第32話 イルヴァの娘たち
他2名の受験生の火葬を終えた私は、2匹の魔族の首を斬り落とし、それを訓練用の槍で突き刺した。
「この2匹、姉妹なんですかね? そんな感じのことをほざいていましたが。まあどうでもいいんですけど」
親子だろうが兄弟だろうが知ったことではない。
ハエやウジ虫を見て、いちいちこいつらは親子だろうか? などとは気にしないだろう?
私は白馬に乗り、二つの首が刺さった槍を肩に担いで出発する。
すでに日は落ちており、辺りは真っ暗だが、朝を待ってなどいられない。
今すぐ拠点に戻らなければ。
<発光>の灯りを頼りに進む中、私は思考にふける。
「今回の襲撃、明らかにおかしな点がいくつかあります。まず一つ目は、奴等がまったく油断しておらず、最初から全力で攻撃してきたことです」
受験生3人はともかくとして、私はまだ9歳の子供。
しかも隠蔽を使っているから、普通の少女としか識別できない。
「さらにこちらは武装解除していて、隙のある状態でした。人間を弱き生物と見下す奴らであれば、こちらをおちょくるような攻撃を仕掛けてくるのが当然です」
実際、過去の戦いではそうだった。
奴等は敵が明らかな弱者だと分かると、わざと時間をかけて獲物をいたぶる。
<死与>のような苦痛のない殺し方など絶対にしない。
「そして姉が最期に残した言葉。『魔族語……!? 話・違う……!』これはやばいですよ」
今も昔もほとんどの人間は魔族語を理解できない。
だから魔族語を話せる奴がいたら驚くのは当然だ。
だが『話・違う……!』この一言ですべてが変わる。
実はデーモンハントの団員には、魔族語を習得している者が何名かいる。
魔族を狩る傭兵団なのだから、これは当然だ。
そして私はまだ、魔族語がまったく理解できていないことになっている。
「つまり奴は、“私がデーモンハントではあるが魔族語は習得していない”という情報を持っていたことになります」
おまけに、9歳女児の皮を被った豪傑であることも把握している。
ここから導き出される結論は一つ。
「デーモンハント団員の誰かが、情報を与えたとしか考えられないんですよね」
仲間を裏切っただけでなく、あろうことか魔族に手を貸すなど、そんな不届き者がデーモンハント、いや人間にいるとは……。
「やけに素直だなと思ったんです。なるほど、私を始末するためでしたか」
私は鬼の形相で馬を駆けさせる。
「マルチェラが戻ったぞ! 門を開けよ!」
私の怒りを感じとったのか、門番の二人が慌てて拠点の門を開ける。
「お嬢、どうなさいましたか!?」
「到着は明日の予定では!?」
私は門番を無視し、本館の前で馬を止める。
ドゴンッ!
重厚な扉を前蹴りで開け、その勢いで槍を投げ付ける。
ビィィィンッ!
首二つが串刺しになっている槍が、床に突き刺さった。
本当は奴の顔スレスレを狙い、壁に突き刺したかったのだが、今の私の腕力では届かなかった。
シーン。
どうやら授与式後の宴会がおこなわれていたようだが、全員がピタリと動きを止め、私を凝視する。
「ただいまです。魔族2匹を仕留めましたが、受験生が全滅したため帰還しました」
一気に皆がざわつきだすが、私は奴の表情を見逃さなかった。
――そうか! 私が生きているのが驚きか!
「がははははははは! さすがは我が娘! もう処女を捨てるとは、たいしたもんだ! ――おらっ、早くマルチェラに酒を持って来い!」
ヴォルマルフが私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
分かっているとは思うが、ヴォルマルフの言う“処女を捨てる”は「初めて魔族を殺す」という意味である。
「ほう……こいつは……!」
ヴォルマルフが槍を床から引き抜き、2匹の顔をじっくりと眺める。
「ベビアとルヒアだ! イルヴァの娘たちじゃねえか! とんでもねえ大手柄だぞこれは!」
「イルヴァだと!?」
「お? 知ってんのか? まだ教えてなかったはずだが?」
「――あ、いや、自主的に勉強を……」
「さすがは俺の娘! おいお前! 樽で持って来い、樽で! お前ら、マルチェラを胴上げするぞ!」
「おおおおおおおおうっ!」
屈強な男たちが私を囲み、手を伸ばしたが、そこで止まってしまう。
「……ど、どうされましたお嬢?」
そんな恐ろしい形相をしていたのだろうか?
まあ無理はない。
孫をヘルハウンドに食わせた魔族の名を聞いて冷静でいられるほど、私は大人ではないのだから。
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