第28話 入団試験
表彰式が無事終わる。
デーモンハントは第三位の武功と評価され、勲章が授与された。
どう見ても一位だと思うのだが、まあ仕方ない。傭兵とはそういうものなのだ。
これから天平国王室の処刑が始まるが、私たちはそれを見物せずに拠点へと帰還した。急ぎやらねばならぬことがあるのだ。
「おっ、今回もわんさか来たじゃねえか! がはははは!」
ヴォルヘルムは、バルコニーから演習場を見下ろしていた。
「前回からそれほど経っていない割には多いですね」
同じように、私も柵にもたれかかり様子を見ている。
拠点の演習場には、300を超える男たちが集結していた。
どれも体格の良い奴ばかりで、手には訓練用の槍と盾を持っている。
「今回は何人合格できっかな!?」
「まあ5人はいてもらわないと困りますよね」
これから始まるのはデーモンハントの入団試験だ。
今回のレ=ペリザ天平国攻略作戦にて、団員57名のうち5人が死んだので、その補充をおこなわなくてはならないのである。
「右向けぇ右ぃ! ――槍を構えぃ! 突けぇ!」
「おうっ!」
教官役のウルホの号令に合わせ、受験生たちが槍を突く。
「ぜんたぁい! ファランクスゥ!」
「おうっ!」
受験生たちがぎっしりと密集する。
「マルチェラ、どうだ?」
「あいつとあいつの動きが悪いせいで、まったくまとまりがありませんね。現状では評価できませんので、とりあえずあの二人は殺した方がいいです」
「うむ、さすがは俺の娘だ! ――タンクレッド! 134番と209番!」
タンクレッドが指名された男二人を叩き殺した。
受験生たちに、とてつもない緊張感が走る。
「重装歩兵前進! 槍を構えぃ!」
「うおおおおぉぉぉぉう!!」
受験生たちは必死に走り、必死に槍を振り下ろす。
動きの悪い奴を何人か殺すと、軍隊は途端に生き生きとするものだ。
これは練兵学の基本であり、私の頃からまったく変わっていない。
ちなみに痛めつけるだけではダメで、きっちり殺す必要がある。
「見違えるように良くなりましたね」
「おう、改めてどうだ?」
「あの列は全員合格でいいでしょう」
「4列目、全員合格! 2次試験に進め!」
デーモンハントの入団試験は厳しい。
毎年死者が何人も出るのに対し、合格者はわずか数名のみ。
それでも毎回これだけの人数が集まる。
その理由は単純。報酬が良いからだ。
正規兵の何倍もの賃金が貰えるとあれば、腕に自信のある奴は当然挑戦する。
まあ、自惚れていただけの奴はさっきのように殺される訳だが。
「では2次試験の準備があるのでお先に」
「おう、今回はちょっとは甘くしてやれよ! 全滅じゃ話になんねえからな! がはははははは!」
「別に厳しくしたつもりはなかったのですが。うふ」
私はクイーンガードという直属の親衛隊を率いていたが、その練兵は私自らおこなっていた。
こんな生易しいものではなく、生きるか死ぬかの地獄の特訓だ。
「それでもあらゆる戦士がクイーンガードを目指しましたがね。偉大なる女王に直接仕えられるというのは最高の栄誉でしたから。うふ」
私は兜と鎧を身に着けてから下に降りると、ミスリルの馬鎧を装備した白馬にまたがった。
もう一次試験は終了したようだ。100名ほどの男が拠点出口に集まっている。
私は馬を走らせ、受験生たちの前に威風堂々と現れた。
「我が名はマルチェラ・ツィンスベルガー! 団長ヴォルヘルムの次女にして、デーモンハントの紋章官である!」
国王から正式に任命された正規の紋章官と違い、傭兵の紋章官は団員の評価と管理、そして使者の役割のみに限定される。
とはいえ副団長に次ぐ役職であることには変わりなく、そんな要職にわずか9歳で就いている私を見て、受験生たちは恐ろしくてたまらないだろう。
ビシィッ!
