第67話 破滅の魔女への転身

 鉄の棺は、崩壊した柱が倒れたせいで破壊されたようだった。

 彼女は魔族を打ち破った人間達に救い出される。


 当然彼等は、何故こんなところに赤子がいるのかと首を傾げ、魔族の子ではないかと疑う者もいた。


 だが、鑑定士が普通の赤子だと鑑定した事で、彼女は王宮の教育係に育てられる事になる。

 誰も、彼女の隠蔽LV9を破れる者はいなかったのだ。



 彼女は本が読めるようになるまで成長すると、すぐに歴史を学び始めた。

 その結果、すでに数百年の時が流れ、自分が築いた国は跡形もなくなっている事が分かる。


 魔族に敗北した彼女の国の人々は辺境に逃れ、細々と暮らしていた。

 だが、別大陸から来たこの国の者達に攻め込まれ、完全に滅亡したのだ。


 そして、魔法を使える者は、子づくりに利用された。

 その為、今の人間達は多くの者が魔法を使え、それが魔族を打ち破る事に繋がったのだ。



 この事を知った彼女は、自分の可愛い子孫と国民達を滅ぼした、魔族とこの国の人間を憎んだ。


 それから数年、その多才振りを発揮していた彼女は、王宮の文官として召し抱えられ、順調に出世していく。

 そしてさらに数年が経過する頃には、この国の摂政となっていた。


 ここから彼女の復讐が始まる。

 国王を唆し、他国へ計略を仕掛け、次々と戦争を開始させた。


 やがてこの国は疲弊し、滅亡する。


 一段落がつくと、彼女は孤児院の前で、自分に<死与>を掛け、自害する。


 孤児院のシスターは、すぐに赤子の彼女を拾い上げ、育て始めた。

 そして大人になると、今治めている国に仕官し、再び同じ計略を仕掛け滅亡させる。


「あははは! 面白い!」


 最初は復讐の為だった。

 だが今は、それが楽しくて仕方ない。

 国が滅ぶ瞬間を見るのは、なんて愉快なのだろう。


 彼女は滅びの魅力に憑りつかれた。



 それを何度繰り返した時だったか、勇者と呼ばれる連中に捕らえられる。


「ついに捕らえたぞ! 滅びの魔女め!」

「滅びの魔女……いい名前ですね……うふふ」


 勇者達は、彼女の力をよく分かっていた。


 彼等は無人島にある小さな孤島に彼女を監禁し、吸魔の手枷を装着した。

 これによって魔力と自由を奪われた彼女は、なんら脅威ではなくなる


 勇者達は善人なのだろう。きちんと食事が与えられ、死なないよう世話をされた。

 暇つぶし用に本も与えられ、正直そう悪くはない生活だ。



 だが破滅の魔女は、滅びを渇望していた。その欲求をどうしても満たしたい。

 彼女は様々な種類のアリを、ビンに入れて飼う事にした。


「アリさんが巣作りをしているところを見るのは、とても楽しいです」


 破滅の魔女は「うふっ」と笑うと、アリの入ったビンに、別のアリを投入する。


 入れたアリの方が、体が大きく強い。

 元いたアリたちは、次々と殺されていく。


「ああ……破滅とは、なんて美しいのでしょう……」


 破滅の魔女は、うっとりとビンを眺める。



 それから長い年月が経ち、寿命を迎えて赤子に戻ると、勇者の子孫が破滅の魔女の世話をした。

 彼等が、代々この仕事を受け継ぐことになったそうだ。


 子孫から話を聞くと、彼女の力を悪用する者が現れないよう、破滅の魔女の存在は勇者の家系だけの秘密となっているらしい。

 一般人は、おとぎ話としか思っていないとの事だ。



 さらに長い年月が流れ、破滅の魔女の脅威もすっかり忘れ去られた頃、彼女の世話係となった者は、若い男だった。


 破滅の魔女の退屈しのぎは、世話係と話をする事だったので、彼とも良く話をした。――結果彼は、彼女に恋をした。



「私はもう破滅など願っていません。あなたと一緒になりたい……」


 破滅の魔女に甘い言葉を囁かれた彼は、吸魔の手枷を外してしまう。


