第68話 特別な存在

 セレナーデが14歳になった頃、リスイ聖王国、タルソマ公国、ガルギア魔王国の王女たちが、アトラギア王国の第一王子の争奪戦をおこなう事を、ベッドの上でリリーから直接聞いた。


「この4国をすべて潰したら、どれだけ面白いのでしょう……」


 すでにシナリオは浮かんでいる。


 まず、アトラギア王国の宰相に付け込み、国王達の暗殺をおこなう。

 その罪を魔王になすり付ける事で、互いに滅ぶほどの戦争を開始させるのだ。


 その暗殺に最も適した舞台は、国王達の会食だろう。



 滅びが始まる瞬間を間近に見ていたい。滅びの魔女は強くそう願っていた。

 その為には、会食に参加できる資格を得る必要がある。


 彼女はケテル・ケロス勇者学院への入学を決意した。


     *     *     *


 不思議な事が起こった。


 入学して4か月が経った頃だろうか。

 講義を聞いていたはずなのに、次の瞬間には馬車の中にいたのだ。


 これには破滅の魔女も驚いた。

 一体何が起きたのか? 調べてみると、時間が巻き戻っている事が分かった。


 彼女はこの不可思議な現象を調査したが、結局分からずじまいのまま、冬になる。


 そして大雪が降った日、また突然馬車の中に戻された。



 それからは、不可思議の連続だった。


 馬車が学院に着く前に時間が巻き戻される事もあれば、暗殺が成功し、アトラギア王国が滅んだ後も巻き戻らずにいる事もあったのだ。


「一体何がきっかけとなって、巻き戻っているのでしょう?」


 そう疑問に思いながら、勇者学院入学試験の受付を済ませる。


 そこに、今まで見た事がない男の姿があった。

 平民なのに、入学試験を受けるつもりらしい。


「もしかして彼が……?」


 セレナーデは、何回もループを繰り返した事で、自分のちょっとした行動が、他人に大きな影響を与えている事を知っている。


 この怪異の原因を特定する為、彼女は毎回なるべく同じ行動をとる事にしていた。

 同じ行動をとっているのに、いつもと違う現象が起きれば、それが原因であると特定できるからだ。


 セレナーデは干渉しないよう、その男ニル・アドミラリを見張る事にする。


 そして彼の死が、時間が戻る原因である事を突き止めた。



     *     *     *



 セレナーデは、自分と同じ永遠の時を生きる人間がいる事に喜んだ。

 しかも、彼のクラスは自分と同じオールラウンダー。親近感が湧かずにはいられない。


 だが彼女は、ニルには干渉せずに生きていく事にする。

 最愛の家族を何度も失った事から、彼女は他人と親しくする事は避けていた。



 これで何周目なのだろう。

 今回は途轍もなく長い。

 魔王デスグラシアはほとんどの国を滅ぼし、はるか東方にある国、ヒノモトを残すのみとなった。


「――という事は、彼はヒノモトにいるのでしょうか?」


 途中からニルの足取りをつかめなくなっていたセレナーデは、孤島で静かに暮らしていた。


 ヒノモトにはさすがに行けない。

 海で死亡した場合、下手すると詰みである。

 セレナーデは短い距離しか、海を渡る事はしないのだ。


 蟻の入ったビンを眺めながら、彼女はふと思う。


「彼に会いたくなってしまいました……」


 自分の全てを打ち明けて、彼と悠久の時を生きるというのはどうだろう?


「――うーん、それはちょっと難しいですかね……」


 でも次の周では、ちょっと話し掛けてみようか?



     *     *     *



 魔王に敗れたのか、それともただ転んだだけなのかは分からないが、ニルが死んだ事は間違いない。時間が巻き戻ったのだ。



 今回も入学試験の順位は10位前後を狙う。

 第1試験では力を抜いて、魔法の矢を放った。


 第2試験では、魔王太子と他生徒の関係を悪化せる為に、彼を魔族語で侮辱し、いつものように鎖骨を折られる。


 さてもう一発というところで、ニルが魔族語で止めに入った。

 そうか……彼は魔族に捕まった時に、魔族語を習得したのか。



 それにしても今の行動は、もしかして、私を助けようとしてくれたのだろうか?

 だとしたら、ちょっと嬉しい……かもしれない……。



 彼が私と同じ、リリーのグループに所属する事になった。

 これでもう、干渉せずにはいられない。


 2人で自室へと戻る際、さっそく話しかけてみたところ、彼は魔王太子への侮辱の件について聞いてきた。

 思わせぶりな態度をとったら、誰かに無理矢理やらされていると解釈してくれた。これは助かる。



 彼が代わりに謝罪してくれる事になったが、私は破滅の魔女。円満解決など望んでいない。


 翌日私は、魔王太子に謝罪した。

 だが、あらかじめ通訳には、侮辱の言葉を伝えるように言ってある。


 この女は宰相の手駒なので、私の言う事は何でも聞くのだ。

 そう。私はすでに、宰相を操る事に成功している。


 彼に自分は破滅の魔女である事を明かし、リスイ聖王国、タルソマ公国、ガルギア魔王国の破滅に協力すれば、お前を王にしてやると言ったところ、あっさりと契約成立となった。


