番外編

番外編 懲りない最強の男

ガルギア魔王国を出航してから約60日後。俺たちを乗せた大型船舶は、無事ヒノモトに到着した。


 港では、ヒノモトの使者と民たちが待ち構えており、下船した俺たちに折り紙で作られた鶴や蝶々をまいてくる。

 これはヒノモト流の最高のもてなしだ。



 使者の用意した籠に乗せられ、帝の居城へと向かう。


「ニル、随分となつかしそうにしているな? たかだか3年振りくらいだろう?」


 外の景色を眺めていた俺に、我が愛しき妻であるデスグラシアが声をかけてきた。


「いや、この時代のヒノモトを見るのは何十年振りだ。だいぶ街並みが違う。人々の衣服や髪型もな」

「そうか。寿命の長い我々魔族と違って、人間たちの文化の移り変わりは――」

「うっひょー!!」


「うるさい! クーデリカ!」


 夫婦の会話を邪魔され、デスグラシアが怒る。

 ずっと憧れだったヒノモトにようやく来られたからだろう。クーデリカは、ずっとこんな調子だ。


「ねえねえニル! あの豪華な建物は何!?」

「んー?」


 俺はクーデリカが指差した建物を見る。


「あれは……遊郭だな」

「ユーカク? 何よそれ?」


 セレナーデにミルクを飲ませながら、ドロシーが尋ねてきた。


「私知ってるよ! ドスケベなサービスをしてくれる店でしょ!?」

「正解! さすがだなクーデリカ」

「ドスケベな店……! あらあら、うふふ。これは視察が必用ですわね」


 性王女こと、リリーがさっそく食いついてきた。

 おそらくは明日の夜、早ければ今夜にでも視察に行くことだろう。




 クーデリカの質問に応えていると、俺たちを乗せた籠は、いつの間にか城に到着していた。

 籠を降り、帝の間へと案内される。


 城内の造りは、俺がジジイだった時とほとんど変わらない。

 正直案内などなくても迷わないのだが、ヒノモトの人々には俺が死に戻りをしていることは伏せておきたいので黙っておく。




 帝の間に到着した俺たちは、帝がやってくるのを待っていた。



「……どうしたニル? 怪訝な顔をしているが?」


 デスグラシアが、心配そうな表情で俺の顔をのぞき込む。


「あ、いや……何でもないよ」


 この場所は、97周目に俺とデスグラシアが一騎打ちをした場所だ。

 俺の首に迫る魔斧の光景がよみがえり、背筋がゾッとする。


 あの時は、まさか彼女の夫になろうなど思いもしなかった。


 そんな思いを抱きながら、隣に座る愛しき妻の顔を見る。――ああ、最高に可愛いぜ。



鈴木義雄すずき よしお陛下のおなーりぃー!」


 高官の声とともに、27代目帝の鈴木義雄がやって来た。

 普段は温和な方だが、ヒノモトにおいて5本の指に入る程の戦上手の武人である。



 俺たちのリーダー的存在であるリリーから挨拶を始める。


「リスイ聖王国第一聖王女、リリー・ファン・シェインデルでございます。此度は――」


 リリーの挨拶が終わり、次はクーデリカの番となる。

 テンションMAXの彼女は、簡単な挨拶を終えると歌を歌い始めてしまう。


 だが彼女の高い歌唱力のおかげか、無礼な振る舞いとは受け取られなかった。さすがだ。



「アトラギア王国外交官、ドロシー・ムルトマーです。この赤ん坊はセレナーデ。よろしくお願いします」


 リスイ聖王国、タルソマ公国、ガルギア魔王国は、各国の王女が使者を務めているのに、アトラギア王国だけは侯爵令嬢のドロシーとなっている。

 第一王子のフォンゼルが追放されてしまったので、仕方ない。


「ムルトマー外交官、その赤子はそなたの子か?」


 帝にそう尋ねられたドロシーは、一瞬で顔が赤くなった。


「は!? んな訳ないでしょ!? 私、処女よ!?」

「おい、ドロシー……! 陛下に向かって、その口の利き方はやめろ……!」

「まったく、この子は……後でお仕置きですね」

「あははははは! 外交官向いてねー!」

「やれやれ……面前で己の性経験を明かす馬鹿がどこにいるか……」


 険悪な雰囲気になるかと思いきや、軽く笑いが起き、和やかな空気となる。

 これも鈴木義雄の人柄によるものなのだろう。




 クーデリカが連れてきた職人たちが領事館を建て終えるまで、俺たちは城内にある客間に宿泊することとなった。

 今夜は歓迎会が開かれるそうだが、それまでは自由時間だ。

 俺は囲炉裏の前でくつろぐ。



「では、歓迎会が始まる前には戻ってまいりますので……」


 リリーがすくっと立ち上がった。


「リリー。どこ行くのー?」

「ちょっと街の視察に」


 遊郭に行くのだろう。予想より早い。さすがは性欲モンスターだ。



 その後は、女官たちが歌会を開くとの話を聞き、クーデリカがそれに参加する。

 デスグラシアは道場見学に行った。ヒノモトの剣術に興味があるらしい。


 客間には俺とドロシー、セレナーデが残された。



「あっ、くっさ! こいつウンコしたわ。オムツ代えないと」

「謁見中は漏らさないよう我慢してたんだろう。偉いぞセレナーデ」


 俺はセレナーデの頭を撫でる。


「あぶあぶっ」


 笑顔を見せるセレナーデ。


 愛情をたっぷりと注いで育て、昔の清い心を取り戻させる。

 それが俺たちの教育方針だ。


 ドロシーはセレナーデを台の上に乗せ、オムツ交換の準備を始める。

 すると、ヒノモトの文官が客間へとやって来た。


「ムルトマー外交官。少々お話がありますので、来ていただけますか?」

