堕ちた女神 第一章 狂戦士の血

第1話 鉄の棺

 本日より、ラスボスである彼女を主人公に置いた中編約10万字の投稿を開始します。

 本編に比べ、非常にダークな内容となっていおりますので、そういう話が苦手な方は読まないことをお勧めします。


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 暗闇の中で私は目覚めた。



 ここは密閉された鉄の棺の中。

 酸素はない。数秒後には私は意識を失い、そして死ぬ。


 これで何百――いや何千回目だろうか?

 私は数えきれぬほどの窒息死と、蘇りを繰り返している。



     *     *     *



 意識が戻り、眼を開く。

 この眼に光が届くことをわずかながら期待していたのだが、あるのは相変わらずの無。ひたすらの無だ。


 私はもう、万を超える死を迎えただろう。



     *     *     *



 ここで目覚めるのも、もう6桁目となったのではないだろうか?


 我が名はインヴィアートゥ。

 60年に及ぶ戦いを制し、100を超える部族を一つにまとめ上げた覇者。

 魔法使いの始祖にして、最強のオールラウンダー。

 そして、不死の力を持つ、最も神に近き存在と崇められる女王。


 よし、記憶も意識もはっきりとしている。

 私はまだ狂っていない。



     *     *     *



 狂人となった方が楽だろう。この地獄の苦しみから逃れられるのだから。


 だがそれは絶対に許されない。

 私は徹底的に抗う。


 魔族どもへの激しい憎悪が、私に鋼の意思を与えてくれる。



     *     *     *



 あの卑怯者どもめ。

 まともに戦っては勝てぬと悟ると、私が寿命を迎え、赤子として生まれ変わる時を狙って攻めてきた。


 いくら私といえども、赤子の時は槍を振れぬし、魔法を唱えることもできぬ。

 愛する我が子たちが次々と討ち取られていく様を、ただただ眺めていることしかできなかった。


 こんなにも無力で無様な女が、最も神に近い存在だというのだ。まったく笑わせてくれる。



     *     *     *



 親衛隊が命を賭して作ってくれた隙を使い、孫娘は私を抱えると、隠し通路から城外へと逃れた。

 しかし、奴等の高度な探知魔法に引っ掛かり捕まってしまう。


 あの子はまだ齢12という若さだったが、言葉にするのはばかられるほどの残酷な方法で殺され、ヘルハウンドの餌にされた。


 魔族どもめ、絶対に許さぬ。

 皆殺しだ。女、子供も容赦しない。生きたまま切り刻み、豚の餌にしてくれる。



     *     *     *



 元来、魔法とは魔族のみが使えるものだったのだが、ある日突然、私は魔法の力に目覚めた。

 魔族どもは、それが不思議で仕方なかったらしい。

 しかも私は不死の力まで持つ。奴等はその理由を調べるため、実験と称して、ありとあらゆる拷問を私におこなった。


 想像を絶する苦痛と絶望感から気が狂いそうになるのだが、そのたびに孫娘の顔が思い浮かび、私を正気に戻す。

 奴等への復讐を果たすまで、私に安息の時は来ない。


 しかしこうして鉄の棺に閉じ込められてしまっては、その時はいったいいつになるのやら。



     *     *     *



 あれからどれほどの時が経ったのだろうか?

 一月? いや一年か? まったく分からない。

 6桁の死を迎えてから、数えるのを完全にやめてしまったのだ。


 私の子供たちは、何人か生き延びたのだろうか?

 もし生きているのであれば、戦力を立て直し、なんとか私を救い出しに来て欲しいところだ。


 タシトはまだ14歳だが、勇敢さと慎重さを兼ねそろえている。

 優れた将となるのは確実だ。あの子が生きていれば……



     *     *     *



 何を寝ぼけたことを言っているのだ私は……!

 タシトは<邪炎>によって、骨すら残らず焼き尽くされたではないか!


 私は狂い始めているのか?

 いや、もしかしてもうすでに……?


 しっかりしろ、インヴィアートゥ!



     *     *     *



 最初の夫の顔が思い浮かぶ。

 銀の髪とニヤケ面。


 不真面目なのか真面目なのかよく分からない男で、黙っていれば男前なのだが、口を開けばアホ丸出しの三枚目だった。

 しかし、どんな絶望的状況に追い込まれても減らず口を叩ける豪胆さを持っていて、そこに……惹かれてしまった。


 あの人がいなくなってからも、数多の男と子を作ったけど……今でもあの人を……一番愛している。


 ……何を言っているのだ私は。

 苦痛から逃れるため、幸福だった頃の記憶に入り浸ろうとしたのか?


