最終章 悠久の小夜曲
第65話 陰謀を打ち砕け
学院に戻った俺は、1人で街に出る。
そして裏路地にある本屋「白ヘビ古書店」を訪れた。
「いらっしゃい……」
不愛想な褐色の肌の老人が、カウンターの前から声を掛けてきた。
「頼みたい仕事があります」
老人の目がギラリと光るのを、俺は見逃さなかった。
* * *
卒業試験・結果。
1位 ニル・アドミラリ
2位 デスグラシア
3位 リリー・ファン・シェインデル
4位 セラフィン・モンロイ
5位 クーデリカ・コールバリ
7位 ドロシー・ムルトマー
9位 セレナーデ・アンダーウッド
11位 フォンゼル・エルベアト・ポレーレン
12位 レオンティオス・キャルタンソン
15位 バルト・コリント
20位 ステイフ・シーデーン
「デスグラシアが2位か……」
これで彼女が、フォンゼルの妃となる事は決まった。
「クーデリカは今回だいぶ順位を落としたな……」
いつもなら2位で、彼女が王太子争奪戦の勝利者なのだが。
俺が原因なのだろうか……。
* * *
「――私は次期国王として、そして勇者として、この国の繁栄と平和に尽力いたします!」
全員生存での卒業を迎える事ができて、本当に良かった。
「あとは会食だけだな……」
講堂を出た俺は、自分の部屋へと戻り、荷物を持って校門へと向かう。
そこには馬車2台と、5人の生徒が立っていた。
セラフィン、ドロシー、セレナーデ、バルト、ステイフ、それと俺を含めた6人が、今回の護衛官だ。
邪神を倒したメンバーが、そっくりそのまま選ばれたのだ。
俺達は馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
* * *
まだ王たちが会食の間に入室していない中、宰相が部下に怒鳴り散らしているのが見える。
「――一体どういう事だ!?」
「勇者様達は、行方をくらましてしまったそうで……」
シビーラが完璧に仕事をこなしてくれたようだ。
4人のベテラン勇者達は麻痺させられた挙句、会食が終わるまで、どこかに拉致監禁されているはず。
これで奴の手駒が減った。
「おのれえええ! では、残るはあの馬鹿3人だけという事か……!」
そう言ったそばから、緊張感の欠けたアホ面を晒すルーチェ達が入室してきた。
「あ、宰相様! 言われた通りにすれば、本当に俺達を国の勇者、聖女、大魔導士にしてくれるんすよね!?」
「しっ! 声が大きい……!」
そんな事じゃないかと思っていた。
あの宰相は、欲に釣られそうな愚かな勇者を雇っていた訳だ。
だから前の周でも、程度の低い連中だったのだろう。
「へへっ、俺達何でもやりますんで……!」
ルーチェは山賊達が浮かべるような笑みを見せると、それぞれ配置についた。
「――勇者達よ、各国の陛下たちの御入室だ!」
宰相が俺達に声を張り上げる。
最初の入室はリリーと、その母親であるローズマリー聖女王。
ドロシーが彼女達を席に案内する。
次はクーデリカと、リカルエ公爵だ。
セラフィンが2人を席まで送る。
3番目はデスグラシアとラピス・デ・ラピオス。
俺は彼女達の元へと行く。
『陛下。即死魔法耐性の件、感謝いたします』
『うむ』
ラピス・デ・ラピオスはわずかに微笑むだけで、それ以上は何も言わない。
俺は2人を席に案内し、すぐに持ち場に戻った。
全員の即死耐性は完璧だ。
これで<死与>による暗殺は不可能となった。
「――トバイアス陛下と、フォンゼル殿下の御入室!」
ルーチェが2人を案内する。
俺は宰相の表情をよく観察する。動揺した様子は見られない。
国王達の即死耐性が、完全である事に気付いていないのだ。
どうやら彼は、本当に鑑定のスキルを持っていないようである。
恐らくは、俺の鑑定を欺けるほどの隠蔽スキルも持っていない。
並以下の戦闘能力しかないが、それが彼の実力であるようだ。
つまり、暗殺者は彼ではない。
「では、まずは乾杯しよう!」
各国の王族たちがお互いに乾杯をする。
全員が一口飲んだところで、トバイアス国王が口を開いた。
「私はせっかちな性分でね。早速本題に入らせてもらおう。フォンゼルの妃には、デスグラシア魔王女殿下を迎える事となった」
前回と打って変わって、フォンゼルは満面の笑みである。
「私と、デスグラシア魔王女殿下が結ばれれば、この大陸に真の平和が訪れる事でありましょうぞ!」
フォンゼルは勢いよく立ち上がり、皆に向けて声を張り上げる。
国王達は、彼に向けて温かい拍手を送った。
俺は宰相の視線をずっと追っている。
前回は、この後に国王達が暗殺されていった。
何かしらの合図があるはず。
宰相はある人物をチラリと見やる。――やはりあいつか……。
その人物は、わずかに首を横に振った。
宰相に強い動揺が見られる。
彼はようやく、<死与>による暗殺が不可能である事を知ったのだろう。
(さあ、どうするつもりだ……?)
宰相は、ルーチェ達の元へと早歩きで向かい、彼等にヒソヒソと何かを呟く。
ルーチェ達の目が見開かれ、首を大きくブンブンと横に振る。
おそらく、ルーチェ達に国王達の暗殺を指示したのだろう。
ルーチェに断られた宰相の目に、激しい憎悪の炎が宿る。
彼は懐から血液が付着したナイフを取り出し、ルーチェに突き刺そうとした。
「<風刃>」
「っぎゃああああ!」
俺が放った真空の刃が、宰相の右腕を斬り落とす。
全員が一斉に臨戦態勢に入った。
「ルーチェ! この男に、今何を言われた!?」
「――あ、あ、えっと、陛下たちを全員殺せと……!」
ルーチェは激しく動揺している。
まさか、自分が襲われる側になるとは思わなかったのだろう。
「貴様……! 勇者達よ、この者を捕らえよ!」
トバイアス国王の号令で、俺達は宰相を取り押さえる。
「ええい! 放せ! ――魔女様! お助けを!」
「何をほざいておるか、この愚か者め! 手枷をすぐに用意するのだ!」
「――用意してあります」
俺は孤島の地下室で手に入れた、吸魔の手枷を取り出した。
「おお、用意がいいな!」
俺はニコリと微笑むと、それをセレナーデにガチャリと嵌めた。
「――え? ニル君……?」
全員がポカンと俺を見つめている。
「セレナーデ……いや、破滅の魔女……君が、国王陛下暗殺事件の黒幕だ」
セレナーデは「うふっ」と笑う。
「さすがにこれだけ周回を重ねれば、分かってしまいますよね」
……何だと? 彼女は俺が死に戻りをしている事を知っているのか。
「――ちょっと、私の話をさせてもらいますね。ニル君には私の事を知って欲しかったんです」
彼女は静かに自分の半生を語りだした。
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