「え? いいわよ。――じゃあ、ニル。オムツ交換お願いね」

「あいよー」

「あぶっ!? あぶー!(え!? ちょっと、ドロシー! 行かないで!)」


 ドロシーが部屋を出ると、俺はセレナーデのオムツに手をかけた。


「あぶっ! あぶぶっ! (いや! やめてください!)」

「どうしたセレナーデ? 俺じゃ不安か? 心配するな。なんてったって俺は、オールラウンダーだからな。オムツ交換もお手のものだぜ」


「あぶぶぶぶぶっ! (そういうことじゃありません! ニル君に見られるのは恥ずかしいんです!)」

「なんだー? 俺を信用してないのか? ふふっ、実はな。いつ子供ができてもいいように、陰でオムツ交換の練習をしてるんだ。任せておけって」


「びーっ!」

「なんだよ、泣くなよな」

「どうしたのだニル?」


 デスグラシアが戻って来た。


「セレナーデのオムツを交換したいんだが、泣いて拒否するんだよ」

「そうか。ならば私がやろう」


「お、じゃあよろしく」


 デスグラシアがオムツに手をかけると、セレナーデがギロリと睨む。

 それに気付いたデスグラシアも睨み返す。


「“嫉妬”の魔女め……」

「あぶぅっ! (“破滅”の魔女です! 間違えないでくれますか!)」

「まあまあ……」


 バチバチと火花を散らす二人。

 仲はとても悪い。




 夕方になり、歓迎会が始まる時間が迫って来た。

 妙につやっつやなリリーが戻ってくる。しっかり視察をおこなってきたようだ。



 歓迎会ではヒノモトの料理が振る舞われた。

 テンプッラ、スシ、スキヤーキ。どれも美味しい。

 あー、やっぱヒノモトの料理ってなんか落ち着くな。


「セレナーデ。料理が気になるか?」


 彼女はじっと料理を見ている。


 不死の力を持つ彼女は、永遠の溺死を恐れるため、海を渡れない。

 そのため、ヒノモトに来たことがないのだ。

 物珍しい食べ物に興味が湧いたのだろう。


「あぶぅー」

「あら、食べたいのね。じゃあこのワサビたっぷりの、イカのスシを食べさせてあげるわ。きゃははは!」

「おいおい……」

「やめておけドロシー。これ以上性格が歪むと面倒だ」


 デスグラシアのその一言で、セレナーデの表情が怒りへと変わる。


「おー、おー、今日もバチバチやっておりますなー。モテる男は大変だねニル」

「うふふ、セレナーデが喋れるようになったらどうなることやら」


 歓迎会は、調子に乗ってヒノモト酒を飲み過ぎたドロシーが盛大にゲロを吐くまで続いた。




 歓迎会が終わった後、俺はデスグラシアに声をかける。


「締めに蕎麦を食いに行かないか?」

「蕎麦? よく分からぬ。お腹も減っていない。リリーたちもそうだと思うが?」


「いや、二人だけで行こう」

「……うん。……行く」


「じゃあみんな、ちょっと散歩に行って来るよ」


 クーデリカたちは、チラリと俺たちを見ると「はーい」とだけ返事する。

 セレナーデのほっぺたはパンパンだ。


 みんな分かっているのだ。

 散歩ではなく、デートだということを。




 城の外に出た俺たちは夜の街をゆっくりと進む。


「こうして二人きりで出掛けるのは久しぶりだな」

「そうだね……」


 クーデリカの船は大きいが、それでも散歩できる場所など甲板くらいしかない。



 俺はデスグラシアの手を握る。


「……あっ」

「嫌か?」


「ううん。……そんなことないよ」


 顔が赤い。

 いつまで経っても初々しい反応だ。

 みんながいる時と態度が変わるのも実に愛おしい。




 蕎麦屋でかけ蕎麦を啜り、帰路につく。


 人気のない林道を歩いていると、急にもよおしてきた。


「デス、悪い。小便したくなってきた。ちょっと待っててくれる?」

「ここでするつもり? お城まで我慢できないの?」


「無理だな。酒飲んだから我慢できねえ」


 俺は道の端っこに向かう。



「……お?」


 汚れたお地蔵さんの姿が目に入った。

 俺は名案を思い付く。


「お地蔵さん、綺麗にしてあげますね」


 お地蔵にさんに向かって放尿する。

 頭に付いていた土汚れがすっかり洗い流された。いいことしたぜ。


 膀胱も心もすっきりし、その場から立ち去ろうしたその時。


「おい……この野郎……」

「え……?」


 なんだか嫌な予感……俺は後ろを振り返る。


「ワシの頭によくも小便をかけてくれたな……! お前に呪いをかけてやる。晒しの呪いをな」

「さ、晒しの呪い!?」


「そうだ。お前がいかにして嫁を口説いたか、異世界の人間たちに漫画にして公開するという恐ろしい呪いだ」

「ええ!? 何それ!? 超恥ずかしいんですけど!」


「くははは! 恥ずかしさに悶絶するが良い!」

「いやあああああああああああああああ!」



 こうして俺とデスグラシアの物語が、異世界で晒されることとなった。




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やったぜ!

お地蔵さん、最高の呪いをありがとう!


という訳で、本日4月28日(木)よりコミック・アーススター様にて漫画の連載が始まりました。

ぜひ読んでください。


https://www.comic-earthstar.jp/detail/shinimodori/

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