第27話 祝勝会

半数以上の魔術師を失った天平国は、2台目の破城槌が城門を破るのを止められなかった。

 神王国軍突撃部隊が城壁内へと突入していく。

 その中には漆黒の鎧を纏った一団も含まれており、その先頭に立つ大男がこっちに手を振った。


「うふふ、しっかり稼いできてくださいね」


 私もヴォルヘルムに手を振りエールを送る。


「私たちの出番はここまでです。あとはじっくり見物といきましょう」

「了解でさあ、お嬢」


 城壁内から次々と煙があがり、怒声と悲鳴が響き渡る。


 城壁の上にヴォルヘルムが登場。

 月光卿リシャール将軍と一騎打ちに。3合の剣撃の末、ヴォルヘルムの勝利となる。


「賞金ゲットです。よくやりました」

「さすがは団長でさぁ!」


 そこからは呆気なかった。

 月光卿の指揮を失ったサント=アトガニはあっさりと陥落。

 レ=ペリザ天平国はこれにて滅亡となった。



「ど、どうしましたお嬢? にやにやなんかして」

「え……?」


 どうやら私は笑っていたらしい。


 実は今、不思議と心が満たされていくのを感じていたのだ。

 一つの国が滅ぶのを愉快に感じていたのだろうか? まったく、とんでもない性格だな私は。

 しかし不思議だ。私は過去にもいくつかの部族を滅亡させているが、その時はそんな気持ちは抱かなかったはずなのだが……。


「へへっ! さてはお嬢、この後の祝勝会が楽しみで仕方ないんじゃないですかい?」

「うふふ、正解です」

「ははは、そういうことでしたか! まったく気が早いですねお嬢は。今日は悪酔いしないでくださいよ?」


 面倒なので、そういうことにしておく。

 まあ実際けっこう楽しみにはしているのだが。




 戦闘終了後、将校たちによる戦評が開始。ちゃんとした表彰式は後日改めておこなわれる。

 それが終わると、いよいよ祝勝会の始まりだ。


「それでは我らがデーモンハントの輝かしい勝利を祝い、乾杯!」

「おおおおおおおおおおおう!」


 会場は首都サント=アトガニの酒場。

 私たちの貸し切りである。


 会場には屈強な大男が50人ばかり。実にむさ苦しいことこの上ないが、私はこの空気が嫌いではない。



「がはははははははは! 我が愛しい娘よ、よくやった!」


 ヴォルヘルムがわしゃわしゃと私の頭を撫でる。


「肉を触った手で髪に触れないでください! ベタベタになるでしょう!」

「なんだぁ!? あれか、反抗期か! おいお前ら、ついにマルチェラが反抗期を迎えたぞ!」

「おおおおおおおおおおおおおお!」


「なにが『おおおおおおおおおお!』ですか! 入団時から、私はずっとこうでしょう!」

「あー、腹減ったなぁ! もっと肉を持って来い肉を! 野菜なんか持って来るなよ! 叩き殺してやる! わはははは! ――おっ屁が出るぞ!」


 ブウッ!


 ……私の言うことなど、まったく聞いていない。

 しかも肉にかぶりつきながら「腹が減った」とはどういうことなのか。


 あー! 屁が臭い!



 ヴォルヘルムは本当に粗野な男だ。

 声も体もでかく、よく飯を食い、よく酒を飲み、よく女を抱き、そしてよく暴れる。


 だが、決して馬鹿ではない。



「――団長! ポイズ卿がおこしになりやしたぜ!」


 その瞬間、ヴォルヘルムはピシッと姿勢を正し、入口までポイズ卿を迎えに行く。


 ポイズ卿は私たちの雇い主だ。


 ヴォルヘルムはポイズ卿を席に案内し、葡萄酒を一献注いだ。


「よくやってくれたヴォルヘルム。今回の勝利、貴公のおかげだ。推薦した私としても非常に鼻が高い」

「いやいや勿体ないお言葉。光栄の極みです」


 ヴォルヘルムはぺこりと頭を下げる。


 それからしばしの談笑を終え、ポイズ卿が席を立つ。

 ヴォルヘルムは彼を馬車まで送り、そして馬車が見えなくなるまで頭を下げ続けるた。


 このように、ヴォルヘルムは相手に合わせた適切な態度をとれる柔軟さと賢さを持っている。ただの乱暴者ではないのだ。



「よしお前ら! 飲みなおすぞ! マルチェラ、お前も飲めぃ!」

「ではいただきます」

「いや、お嬢は酒癖が悪いから……」


 私のジョッキに葡萄酒がなみなみと注がれる。


「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁっ!」

「わははははは! いい飲みっぷりだ! さすがは俺の娘! ――おっと、屁が出るぞ!」


 ブボッ!




 ――1時間後。


「わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい!」

「声が小さい! いいか、戦だと思って声を出せ!」


 屈強な男4人が大きなイスを担ぎ上げ、その上に私は優雅に座っている。


「わああああっしょい! わああああっしょい! わああああっしょい!」

「いいぞ! よし、女王護衛軍前進だ!」


 4人は私が座るイスを抱えたまま、会場内を練り歩く。


「者ども! 恐怖の女帝、インヴィアートゥ様のお通りだぞ! 串刺しにされたくなければ、ひれ伏すのだ!」

「ははははああああああああ!」


 ヴォルヘルムを始めとした猛者どもが、私に平伏している。

 なんといい眺め。実に気分がいい。


「あーあ……まぁた、お嬢の女王様ごっこが始まってしまいましたよ」


 カチーンッ!

 私はイスから飛び降りる。


「ごっこでないわ! このたわけめ!」

「あいたー!」


 ボコーンッ!

 タンクレッドの顔面をぶん殴る。


「なぜ知らぬ!? 偉大なるインヴィアートゥの名を! この大陸に真の平和をもたらした慈愛の女神の名だぞ!? ……うえーん!」


 感極まってしまった私は大泣きし、その場にへたり込んだ。

 男たちが食べ物やおもちゃで、なんとか私を慰めようとする。




 傭兵になったところで、情報収集は期待できないだろうと考えていた私だが、思ったよりは有益な情報を手に入れることができた。

 ヴォルヘルムが意外なほど教養を持っていたからだ。


 浅い知識ではあったが、一応歴史も知っていたため、鉄の棺に閉じ込められていたのは、約300年ということが判明する。

 それくらいの年数であれば、まだ私のことは忘れられていないはずだと思うが、不死の女王インヴィアートゥの名を知る者は誰一人としていなかった。


「寂しいよぅ……」

「何言ってんすかお嬢! 俺たちがいるじゃないっすか!」


 私はすくっと立ち上がる。


「よし! この殺戮の女神を抱こうと思う勇気ある男はいるか!? 特別に今晩だけ相手してやろう!」



 しーん……。



「このタマナシどもがぁ! 気合を入れてやる! 一列に並べぃ!」


 バチバチバチバチバチバチバチーンッ!

 10連続ビンタが炸裂。


 その後も私は、男たちに迷惑をかけ続けた……らしい。

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