第29話 三次試験
湖を泳ぎ切った先で待ち構えているのは、私の義理の姉であるヴァジラ・ツィンスベルガーである。
私とは違い、ヴォルヘルムのれっきとした実子で、見た目も性格もブスなクソ女だ。
フラフラになっている受験生たちは訳も分からないまま、ヴァジラと一対一の模擬戦をおこなわされ、そこで彼女のお眼鏡にかなったものだけが、晴れてデーモンハントとなれる。
「ほらぁっ! かかってきなぁ!」
「いきます! うおおおおおおお!」
受験生たちは大男ばかりだが、ヴァジラはさらに一回りでかい。
昔、ゴリラという生物を見たことがあるが、あれと瓜二つと言ってもいいだろう。いや、むしろゴリラの方が可愛く見えるといっても過言ではない。
「髪型もモヒカンですからね。やばいですよあいつは……完全に女を捨てています」
ここまで振り切れているのだから、中身も男らしい奴だと思うだろう?
だが違うのだ。女の嫌なところを濃縮したような性格をしている。
つまり嫉妬深く、自分勝手で感情的。自分の非を絶対に認めない。
ヴァジラはデーモンハントの一訓練官に過ぎないので、紋章官である私に激しい嫉妬を抱いており、色々と嫌がらせをしてくる。まさに正真正銘のクソ姉だ。
「うごぉっ!」
受験生がヴァジラのハンマーを食らい、吹っ飛ばされた。
「はい失格ぅっ! はい次ぃっ!」
私は倒れた受験生の治療をしながら、3次試験の様子を見守る。
ヴァジラが優れた戦士であることは認めているが、これが訓練官となると首を傾げたくなる。人を育成できるタイプの人間ではない。
「合否の基準も私と異なるでしょうからね。どこまで口を出すべきか……考えものです」
できることなら3次試験も私がおこないたかったが、まあこれがヴォルヘルムなりの妥協というやつなのだろう。
あまり私を贔屓すると、あのブスはさらに面倒なブスになるからな。
「――はい失格ぅっ! 次ぃっ! 26番っ!」
「26番いかせていただきます! とりゃあああああ!」
突っ込んで来た26番を、ヴァジラは横スイングで迎え撃った。
「うごっ……!」
「おっ、今の一撃を耐えましたか」
もう足腰はふらふらだろうに、盾でしっかりと受け止めた。
てっきりそのまま吹っ飛ばされるかもと思ったが。
「どっせい!」
26番はメイスでの反撃をおこなう。
「甘いっ! それっ、もういっちょっ!」
ヴァジラは難なくメイスを躱し、再び横スイングを叩き込んだ。
「ぐおっ!」
吹っ飛ばされ、26番はごろごろと転がって行く。
「はい失格ぅっ! はい次ぃっ!」
……は?
このレベルを落としていたら、合格者はゼロだぞ?
「お待ちください姉上」
「……なに?」
うざったそうに、ヴァジラが私を睨む。
「26番は見どころがあるように見えました」
「で……?」
「……私の基準では、彼は合格になります」
「だから何? 3次試験の試験官は私っ。つまり決定権は私にある訳。分かるっ?」
「姉上こそ分かっておいでですか? 私はデーモンハントの紋章官です。人事に口を出す権利を持っているのですが?」
「…………本当、生意気なガキだねえっ!」
ヴァジラはハンマーを地面に叩きつけた。
「私の判断は絶対だっ! 26番は3次試験失格! それは絶対譲らない! そんなに入団させたいなら、あんたが再試験でもやりゃあいいんじゃない!?」
――再試験?
