第31話 死闘の末に

 私ともう1匹の魔族は互いに離れた場所へと降り立った。

 一人生き残った26番が私の前に立つ。



 現状の戦力比を分析してみる。


 フィジカル、魔力ともに完全に奴の方が上。

 さらにこちらは兜しか装備していないのに対し、あちらは魔法防御の高いローブ。防御力にも大きな差がある。


 ここだけ見れば圧倒的に不利だが、こちらにも有利な点はいくつかある。


 まず一つは、魔族のローブに聖属性耐性がまったくないこと。

 これにより、私の<聖雷>と<後光>は一撃必殺と言っていい威力となっている。

 

 二つ目は、魔族が回復魔法を使えないこと。

 奴らは邪悪な存在なためか、神聖魔法を扱うことができない。

 回復は自然治癒か、薬に頼るしかない訳だ。

 このアドバンテージは大きい。



「奴も私と同じような分析をしたはず。となれば、とってくる戦法は一つしかない……!」

『<飛翔>』


 やはりそう来たか!


「死ぬ気で戦え26番! お前が隙を作れたら私たちの勝ちだ!」

「イエスマム! やってみせます!」


 魔法を使わせる隙を与えないために、ひたすら私に肉薄する。それが奴の作戦。

 単純だが非常に効果的だ。


『死ね! 死ね! 死ね! 妹! 仇!』


 魔族は2本の斧をブンブンと振り回してくる。

 しかも片手斧ではなく両手斧。本当化け物じみた連中である。


「ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」


 訓練用の槍を巧みに使い、奴を間合いに入れないようにする。


 槍は私が最も好む武器だ。

 武器の性能は遥かに劣るが、そう易々と不覚をとるつもりはない。


「だっしゃああああ!」


 26番が脇から攻撃を仕掛ける。


『邪魔! 死ね!』

「がはっ!」


 盾で上手く弾いたが、それでも26番は吹っ飛ばされた。

 奴の斧はそれほどの威力なのだ。


「気合を見せろ26番! <治癒>」

「イエスマム! この魔族に、俺のぶっといのをぶち込んでやります!」


 歌で26番を強化したいところだが、そんな隙はまったくない。

 そもそも歌が歌えるなら、まず<後光>を使っている。


「ハイハイハイィィィッ!」


 私が編み出した槍術奥義・疾風三段突きを繰り出す。


 頭、首、心臓を狙った連続攻撃がすべて命中!

 ……は、したのだが。


『<傀儡>……ククク……』


 槍が貫いたのは、受験生の死体。

 暗黒魔法の<傀儡>によって、死体が操られたのだ。


「このクソアマ魔族! 許せねえ!」

「落ち着け26番。それでは奴の思うつぼだぞ」


<傀儡>の魔法は自在に死者を操れる訳ではないので、今のように肉壁くらいにしか使えない。

 奴らは心理的な効果を狙って使ってくるのだ。



 しかしまずい……非常にまずい。

 奴は私と26番を相手にしながら、さらに魔法まで使う余裕がある。想像以上の手練れだ。

 このままでは普通に押し負けるぞ。


「ハイッ! ハイッ! ハイィィッ!」

「おりゃああああ! うおうりゃああ!」

『人間! 弱小! 潰す!』


 乱打戦が始まるが、どんどんと私たちは押し込まれていく。


『<召魂>』

「まずい!」


 魔族のすぐ前にウィルオ・ウィスプが出現する。

 ここでそれを使ってくるか……!


「まともに見るな! 正気を失うぞ!」

「ぐっ……!」


 出現とほぼ同時にウィルオ・ウィスプを槍で突き、消滅させる。


 だがその一瞬で十分だったのだ。


「ぐはぁっ!」


 強力な斧の一撃が26番に叩き込まれる。


「ちっ! <快」

『阻止!』


 くそっ……! 魔法を唱える隙がない!

 26番はまだかろうじて生きているが、すぐにでも<快癒>を使わないと死ぬ。


「おのれっ! ハイハイハイィィィッ!」

『残り・貴様・一人! 我・勝利!』


 私の疾風三段突きと、魔族の斧技奥義ギガントスマッシャーがぶつかる。


『グッ……!』


 私の突きは魔族を貫きはしなかった。

 が、体勢を崩すことには成功する。


「これが大陸2000年の技だ! とどめ! 一文字突きぃぃぃ!」


 渾身の突きを繰り出そうと、一歩踏み込む。



「ぐっ……!?」


 その瞬間、地面から漆黒の刃が飛び出し、私の両腕を切断した。


 槍がゴロゴロと地面を転がる。



 え……!? なんだこれは!?

 影は踏んでいないはずだぞ!?



