第33話 致命的な記憶喪失

 その後、当然どのようにしてイルヴァの娘たちを討ち取ったのかという話題になる。

 私は、受験生たちが命懸けで作ってくれた隙を使い、<聖雷>と<後光>で仕留めたと説明した。


 当然<狂血>のことは黙っている。

 あれは奥の手なのだ。誰にも明かすつもりはない。



「お嬢、今日は全然飲まないんですね?」

「うふ、試験に戦闘……さすがにヘトヘトです」


 団員の話を適当に聞き流しながら、思考にふける。


 ――しかし、あまりにも強すぎる魔法だ。

 術者の意思で発動はできないが、代償なしであの狂戦士をいくらでも生み出すことが可能なのだから。


 なぜ魔族どもは<狂血>を封印してしまったのだろう?

 この力があればデーモンハントに狩られることもなかっただろうに。


「そうっすよね。風呂に入って、さっぱりされてはお嬢?」

「そうですね。そうします」


 今は一人になりたい。

 私は喜んで風呂に向かった。


「そう言えば……26番ガイマンドの<狂血>は不完全と言っていましたね。完全な狂戦士を生むには、何か条件があるのでしょうか? 色々と実験が必要ですね」


 捕虜を使うか?

 いや、団員に見られたらまずい。


 私はすっぽんぽんになり、湯船に飛び込んだ。


「ふう……私一人で山賊や野盗を退治しに行ってみましょうか? ならず者なら、いくら人体実験しても構うまい。ふふふ……」


 そう言葉にした時、ある単語が心に引っ掛かった。


「ならず者……うっ、なんでしょう……この感じ……」


 ノドに何か引っ掛かったかのような不快感。


「ああっ! なんだかイライラする!」


 それと同時に、妙な悲しみも。


 なぜ私はこんな情緒不安定に……?

 イルヴァの名前を聞いたからだろうか?


「きっとそうなんでしょうね。あの瞬間、私の心は殺意一色に塗り潰されましたから……」


 湯の中に潜り、心を鎮める。



 風呂から戻ると、宴会はまだ続いていた。――というより、さらに盛り上がりを見せている。


「おうマルチェラ! お祝いだ!」


 ヴォルヘルムが馬鹿でかい箱をかついで、こっちへとやって来た。


「なんですかそれは?」

「へへっ、本当は明日届く予定だったんだけどよ。こうなっちまったからには今日を逃す手はねえだろ? 急いでガストンの奴を使いに行かせたぜ」


 そんなことは聞いていないのだが。

 あれか? 中身は開けたからのお楽しみということか?


「なんでしょう? 楽しみです」


 団員たちに囲まれる中、床に置かれた箱の紐を解き、開封する。


「……魔狼……の、ぬいぐるみ?」

「おう! 等身大のぬいぐるみだぜ、すげえだろ! 触ってみろ、ふわふわだぞ!」


「なぜ魔狼?」


 ヴォルヘルムと団員たちが固まってしまった。


「なぜって……。お前、魔狼大好きだろ?」

「え……?」


 酔っ払った時に、そんなことでも口走ったのだろうか?

 そもそも魔狼など、気にしたことすらないのだが? 好き嫌い以前の問題だ。


 魔狼……魔狼ねえ……?


 ああ……でも、魔狼のことを考えると、なんだか心が安らぐな。

 やっぱり好きなのかもしれない。



「あれ……? 涙が……?」


 なんでだろう?

 すごく悲しくなってきて、涙がとまらない。


「お嬢が……お嬢が……泣いて喜んでくれてますよ……! 団長……!」

「ぐうううううううっ……!」


 ヴォルヘルムと団員たちが男涙を見せている。

 それを見て、私もさらに涙が出て来てしまう。


「うううううううううう……!」

「お嬢……! 良かったですねぇぇぇ……!」

「ぐうううううううううう!」


 みんなで馬鹿みたいに泣いてしまう。



 なんだか心にぽっかり穴が開いているような感じが……。

 

 この空虚さを満たせるのは、そう……復讐しかない。

 イルヴァを狩り殺してやるのだ。

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