 現実から目を背けるな。

 逃げれば正気を失うぞ。



     *     *     *



 彼は私と同じオールラウンダーであった。

 すべてのスキル(私の子であれば魔法も)を習得できるのが強みだが、成長がめっぽう遅いのが欠点である。


 彼も例に漏れず、全能力が低水準であったが、なぜかそれに見合わない自信を持っており、しかも実際に結果を出していた。


 今の私は、数多の戦いで手に入れた称号のおかげで、成長速度が強化されているが、当時は並のオールラウンダーでしかない。窮地に立たされることもたびたびあった。

 そんな時、よく彼に助けられたものだ。



 ああ、あの人がそばにいてくれたら……。



     *     *     *



 どうして神は私に不死の力を……?

 これは天罰なのか?

 私は前世でそれほどの罪を犯したのだろうか?


 今すぐ死んで楽になりたい。

 この力を憎む。




 ――はっ!?


 そ、そうだ! 憎しみだ!


 憎しみの力で、心を強く持たねば!

 復讐を果たすまで、私に安らぎなど許されない!



     *     *     *



 もう無理、耐えられない。




 永遠の暗闇は、完全に私の心をへし折った。


 わんわん泣きながら、夫の名を叫ぶ。


 だが今の私は赤子だ。

「だあぁ!」やら「ばぶぅ!」としか言えぬ。

 なんと滑稽なことか。


 ……ああ! 気が狂う!



     *     *     *



 助けて! 助けて、あなた!


 弱きフニ族の少女に戻ってしまった私は、夫の名を叫ぶことしかできない。


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!


 助けて!




 ――ガンッ!


 な、なんだ!?



 ――ガンッ!


 この音、この衝撃……誰かがハンマーで棺を叩いている!?



 ――ガンッ!


 拷問が終わった?


 ――いや違う。この棺は魔法で開閉する造りとなっている。

 魔族であれば、こんな無理矢理こじ開けるような真似はしないはず。――となれば……。



 あの人が助けに来てくれた!?



 ――ガンッ!


 フタが歪んだのだろう。

 隙間から新鮮な空気――と言っても埃臭いのだが――が流れ込んでくる。



 すぅーーーーーっ………………。


 はぁーーーーーーっ………………。



 久しぶりの呼吸。

 感動を覚える。



「ᚤᛟᛋᛁ, ᛋᛟᛏᛏᛁᛗᛟᛏᛖ」

「ᛟᚴᚴᛖ, ᛁᛁᛣᛟ」


 棺の外から、男二人の声が聞こえてきた。


 なんだ? まだ耳の調子が悪いのか?

 何と言ったのか、まったく聞き取れなかった。



 ズズズッ。

 どうやら男たちが棺のフタを引きずっているようだ。



 ズズズズッ……。


 あともう少し……。

 あともう少しで、光の刃が私の眼をめった刺しにしてくれる……。



 ズズズズッ。


 暗闇から一転、真っ白な世界が私を支配した。


 ああ! なんと眩しい!

 目を開けていられないのが、こんなにも嬉しいなんて!




 ズシーンッ……!


 フタが地面に落ち、大量の埃が舞い上がったようだ。

 目は見えないが、匂いで分かる。


「ᚾᚪᚾᛞᚪᚴᛟᚱᚤᚪ?」


 男が――いえ、彼が私を抱き抱えた。


 助けに来てくれたのですね、あなた……。

 インヴィアートゥは……ずっと……ずっと……待っていました……。


「ᚪᚴᚪᚾᛒᛟᚢ?」


 目はまだ光に慣れていないが、早く彼の顔が見たい。

 私は無理矢理目を開いた。






「……ばぶ?」

「ᚢᚥᚪ, ᛁᚴᛁᛏᛖᚱᚢ!?」



 私の目に映ったのは、愛するあの人ではなく、こ汚い男二人だった。



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5月12日(金)にコミック アース・スター様より、死に戻りのオールラウンダー1巻が発売されます。

ご購入していただけると、2巻が出せるので非常に嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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