受験生たちは直立不動の姿勢をとった。
「よし。まず貴様らには、この鉄製の防具一式を身に着けてもらう!」
私の合図で、団員たちが中古の兜や鎧、小手や脛あてを持ってきた。
どれも錆び錆びのボロボロである。
「さあすぐに着替えろ! 私が歌い終えるまでにな! 着替えられなかった奴は処刑する! ――ギガントフロッグが鳴くから、か~え~ろ~♪ ――どうした!? この歌は短いぞ!?」
受験生たちが慌てて、防具を装備し始めた。
「――ジャイアントオタマがいるから~いい~じゃんか~♪ ……終了!」
受験生たちを見たが、誰も装備できていない。
「殺されたいのか貴様らぁっ!」
「ひぃっ……!」
私の気迫に、何人かが悲鳴をあげる。
「声を漏らしたヘニャチン野郎は、フリチンで帰るか、殺されるかを選べ!」
4名の受験生が、ズボンとパンツを脱いで一目散に逃げ帰っていく。
「もう一回チャンスをやろう。――イモ、イモ、イモ♪ たまにはマメも食べたいな~♪」
受験生が必死に鎧を着込む姿を見ながら、私は気分よく歌う。
2番に突入し、熱は最高潮に。そのままラストに突入だ。
「――もうマメは食べたくない~♪ どうしてイモとマメを交互に出さないの~♪ ……よし、今回は全員合格だな。――では今から2次試験を開始する。内容は簡単だ。ひたすら私について来い」
私が馬を走らせると、受験生たちが慌ててついてくる。
鉄製の重い防具を身に着けているので、動きは非常に鈍重だ。
「――紋章官殿! どれくらいの距離を走るのでありますか!?」
「その質問には答えん。お前達はマンボウみたいなアホヅラでハァハァ言いながら、ヒヨコみたいについてくればいいのだ」
「イ、イエスマム!」
「さあ歌え! ――魔族の目玉をくり抜くぞぉ~♪」
「魔族の目玉をくり抜くぞぉ!」
「声が小さい! ――魔族のケツに槍刺すぞぉ~♪」
「魔族のケツに槍刺すぞぉぉぉぉ!」
「いいぞ、その調子だ!」
槍と盾を持ったまま鎧を着て走るだけでもつらいのに、こうしてデーモンハントの団歌まで歌わされるのだ。受験生たちの体力はみるみると削られていく。
草原を抜け、丘を越えた時には約半数となっていた。
「ふーむ、半分残ったか。前回よりも良い成績だ」
私のこの言葉を聞いて、もう終わりだと思ったようだ。
受験生たちは安堵の顔を浮かべる。
「デーモンハントの試験がこんなぬるいものだと思ったか、このたわけが! 次は森をゆくぞ!」
「い、イエスマム……!」
森ではぐれれば、下手すれば遭難だ。受験生たちは必死についてくる。
脱落者は9名だけだった。その9名がどうなったのかは知らない。
まあそれなりの能力は持っているから、普通に生き延びるだろう。
「よし貴様ら、次は沼地だ! 先に言っておく! 死にたくない奴は今すぐ帰れ! ここは本当に死ぬぞ!」
「イ、イエスマム!」
私が馬から降りている内に12人が引き返していった。
「ほう、今回は根性のある奴が揃ったな! ――よし、私について来い!」
「紋章官殿も沼に入られるのですか!?」
「当然だ。馬に乗ったまま越えられるような沼ではない。私とて命懸けなのだ! さあ、ゆくぞ!」
「おおおおう!」
受験生たちの体力はすでに限界を迎えている。
このまま沼に入ったところで全滅は必至。
しかしこうして将である私が共に戦うことで、彼らは奮起し乗り越えられるようになる。
体力の限界を超えた先――意思の力のみでも戦える戦士をデーモンハントは必要としているのだ。
「負けるなヒヨッコども!」
私は馬の手綱を引っ張りながら、泥に沈んだ足を引きぬく。
「イエス、マァム!」
「こんなところで終わる俺じゃねえ!」
「くたばれこのクソ沼がぁ!」
うむ、士気は上々。
受験生たちは、ぬかるみに足をとられながらも少しずつ前に進んでいる。
「私の通ったところを歩け! ちょっと横に逸れただけで、腰まで埋まるぞ!」
「イエス、マァム!」
私ももう、汗と泥まみれである。
魔法を使えばこんな苦労はせずに済むが、それでは意味がない。
共に苦難を味わうことで見えてくる人間性というものがあるのだ。
「申し訳ありません紋章官殿ォ!」
「どうした、26番!?」
振り返ると、受験生が直立で敬礼をしていた。
「自分はここまでのようです! 最期にこのクソ沼とファックしてやります!」
受験生がずぶずぶと沼に沈んでいく。
道を踏み外したようだ。
「それだけ口がまわるなら、まだ戦えるだろう! さっさと戻って、私のクソ姉をファックしてこい!」
私は受験生のところまで泥を掻き分けて戻り、奴の腕を掴んだ。
「紋章官殿!?」
「ほら、根性を見せろ26番!」
力任せに26番の腕を引っ張る。
「俺たちも手伝います!」
「26番、あきらめるな!」
「紋章官殿のブスでクソな姉をファックするんだろう!? 力を振り絞れ!」
「うおおおおおおおおおお! やってやる、やってやるぞおおおおおおお!」
私と受験生一同に引っ張られ、26番が泥から引きずり出される。
「紋章官殿……この御恩は一生忘れません……」
「泣くのは合格してからだ26番!」
「はい……!」
受験生たちはさらに奮起し、根性で沼を乗り越えた。
「よくやった貴様ら!」
「光栄であります!」
「――なになに? 体についた泥を洗い流したくて仕方ない?」
誰もそんなことは言っていない。私の一人芝居である。
「よし、いいだろう! 次はあの湖を泳ぐぞ!」
「えええええええええええええ!?」
――地獄の二次試験の合格者、23名。
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