ほう、ヴァジラにしては随分と柔軟な妥協案を出してきたな。
「ではそのように。3次試験に落ちた受験生の中で見どころのある者は、私が再試験をおこないます」
「はっ! 勝手にしなっ! ――よし次いくよっ、次ぃっ!」
その後も3次試験の様子を眺める。
そして3人目の合格者が出たところで私は気付いた。
「こいつ、自分の好みの男を合格させてやがってます……! この好色メスゴリラが……!」
結局ヴァジラは4人に合格を出したが、全員男前ばかり。
対し私は3人に再試験のチャンスを与えたのだが、全員ブサメンだった。
「じゃあこれにて採用試験は終了とするっ! 合格した4人は私について来なっ! さっそく授与式を始めるよ!」
「はっ!」
授与式というのは、ダークオリハンコンの防具一式が与えられる入団の儀式である。
ちなみに防具は中古だ。
ダークオリハルコンは非常に希少で加工も難しいので、死んだ者が使っていたものを修理し、そのまま使い回す。
デーモンハントが結成された300年前から、ずっとこのようにして受け継がれてきた。
彼らの漆黒の鎧には、歴代の戦士たちの血と汗が染み込んでいるのである。
「落ちた奴はここで解散っ! 適当に帰んな! お土産に防具一式はくれてやるっ!」
「は……はいっ……」
ボロボロの鉄製防具だ。売ったところで大した値にはならない。
受験生たちは湖に捨てようか悩んでいることだろう。
「マルチェラも再試験が終わるまでは戻って来るなよっ!」
「分かっています」
受験生が、拠点の土を二度踏むことは許されない。
踏めるのは合格した者のみ。
再試験を拠点でおこなうことはできない。
私と再試験を待つ受験生3人は、ヴァジラたちと不合格者を見送ると、湖のほとりにキャンプを設営し始めた。
日がもう落ちてきているので、さすがに今から試験をおこなうのは無理と判断したのだ。
だがテントも寝袋も持ってきていない。
私たちは木の枝と葉っぱでシェルターを作り、釣った魚を焚火で焼いた。
「やはりキャンプはいいですね。星空を見上げながら食べる食事は格別です」
「はい、紋章官どの!」
「これで酒があれば最高だったのですが……」
「酒でありますか!?」
「紋章官殿はいったいおいくつで!?」
「かれこれ2000歳ほどでしょうか?」
「はははは!」
受験生たちの緊張感も徐々に溶けてきて、参加した戦の話で盛り上がる。
「そうですか、26番もイフリム要塞の戦いに参加していたのですね。――ちなみにどちら側でしたか?」
「えっと……天平国側であります……」
気まずそうに26番が答える。
ちなみに彼の本名はすでに知っているが、あえて番号で呼んでいる。試験中はそうする決まりだからだ。
「まあ。では私たちと敵同士だった訳ですね」
「イエスマム。自分の所属していた傭兵団は、その時に壊滅しました」
「あら。それは、神王国の正規兵に?」
「……いえ、デーモンハントの方々に討ち取られたであります」
「あらー。それでよく、うちに来ようと思いましたね」
「イエスマム。あの時はひたすら恐ろしかったのでありますが、それからなんというか……憧れみたいな気持ちを抱いてしまいまして……」
「うふふ、まあ割とありがちですね。たいした話ではありません」
「え!? そ、そうでありますか!?」
「紋章官! 俺はそんな話、聞いたことないんですが!?」
「2000年も生きていれば、この程度の話はいくらでも耳にしますよ。うふ」
「ははははは! ここでまた2000年ネタを擦るでありますか!」
楽しい宴会は続く。
「しかし紋章官殿の姉上にはびっくりしました! 初め見た時、オークがいるのかと思い、戦闘態勢をとってしまったであります!」
「うふふ! 恐ろしいことに、あのメスゴリラは自分が可愛いと思っているのですよ?」
「それはそれは……! 発情期のゴブリンでも、あれとはファックできませんよ!」
「うふふ、もっとください。もっと奴の悪口を――」
「いかがされました……? 紋章官殿……?」
「戦闘態勢! 円陣を組め! これは演習ではない!」
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