堕ちた女神 第三章・デーモンハント
第26話 魔法弓
――1年後。
レ=ペリザ天平国・首都サント=アトガニ。
聖都モルカーナを2日で陥落させたバルチナ神王国は、他の都市も次々と攻略し、残すは首都サント=アルカニのみとなった。
私はデーモンハント本隊と別行動をとり、サント=アトガニを見渡せる丘にいる。
「明らかに劣勢ですね」
神王国軍は果敢に攻撃を仕掛けてはいるが、城壁の下には彼ら神王国軍兵士の死体の山が築き上げられていた。
「戦況はだいたい把握しました。タンクレッド、ウルホ、ついて来てください。配置につきますよ?」
「了解です、お嬢」
漆黒の重装鎧を纏った屈強な大男2人が私についてくる。
言わなくても分かるとは思うが、お嬢というのは私のことだ。
私はデーモンハント団長であるヴォルヘルムの養女となったので、団員は私に対し敬った態度をとる。
私達は激戦地帯である城壁から少し離れた場所に陣取った。
ハシゴから落ちていく神王軍兵士の姿がよく見える。
「レ=ペリザ天平国は騎馬隊に重きを置く国。馬を使えぬ攻城戦に持ち込めた時点ですぐに決着がつくと思ったのでしょうが……」
なんと、包囲を開始してからもう2か月が経過してしまっている。
その理由の一つがあれだ。
私は鷹の目を使い、城壁の上にいる敵兵を見る。
壁に掛けられたハシゴを火炎で燃やし、城門を破壊しようとする破城槌には岩を落とし、密集している神王国兵に伝播する稲妻を放っている。大暴れだ。
「……かなりの魔術師ですね。しかもそれが複数人。あれではなかなか突破できないでしょう」
神王国側にも魔術師はいるが、射程、破壊力ともにあちらの方が格上だ。
魔法の撃ち合いでは絶対に勝てない。
「小国の一つに過ぎない天平国に、なぜあれほどの魔術師たちが?」
「あれは正規兵じゃありやせん。俺たちと同じ傭兵でさぁ。相当の報酬が約束されてるみたいですぜ」
「へえ。死んでしまっては貰えないでしょうに。愚かな連中ですね」
「まったくですぜ。傭兵の基本は勝ち馬に乗ることですからねえ」
「まあそのおかげで私たちは稼げる訳ですから、感謝ですね。うふ」
「へへへっ! お嬢のおっしゃる通りでさぁ!」
実は私たちデーモンハントは、天平国攻略作戦の後半に差し掛かったあたりでお役御免となってしまっていた。
ほぼ勝利が確実となったので、余計な金を払いたくなかったのだろう。結構な報酬を要求するからな、私たちは。
で、膠着状態が2か月続いた結果、こうして再び舞い戻って来た訳だ。
実に腹立たしいが、ヴォルヘルムはその分の報酬をしっかりと上乗せさせている。あいつはそういう男なのだ。
「――噂をすれば。合図の狼煙が上がりましたよ。では始めましょうか」
「派手にいきやしょうぜお嬢!」
背中に背負った弓を手に取り、魔力を込める。
私の手に魔力の矢が具現化された。
「東側、3ブロックに土魔術師」
ウルホが鷹の目を使い、私に標的の居場所を伝える。
「撃ちます」
紫色の魔法の矢が空に向かって放たれる。
どう見ても、この軌道では城壁には届かないのだが――。
「標的、9時方向にゆっくり移動」
「軌道を修正します」
魔力の矢は軌道を変化させ、城壁へと到達。
空から垂直に近い角度で土魔術師を射抜く。
この武器は、魔法弓というマジックウエポンだ。
魔力を伝達することで矢の軌道を操れるので、凄まじい角度の曲射をおこなうことが可能である。
「グッドキルでさぁお嬢!」
「今の一発だけで魔力が尽きました。タンクレッド」
「どうぞ!」
タンクレッドが私にマジックポーションを手渡してきた。
人を一撃で仕留める威力を持たせたうえで、これだけの距離を飛ばし、なおかつ矢の軌道をコントロールするとなると、莫大な魔力を消費してしまうのだ。
「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ!」
「いい飲みっぷりでさぁお嬢! 西側2ブロックに火炎術師!」
私も鷹の目を使えるが、観測はウルホに任せている。
矢のコントロールと鷹の目の同時使用が非常に困難だからだ。
「撃ちます」
再び魔力の矢は、通常の弓では考えられない軌道で魔術師を射抜いた。
「グッドキルでさぁお嬢!」
「マジックポーションをお嬢!」
神王国軍は城壁の上にいる魔術師たちの狙撃を試みたが、下からは角度的に難しく、かといってでたらめに矢を降らせても<突風>で吹き飛ばされてしまう。
攻城塔も使ったようだが、すぐに魔術師たちに破壊されてしまったようだ。
だが私の魔法弓は角度や遮蔽物を無視でき、<突風>でも防げない。
状況は変わったのだ。
「素晴らしい武器ですねこれは。開発者は天才と言ってよいでしょう」
「まったくでさぁお嬢。――西側7ブロック、火炎術師。3時方向に移動。走って逃げてますぜ」
「逃がしませんよ」
紫色の矢が天に放たれる。
私の時代にはこんなものはなかった。
技術は日々進化しているようである。
「標的より9時方向。半歩の位置に着弾」
「次は捉えます」
半歩ならこれくらいか?
