデーモンハントのせいだ……!』

『母上、例の女がやって来ましたが、どうされますか?』


 三女のアビアが間の悪いところで話しかけてくる。


『奴か……! 今すぐ八つ裂きにしてやりたいところだが、一応言い訳は聞いておこう』

『かしこまりました』


 アビアがあごで合図をすると、兵に引き連れられて巨体の女がやって来る。

 

『いったいどういうことだ!』

『それ・こっち・台詞! なぜ・マルチェラ・生きてる!?』


『私の娘たちが返り討ちにされたのだ! 魔法だけが取り柄のガキではなかったのか!?』


 ベビアとルヒアは、我が軍屈指の戦士であり、魔法防御の高い上級ローブを纏っている。魔術師ごときに負けることなどあり得ない。


『その通り! 奴・まだ・ガキ! 力・弱い! 接近戦・弱い!』

『貴様……我らを騙したな……!』


『ち、違う! そんな・面倒・しない!』


 まあそれはそうだろう。

 デーモンハントには私たちを皆殺しにする力がある。

 こんな面倒な取引はしなくても、直接乗り込んでくればいいのだ。


『だが、この責任はとってもらおう! 殺れ!』

『や、やめ――ギャアアアアアアッ!』


 アビアと兵たちが巨体女を八つ裂きにする。


『こいつの肉はヘルハウンドに食わせろ』

『かしこまりました』


 長年人間たちと戦い続けてきたが、私たち魔族と交渉しようなどという奴はこいつが初めてだった。


 マルチェラとかいうこいつの妹を殺る代わりに、私たちの本国の情報と、船を一隻用意する。そういう取引だった。

 当初、人間――しかも仇敵であるデーモンハントの者との取引などあり得ないと考えていたが、本国の情報は魅力的だった。

 本国の情勢が一変していれば、故郷に戻ることも可能だからだ。


 やはりこんな森の中でなく、思い出のあるあの地で暮らしたい。



『ギャアアアアアアアアア!』


 入口の方から悲鳴が聞こえてきた。


『何事だ!?』


 兵が慌てて私の元へと駆けつける。


『敵襲でございます! デーモンハントが攻めてきました!』


 なんだと……!


『ここは我らが時間を稼ぎまする! イルヴァ様はアビア様とお逃げくださりませ!』

『うむ! お前たちの死、無駄にはせぬぞ! ――アビア、ついてこい!』

『は、はい!』


 私たちは隠し通路を走り抜ける。

 こういう時のために、外への脱出路を用意しているのだ。


『ここに鎖が――あった!』


 鎖のレバーを引っ張り、隠し扉を開ける。


『よし、急げ!』

『はい、母上』


 ズドォォォォォォォォンッ!


 外に飛び出した瞬間、私たちを白い稲妻が貫いた。


『ガッ……!』

『アアアッ……!』


 私とアビアの両脚が消し飛ぶ。


「<聖雷>」


 ズドォォォォォォォォンッ!


 アビアの片腕が吹き飛ばされた。


『アビアッ……! があああああああっ!』


 私の片腕も吹き飛ばされる。


『なつかしい・イルヴァ・私・嬉しい』


 岩の陰から、不気味な笑みを浮かべた人間の子供が現れた。


『ぐっ! <影――あああああああっ!』


<影槍>での反撃を試みたが、残る片腕も失い、私は反撃の術を失う。


『記憶・私・ある? ――<聖雷>』


 ズドォォォォォォォォンッ!


『ぎゃあああああああ! 母上ぇっ!』

『アビアッ! おのれぇ……!』


 アビアも四肢を全て失ってしまった。


『大丈夫・私・治療・してあげる』


 ニコニコしながら、奴は私たちに漆黒の首輪を取り付けた。


『何の真似だ!?』

『この首輪・ダークオリハンコン製・非常・頑丈・魔力・封じる――<快癒>』


 アビアの足が再生される。

 いったい何をするつもりだ?


『次・足枷』


 奴はダークオリハルコン製の足枷をアビアに取り付けた。


 なんだ? 私たちを生け捕りにするつもりか?


『イルヴァ・私・記憶・ない?』


 奴は私の目の前にしゃがみ込み、顔をのぞき込んで来た。


『マルチェラとかいうガキだろう!?』

『……ふっ。記憶力・悪い・女……女? そういえばお前、女・なった? あはははははは!』


『何がおかしい!?』

『300年前・お前・中性! そうか・男・できた! あははははは!』


 こいつ……300年前の私を知っている!?

 だとすれば……!


『まさか貴様は……!』

『ようやく・記憶・復活?』


 不死身の女王・インヴィアートゥ!


『なぜお前が、こんな場所に!?』

『お前・殺すため・鉄の棺・出た』


 奴が恐ろしい形相で私を睨む。


『た、頼む……! どうか命だけは……!』

『駄目。お前・私・孫・ヘルハウンド・食わせた……!』


 インヴィアートゥはニヤリと笑うと、指笛を吹いた。


 ガサガサと茂みが鳴ると、デーモンハントの猟犬3匹が姿を現す。


『まさか……貴様……』

『理解? 目には目・歯には歯』

『母上ぇ……!』


『それだけは許してくれ! 頼む!』

『あの時・私も・心の中・そう・叫んだ』


 インヴィアートゥは犬に向かい、ニコッと笑う。


「食べて良しです」

『やめてくれえええええええええええええ!』

『いやあああああああああああああああああ!』

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