 まあ、一番先に滅亡するのはアトラギア王国なのだが。



 通訳の侮辱の言葉に怒った魔王太子は、私にスープを掛ける。

 そうだ、それでいい。


 しかし、ニルが邪魔に入り、円満解決となってしまった。

 だが、憎らしいとは思わない。

 それよりも、彼が私の髪をハンカチで拭いてくれた事が嬉しく思えてしまった。


 私は何千年振りに恋をしてしまっている。




 5月7日。邪神祭の日が来た。

 破滅の魔女にとって、楽しみで仕方ない日である。

 こいつを復活させれば、街が壊滅する様を見られるのだ。


 邪神の復活の儀式については、本で調べたから知っている。

 男は、私に好意を寄せているバルト・コリントを使う。


 だが、邪神を復活できたのは、結局1回だけだ。

 毎回ニルが邪魔をしてくる。


――そうだ! 彼を誘惑してしまうというのはどうだろう? 面白い事になるかもしれない。

 それに、バルト・コリントに抱かれるのは嫌だ……。



 結局駄目だった。恋人にもなってくれない。

 彼には何か大きな目的があるようで、鋼の意思を持っている。

 メンタル・アイアンマン・ニルと呼んでもいいくらいだ。


 だが、祭りは楽しかった。また行きたい。



 邪神祭から2日後、男女合同乗馬会に参加させられる。

 私と相乗りするのはバルト・コリント。最悪だ。


 レースの罰ゲームで、ドロシーがニルとキスをする。

 憎たらしい。彼女には少し早い破滅を迎えてもらうとしよう。


 私は弟子のプルガトリオに、ドロシーの父親に呪いをかけるよう伝える。


 彼はガルギア魔王国から追放された、はぐれ魔族だ。

 こういう時の為に、私が暗殺術を仕込み育てた。

 私は自分で手を下す事を嫌う。そして回りくどいやり方が好きだ。


 父親の容体が悪化すれば、ドロシーは実家に戻るだろう。

 その時に、プルガトリオに始末させる。もちろん、恐怖と絶望を植え付けてから。




 6月23日。ドロシーの始末が完了した。

 だが、ムルトマー侯爵家も、相手方の家もこの事実を隠蔽しており、学院には彼女の死が伝わってこなかった。


 これは面白い。時間差で伝わった時のみんなの反応が楽しみだ。



 9月4日。対校試合が開催される。

 私はここで、以前から練っていた計画を実行に移す。

 バルト・コリントの始末だ。


 あの男は邪神祭の後も、しつこく私に付きまとってくる。うるさい事この上ない。


 全員が砦を落とす事に夢中になっている際に、私は調合した薬をステイフ・シーデーンのダイアウルフの餌に混ぜる。

 この男は頭が悪いので、犯人に仕立て上げるには最適だ。


 2回戦が始まり、地方勇者学院が門を突破する。

 私が本気になれば彼らなど秒殺だが、そんな事はしない。

 私はニルと違って、正体を隠したいタイプなのだ。


 ニルは不思議な男だ。

 自分が死に戻りをしている事に気付いて欲しいかのような、言動や行動をとる。

 おかげで、彼がキーとなっている事にすぐ気付けた。



 私は小声で歌を歌い、ダイアウルフの能力を大幅に強化する。

 私の歌スキルであれば、ダイアウルフも伝説級の強さとなる。


 ダイアウルフは私の期待通りに、バルト・コリントの喉を食い千切ってくれた。



 11月13日。通称ピクニックが始まる。

 最初は驚いたものだ。まさか私が幽閉されていた無人島が、試験場になるとは思わなかった。


 今回は残念な事になった。いつもはニルと同じ班なのに、今回は別の班になってしまったのだ。

 私が2人を殺してしまったせいだろうから、自業自得であるのだが。


 3日目、ニルの班と一緒になった。

 それは嬉しかったのだが、クーデリカが彼の事をマイダーリンなどと呼んでいる。


 それだけでも不快だったのだが、深夜、彼女とニルがヒノモトに行くと話しているのが聞こえた。


 それは絶対に許さない。クーデリカには破滅を迎えてもらうとしよう。



 翌日、意図的に狙ったつもりではなかったのだが、クーデリカが私の血液を付着させた罠にかかり、化け物になって破滅した。

 愛する人間に真っ二つにされた気分はどうだ? ははは! 愉快、実に愉快だ!


 リリーが私に使っていた、吸魔の手枷を持ち帰る。

 あれは思い出の品だ。あとで取り返すとしよう。




 4月1日。会食の日。そして破滅の始まりの日。

 今回はその舞台にニルがいる。彼の反応が楽しみだ。


 国王達を小声の<死与>で始末し、勇者達の殺し合いが始まる。


 私はニルの言葉に従い、リリーを安全な場所に連れ出した。

 発狂による破滅も、なかなか乙がある。


 ニル達に敗れたようで、王太子と勇者2人がこちらへと逃げてきた。

 このままでは魔王と、魔王太子に逃げられてしまう。そうはいかない。


 私は勇者2人を素早くナイフで刺し、自分の血を分け与え化け物に変える。


 それを見ていた震えあがる王太子に、自分の正体を告げ、彼に協力する事を伝えた。この愚か者は、すぐに私に言いなりとなる。



 2匹の化け物は、魔王とセラフィン・モンロイを瞬殺し、魔王太子を捕らえた。

 私も人質の振りをして、彼等の元へと向かう。


 ふむ……魔王太子に私が嵌められていた手枷を嵌めてやるのも、なかなか乙なものだろうか?

 私は王太子にそれを伝え、さっそく実行に移す。


 ニルと魔王太子は捕らえられ、地下牢に放り込まれた。


 さて、魔王太子はこれから凌辱の限りを尽くされる訳だが、ニルはどうしようか?


 そんな事を考えている内に、私は馬車に戻された。

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