魔力を調整し矢を放つ。――見事命中だ。
強力無比な魔法弓だが、戦場ではまったくと言っていいほど見かけない。
理由は簡単。誰にも扱えなかったからだ。
熟達した弓術と高い魔力量、そして高度な魔力制御力を兼ねそろえている者など世の中にはそういない。
「ナイスキルでさぁお嬢!」
「マジックポーションを」
「どうぞお嬢!」
だがヴォルヘルムは、私なら魔法弓を使いこなせると判断し、先日、大枚を叩いてこの魔法弓を購入したのである。
彼の投資は成功したと言えよう。
「――おっと、敵にこちらの場所がばれちまったようです。矢が飛んできますぜ」
「この場所は絶好の狙撃ポイント。ここで撃ち続けます。――タンクレッド」
「お任せあれ、お嬢!」
タンクレッドが私の前に大盾を構え立ちはだかる。
ヒュンヒュンヒュンッ!
カンカンカンッ!
矢はタンクレッドの盾と鎧にすべて弾かれた。
私が射手、ウルホが観測手、タンクレッドが盾。
私たちは3人一組の特別狙撃チームなのだ。
「城門すぐ上にエメラルドグリーンのフルプレートメイル。月光卿、リシャール将軍だと思われやすぜ」
「ミスリルの防具ですか……やるだけやってみましょう」
タンクレッドが前に立っているので、何も見えないが問題無い。
私は上空に魔力の矢を放った。
「3時に50、6時に15ってとこです」
「了解」
ウルホの観測だけを頼りに、私は矢をコントロールする。
「標的より9時に10、6時に10に着弾でさぁ」
ウルホにも矢が射られているが、彼もタンクレッドと同じ漆黒の重装鎧を着ているので、一切意に介することなく観測を続ける。
「ではこれくらいでしょうか?」
今の着弾地点から、魔力量を計算し矢を放つ。
「9時に2、6時に5でさぁ」
「了解、修正します」
「お嬢、衝撃に備えてください! <火球>が飛んできます!」
ほう。ここまで届くか。たいした魔術師だ。
おそらく魔力は100――いや、120以上はあるか。
ドオオオオオオオンッ!
火の玉がタンクレッドに直撃し、爆発が起きる。
ウルホもそれに巻き込まれた。
「<範癒>」
「ありがとうございますお嬢!」
「どうもですお嬢! 標的より3時に1、6時に2に着弾でさぁ。次はいけますかね?」
「もちろんです」
<火球>を撃ちこまれても、ウルホは平然と観測を続け、タンクレッドは盾を構え続ける。
なぜ彼らはここまで屈強なのか?
高い体力を持っているのは確かだが、それ以上に彼らが着ている漆黒の鎧に理由がある。
この鎧、ダークオリハルコンという金属で作られているのだが、ミスリルを遥かに凌ぐ防御力と魔法防御力を誇るのだ。
だが馬鹿みたいに重いという弱点があるため、ヴォルヘルムを始めとしたデーモンハント団員は屈強な大男ばかりである。
魔族どもは、そんな彼らの鉄壁の鎧を打ち破れず、駆逐されていったとヴォルヘルムから聞かされた。
――私の国に彼らがいれば……。
そんな気持ちを抱きながら、3度目の射撃をおこなう。
「そのまま……そのままでさぁお嬢! ――標的に命中! ひゅう!」
「仕留めれましたか?」
「……いやぁ、やっこさんピンピンしてますわ」
「やはりミスリル製の全身鎧は貫けませんか。では月光卿はヴォルヘルムに任せましょう」
ダークオリハルコンほどではないにせよ、ミスリルも高い魔法防御力を持つ。しかも非常に軽い。総合的にはミスリルの方が優秀な金属と言えるだろう。
ちなみに私の軽装鎧もミスリル製の特注だ。
「了解でさぁ。じゃあひたすら魔術師を狙いやすか?」
「ええ、そうしましょう」
魔術師……つまり私の子孫である。
平和のためには犠牲がつきもの。覚悟はとっくにできている。
彼らを殺すことに何のためらいもない。
「さようなら、我が子よ」
そう小さくつぶやき、私は紫色に輝く矢を放った。
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