第66話 始祖の誕生

 アトラギア王国が建国される数千年前。

 この大陸には、数百の小さな部族が暮らしているだけで、国というものは存在しなかった。


 その小さな部族の一つであるフニ族の村で、少女は大人の女達と共に、猟で使う為の縄を編んでいた。



「敵襲!! アマハリ族だ!! 女子供は隠れろ!!」


 彼女は他の女達と一番大きな家に隠れる。

 村の男が上手く敵を退けてくれる事を願うが、運悪く半数の男達は狩りに出掛けており、守りは手薄となっていた。


――いや、運が悪かった訳ではないのだろう。

 奴等は、初めからこの隙をうかがっていたに違いない。



 倍以上の敵を相手に村の男は善戦したが、結局破られ、村の者はアマハリ族の奴隷となる。もちろん彼女もだ。


 男は重労働、女は子づくり用。

 用をなさない者は殺される。これがこの頃の当たり前の風景だった。



 少女は若いので、当然生かされる。

 だが、その先にあるものが死より苦痛な事であるのは、彼女もよく理解していた。


 少女は自害しようと、折れた木の枝を喉に突き刺す。


 だが、そんな簡単には致命傷を与えられない。

 木の枝は彼女の首を傷つけ、流血させるだけにとどまった。


「うう……痛いよ……」


 少女は痛みがなくなるようにと、手で喉を押さえる。――すると驚くくらい、痛みがあっさりと消えた。


「あれ……? 血も止まってる……」


 少女の喉の傷は塞がっていた。


「え……どうして……?」


 必死に考えを巡らす少女の耳に、男達の怒声が響き渡って来る。


「ゲシュ族だ! ゲシュ族が攻めて来たぞおおおお!」


――ゲシュ族。この辺りの部族で、もっとも残酷な連中だ。


 女子供も平気で嬲り殺す。あいつ等だけには捕まりたくない。

 少女はこの混乱の隙に、逃げ出す事を決意する。



 アマハリ族とゲシュ族の戦いが始まると、彼女は奴隷用の小屋から抜け出し、村の裏手の方に回る。


 木箱を積み上げ足場を作り、柵を乗り越えようとした時、背中に熱いものを感じた。――矢が刺さっている。


 少女は足場から転げ落ち、痛みにもだえる。

 ゲシュ族の男達が、ゲスな笑みを浮かべながら彼女を取り囲んだ。


 少女は、自分が簡単には殺してもらえない事を悟り、涙を流す。


「ヒヘヘ、たっぷり楽しませてもらおうかな」

「やめて! 触らないで!」


 少女は激しく抵抗した。それがゲシュ族の男達を、喜ばせているとは知らずに。


「おうおう、そうこなくっちゃな……!」

「私に触ったら、殺してやる……!」


 ゲシュ族の男達は、大笑いする。


「お前に何ができん――」


 少女の手から放たれた稲妻が、一番近くに居たゲシュ族の男を貫き、さらにその近くにいた男達に雷撃が伝播していく。<伝雷>の魔法である。


 少女は自分の力に目を丸くする。


「あぐっ……」


 そして、背中に刺さっていた矢を抜き、治れと念じた。

 彼女の思った通り、傷はふさがった。


 少女は自分の力を確信する。


 彼女は炎、冷気、雷を次々に放ち、ゲシュ族を撃退した。

 その姿を見ていたアマハリ族は、彼女を神と称える。



――こうして、人類で初めての魔法使いがここに誕生した。



     *     *     *



「女神様に続けえええええええ!!」


 戦士達は、剣と杖を両手に持った女に続き、勇敢に戦う。

 中でも彼女の子供達は、彼女の魔力を受け継ぎ魔法を使用できたため、大きな戦果をあげていた。



「女神様の勝利だ!! うおおおおおおおお!!」


 女達は最後の大きな部族を打ち破り、この大陸の部族を一つにまとめた。


 彼女はこの地を平定する為に、先頭に立ち60年戦い続けたのだ。

 強力な攻撃魔法と、回復魔法を操る彼女に勝てる部族はいなかった。


 この長い戦いの中で、彼女は素敵な青年と恋をし、子をもうけた。

 その子供達にも、もう何人もの子供がおり、今ではもう立派なお婆ちゃんだ。


 孫たちに平和を授ける事ができて本当に良かったと、女は安堵する。



――そして、その10年後、彼女は多くの者達に見守られながら、その生涯を閉じた。……はずだった。



 彼女は目が覚めたのを感じる。


 意識ははっきりしているが、体は不自由で動かせない。

 声を出そうとしたが、言葉にもならないような声しか出せなかった。


 彼女を見守っていた者達が、驚きの表情で自分を見つめている事に気付く。


「おお……! 女神様が生まれ変わられた……!」

「さすが女神様……! まさか不死の力を持たれていたとは!」

「女達! すぐに女神様のお世話を始めるのだ!」


 その言葉で、彼女はすぐに自分の状況を察した。


 どうやら私は、赤子として生まれ変わったのだと。



 彼女は自分の足で立ち上がれるようになると、魔法を使ってみた。


「以前の私とまったく変わらない魔力だわ……」


 槍を手に持ち、トレーニングダミーを突く。


「うん。筋力はないけど、技は残っている」



 彼女は自分の運命を悟る。


「きっと神様が、世界を平和にする為に、この力を与えて下さったんだわ」


 人々を豊かにし、平和を脅かす者をこの力で排除する。

 彼女は、それに全力で取り組んだ。



 それから10年が過ぎ、彼女は再び恋をし、子供を授かる。

 そして孫ができ、夫が死んだ。


 それはとても悲しい事だった。

 愛する人がいなくなった後の世界も、彼女は生きていかねばならないのだから。


 だが、愛する我が子、我が部族の者達の為にも、彼女は懸命に前に進んだ。



 2回目の死の間際、彼女の部族は国を築いた。

 この大陸初の国家が誕生したのである。


 赤子に生まれ変わった彼女を、子孫たちは大切に育て、彼女は再び大人となる。

 そして恋をし、子供を作り、死を迎える。


 その間も、国の為に蛮族や魔物と戦い、農業の発展にも力を入れた。

 その甲斐あって、彼女の国はとても豊かになっていった。



 何度生まれ変わったのか、もう忘れてしまった頃、彼女の強さは極限に達していた。

 オールラウンダーの彼女は、あらゆるスキル、魔法をマスターしており、彼女に勝てる存在は皆無だった。


 だが、そんな彼女にも唯一の弱点がある。

 それは赤子の時だ。この時ばかりは、一切手足がだせないのである。


 その隙を狙って、見知らぬ人種が攻め込んで来た。

 人間よりも尖った長い耳を持つ連中で、全員が強靭な肉体と魔力を持っていた。

 国王は、彼等に魔族という名称をつける。


 人間で魔法を使えるのは、彼女の子孫のみ。

 彼女の国は敗北し、彼女は一切の抵抗ができないまま魔族に捕らえられる。



 魔族達は彼女の研究をおこなった。

 何故人間が魔法を使えるようになったのかが、不思議でならなかったようだ。


 残酷な仕打ちを何度も受け、彼女が完全な不死である事が分かると、奴等は鉄の棺に彼女を閉じ込めた。



 彼女は、鉄の棺の中で数えきれないほどの窒息死を迎える。

 目が覚めた瞬間に、酸欠ですぐに意識を失うのは、不幸中の幸いだった。


 それから一体どれほどの時が流れたのだろう。

 突然鉄の棺が破壊され、彼女は久しぶりに空気を吸った。

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