第36話 入学

ここは馬車の中。

 私は神都ゾディンガルにある、国立の女学院へと向かっている。


 ゾディンガル王宮女学院は、名門貴族たちのお嬢様方が集まる神王国随一の教育機関で、優れた女官を育成することを目的としている。

 とはいえ、神王国の実権はほぼ男にあるので、高位女官といえども雑用係とそう変わらない。

 彼女たちにとっての最高のキャリアは、神王ディマルカスの側室か、王子の妃となることである。


「私としては、まさに理想の展開なのですが……」


 ヴォルヘルムが提案した褒美は、私の王宮女学院入学だった。

 キャリアの終わってしまった自分の代わりに、上にのしあがってくれと私に託した訳である。


 私としても、学院への入学は常々考えてはいたのだが、今のヴォルヘルムを一人にしたくはない。初めは断った。

 だが、熱のこもった言葉で延々と夢を語られ、ついに説き伏せられてしまう。


「まあ……これで彼が元気になるのなら……」


 レオパルドにヴォルヘルムのことを頼んでおいたし、たとえ頼まなくても団員たちはヴォルヘルムを訪ねるだろう。きっと大丈夫なはずだ。




「ご到着でございます。マルチェラ・ツィンスベルガーお嬢様」

「ありがとうございます」


 御者の手を取り、馬車を降りる。


 目の前にそびえ立つのは、教会と城が合わさったような施設。

 思っていたよりもずっとでかい。



「マルチェラ嬢でございますね? わたくしは、この女学院の寮母であるジャネイ・ロージャと申します」

「初めまして。マルチェラ・ツィンスベルガーです。よろしくお願いいたします」


 私はぺこりと頭を下げた。


 本来であればこの自己紹介、「どこどこ侯爵の長女」だとか、「どこどこ伯爵の次女」とかいった前置きから始まるものなのだが、一傭兵(今は無職か)の次女でしかない私は、ただ名前を名乗ることしかできない。


 それが滑稽だったのだろう。

 寮母のジャネイは「ぷふっ」と鼻で笑った。


「ではマルチェラ嬢、お部屋までご案内しますね」

「はい」


 寮母の後に続き、庭園を進む。

 休憩時間なのだろうか? 何人もの女生徒たちがたむろしており、私をチラチラと見る。


「――見て。あれが例の……」

「はー……やっぱり血生臭い匂いがするのかしら? 嫌ねえ……」


 すでに私は生徒たちの噂になっているようだ。

 まあ、高貴な令嬢しかいない聖域に、突然平民がやって来るのだ。当然そうなるだろう。

 この程度は私も想定済みなので何とも思わない。


「あはは、やっぱ小っちゃいね。可愛いじゃん」

「あんた……あんな子供に手出しちゃだめよ?」


 どいつもこいつも、私よりでかい女たちばかり。

 それもそのはず。この女学院は本来14歳以上の者のみしか入学できないのだ。



「ここがあなたのお部屋になります。同居人はフアニー・フフタモ子爵令嬢。あなたより5つ上になりますが仲良くしてください」


 そう言うと寮母はドアをノックした。


 高貴なお嬢様方が集まるこの学院だが、部屋はすべて相部屋らしい。

 協調性を養うのが目的だそうだ。


「はい、どうぞ……」


 暗い声だな。


 寮母が扉を開け、中にいた女生徒と目が合う。


 私と同じくらい幸の薄そうな顔をしている。

 いかにも暗そうな性格だ。まあうるさい女よりはいいかもな。


「初めましてマルチェラ・ツィンスベルガーです。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

「フアニー嬢、マルチェラ嬢に学院の案内をお願いできますか?」


「分かりました」

「お願いしますね。では私はこれで」


 寮母が去って行った。


「えっと……じゃあまずは食堂でも案内しようか?」

「そんなものはどうでもいいです。まずはやばい女を教えてください」


「え? ……ど、どういうことかな?」

「女の園には毒蛇が潜むもの。毒を持つ女は誰なのかを早めに把握しておきたいのです」


 フアニーの目が泳ぐ。


「そ、そんなこと……知らないよ。まだ入学したばかりだし……」

「嘘をつくな」


「ひっ……!」


 私の迫力に気圧され、フアニーが後ずさる。


「あなたの部屋の扉だけ、とても綺麗でした。何度も水拭きしてるんでしょう? 落書きされて」

「あ……あ……」


「誰がやったのですか? さあ……教えてください」


 私は天使のように微笑んだ。

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