「うふっ、ありがとうございます」


 破滅の魔女はニッコリ微笑み、彼に抱き着いた。


 そして左手でテーブルの上にあったフォークを手に取り、自分の右手と、彼の背中を突き刺す。

 彼女は自分の血液を、彼の背中の傷口に当てた。


「ぐあっ! 俺を騙したのか! 破滅の魔女め!」

「私が何年生きていると思っているのです。恋心などとうの昔にありませんよ?」


 男は剣を抜き、破滅の魔女に斬り掛かろうとしたが、すぐに異変に気付いた。

 自分の体がメキメキと音を立て、変形していくのだ。


「……私の血が流れている者は、直接私の血を与えると、怪物に変身してしまうのです」


 これはかつて、人体実験をおこなった時に分かった事だ。


「ウガ……ガガガ……!」

「今の私は魔法が使えない、か弱い女の子です。守ってくださいね?」


 破滅の魔女は、優し気に微笑む。



 自由になった彼女は、魔力トレーニングに励む。

 そしてある程度力を得ると、木を切り倒し、船を作った。


 彼女は無人島を脱出すると、とある館へと向かい、化け物と共に勇者の末裔を皆殺しにした。


「あー、すっきりしました……さあ、また滅ぼしましょう。蟻さんだけでは、我慢できませんからね。……それではさようなら」


 滅びの魔女は<獄炎>で化け物を焼き殺すと、そこから遠く離れた街の修道院で、修道女として働く事にした。

 ここで現在の情勢を学びつつ、次のターゲットを見定めるのだ。



「なるほど……リスイ聖王国を操れば、魔族を根絶やしにできるかもしれません」



 彼女はリスイ聖王国の大神官に上り詰め、様々な工作を仕掛け、ガルギア魔王国との戦争を開始させた。


 だがこれは上手くいかなかった。

 魔王国は、この戦いを停戦にもちこみ、人間達と平和条約を結んだのだ。


「引き際の分かる、なかなか優れた魔王でした。面白いですね」


 破滅の魔女は失敗しても怒らない。

 工夫のしがいがある事を喜ぶタイプなのだ。


 また、彼女には一つのこだわりがある。

 それは、極力自分の手は穢さないという事だ。

 自分の手で破滅させても、何だか味気ない。人の手で破滅させる事に、美しさがあるのだと彼女は思う。


「しばらくは火種がなさそうです。大人しくしていましょう」


 彼女は大神官の位をあっさりと捨て、あの孤島へと戻る。


「ここが一番落ち着きます……」


 彼女はたびたび、この場所へと戻って来る事があった。

 そのたびにビンでアリを飼い、そして滅ぼす。それを何度も繰り返す。



 そして再び長い年月が経過する。

 彼女はアトラギア王国にある小さな街の修道院に、シスター長として勤めていた。


 彼女が町民に説法を終えると、2人の身なりの良い男女が、彼女の元へとやって来た。


「私はこの一帯の領主、アンダーウッド侯爵です。今日は神に祈りを捧げに参りました」


 話を聞くと、彼等は子宝に恵まれず、それを悩んでいた。


「きっと間もなく、神がその願いを聞き届けてくれるでしょう……」


 破滅の魔女は、優しく微笑む。


 アンダーウッド侯爵夫妻が、修道院を後にすると、彼女はすぐに他のシスターにシスター長の座を明け渡した。


 深夜アンダーウッド邸の到着した破滅の魔女は、隠密スキルと解錠スキルを駆使し、夫婦が用意したであろうベビーベッドの上に座ると、自分に〈死与〉を掛けた。


 翌朝、アンダーウッド夫妻は、彼女の姿を見て驚きの声を上げる。


「見ろ! 神だ! 神が私達に子を授けて下さった!」

「ああ……! 奇跡とは、本当にあるのですね!」


 自分達の血を引いていない子だが、神から授かったとなれば話は別。

 2人は大いに喜んだ。


 夫妻は破滅の魔女にセレナーデと名付け、とても可愛がった。

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