『フフッ、<闇罠>・不知・愚か』


<闇罠>だと……? そんな魔法は聞いたことがない。

 私が棺の中にいる間に開発された魔法ということか……。


 鑑定で奴の魔法欄はチェック済みだが、私の知らないものは表示されない。

 この可能性を想定していなかったのは不覚…………!


 両腕を失ったということは、槍を持てないだけでなく、大半の攻撃魔法も使えないということ。攻撃魔法の多くは手から放出するからだ。<聖雷>もその中の一つである。


 もう勝負は決した。


「<後」

『黙れ』


 最期の抵抗で<後光>を使ってみようとしたが、案の定顔面を殴られ妨害される。

 殺さなかったのは、この後私を拷問するつもりだからだろう。


『妹・恨み・即・不殺』

「がはっ! がっ!」


 奴にノドを潰された後、腹を蹴られ、26番のすぐ隣に吹っ飛ばされる。


「紋章……官……ど……の……」


 まだ生きていたようだ。さすがは2次試験を合格しただけはある。


 ――よく戦った26番。あの世で存分に誇るが良い。

 そう声をかけてやりたがったが、生憎ノドを潰され声が出せない。


「俺は……まだ……戦えます……」


 26番の目を見る。


 ……本気でまだあきらめていないのか。

 あの沼を越えただけで、そこまで往生際の悪い男になったのだな。

 やはり私の目に狂いはなかった。


『惨め・哀れ・ククク……』


 魔族はニヤニヤと私たちの様子を眺める。


 いいぞ、そうやって舐め切った態度をとり続けろ。

 私に声が戻った時が、お前の最――


『<発火>』

「ガ……! ア゛ア゛ッ!」

「紋章……官……殿……!」


 私のつま先が火あぶりにされる。

 どうやら少しずつ燃やしていくつもりらしい。本当悪趣味な連中だ。


『<発火> ヒヒヒッ、肉・焦げる・臭い』

「グ……ガッ……!」

「許せね……エ……!」


『<発火> ヒャハハ! 人間・悲鳴・最高!』

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

「殺……す……!」


『我・良案・思い付いた』


 魔族は私の槍を拾い上げ、穂先を<発火>で炙り始める。


 ……嫌な予感しかしない。


『お前・股・突っ込む・悲鳴・楽しみ・クハハハハ!』


 やっぱりな。


 しかし……これはかなり苦しいぞ……。

 そのまま勢い余って頭まで貫いてくれると助かるのだが。


「殺す! 殺ス! 殺ス!」

『黙れ』


 ゴッ!

 魔族が26番の顔を思い切り踏みつける。


「コロス、コロス、コロス、コロス!」

『黙れ!』


 魔族が思い切り足を振り上げた。

 どうやら、かかと落としで26番にとどめを刺すつもりらしい。


 ビュオッ!

 足が振り下ろされる。


 ガシッ!


『何!?』


 信じられないことに、26番が魔族の足を片腕で掴んだ。


 まさか……。


「コロスウウウウウウウウウウウ!」

『離せ! ――馬鹿な!?』


 魔族が強引に手を振り払ったと同時、26番が一瞬で化け物へと姿を変えてしまった。

 致命傷レベルの傷も完治している。


 信じられん……私の血液が体内に入っただけで<狂血>は発動してしまうのか……。

 なんと恐ろしい魔法。封印されていただけはある。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」

『何故・<狂血>!?』


 ジナよりもはるかにでかい。もしかして元の体格に左右されるのか?


「ウオオオオオオオオオオオオ!」

『狂戦士・強い!』


 戦闘能力もジナより上のようだ。動きが明らかに違う。


『だが!』

「グアアアアアアアアアアア!」


 この魔族、やはり相当の手練れ……!


 爪や尻尾の攻撃を上手く捌き、強烈なカウンターを食らわしてきた。

 26番の左腕が斬り飛ばされる。


『不完全・狂戦士! 我・勝利!』


 不完全……?

 26番には何か足りないのか?


『死ね!』

「ギャアアアアアアアアアアアア!」


 26番が胴体を真っ二つにされる。



『とどめ!』


 ゴシャッ!

 頭を斧で叩き潰された。



『フハハハハハッ! 無駄無駄無駄! 終――』


 ピシュピシュピシュピシュピシュウッ!


『ガッ……!? ウッ……』


 体中穴だらけの魔族が、血を吐きながら私を睨んだ。


『私・ノド・回復・時間・与えた・お前・敗因』

『魔族語……!? 話・違う……!』


『死ね。<聖雷>』


 極太の白い稲妻が、魔族の胴体を吹き飛ばした。



「<快癒>」


 私は両腕をくっつけ、26番の死体の元まで歩く。


「……私のためによく戦ってくれたガイマンド。お前には女神の祝福を授けよう。あの世で私の臣下たちに誇るが良い」


 凶悪な爪が生えた手にキスをすると、<獄炎>で彼を弔った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る