第63話 バイバイ

 ガタンッ。船が岸に着く。

 俺は目隠しをほどかれ、砂浜へと降り立った。


「3班! 私の元へ集合だ!」


 フォンゼルが赤い眼隠しをブンブンと振り回している。


「とほほ……あいつかよ……」


 いつものパターンだ。あとの2人は、セレナーデとステイフか?


「よろしくねー!」

「ヨロシクー」


 クーデリカとデスグラシアがフォンゼルに合流する。

 今回は、また違うパターンで来たのか……。


 だが、クーデリカと同じ班になれたのは良かった。

 これで彼女を見張りやすくなる。



「――よし、全員集まったな! では、諸君に今回の課題を発表する!」


 教員が説明している間、俺はクーデリカを見る。


 彼女が化け物になった原因は不明のままだ。

 だが、会食時にもあの化け物が現れた事から考えると、国王暗殺の犯人が関わっているのは間違いないだろう。


 今回は絶対に彼女を生存させてみせる。



「――我々は今どこにいるのだ!?」


 フォンゼルが地図に向かって、怒鳴りつけている。


「ここじゃないかなー?」

「違うヨ。ココダヨ」


 デスグラシア正解だ。やるな。


「おお……! さすがは魔王女殿下、今日も冴えていますな!」

「ドモドモ」


 フォンゼルは通訳を連れていない。

 だが、デスグラシアのリスニング能力は、通訳を必要としないレベルまで向上しているので、何も問題無い。


「中間地点は島の真ん中の方だねー。よーし、早速行ってみよー!」


 クーデリカは元気よく手を挙げて、奥へと進んで行く。


「か、勝手に行かれては困りますな! 私がリーダーなのですぞ!」


 フォンゼルは慌てて、クーデリカを追いかけた。



「――今回も中間地点はあそこなのか……」


 俺は眉間に皺を寄せて、地図を睨む。

 任務は前回と同じ、腕輪の捜索だ。


「ニル、行クヨ?」

「あ、ああ……」


 俺は地図を折り畳んでバックパックにしまうと、クーデリカの後を追った。




 1日目の夜、当然フォンゼルは見張りをしないと思われたが、2人1組で見張りをする事になった。

 理由は簡単、デスグラシアと2人になりたいからだ。


 おかげで見張りの時間が伸びてしまい、睡眠時間が削られる。

 あいつが王太子でなかったら、確実にグーパンしているだろう。


 最初の見張りはフォンゼル達からだ。

 俺はデスグラシアが心配になり、しばらくテントの中から様子をうかがっていた。


「――魔王女殿下、卒業試験では是非とも首位を取っていただきたい!」

「ガンバルヨー」


「おお! 殿下も私と結ばれたいのですな!」

「言葉ガ分からないヨ」


「口で語らぬとも、このフォンゼル。殿下のお気持ちは察しております。ご心配は無用です」


 なんて自分に都合の良い解釈だ。本当呆れた奴だ。

 だが、一応紳士的に振る舞っているようなので、俺は寝る事にした。



――そして、数時間後。


「ニルー、起きてー」


 クーデリカが俺を起こしに来た。


「……なあ、クーデリカ。俺達は1人ずつの見張りにしないか? その方が睡眠時間を確保できるだろう?」

「うーん、ちょっと2人で話したい事があるから……いいかな?」


 彼女らしくない、思いつめた表情だ。

 これは話を聞かねばならぬまい。


 俺はすぐに寝袋から出て、外の風に当たった。

 2人で、焚火の前にある倒れた丸太に座る。


「どうしたクーデリカ?」


 クーデリカは髪を掻き上げた。今はベレー帽を被っていないので、髪がなびいている。――いつ見ても、美しい横顔だ。


「……ニルは、卒業したらどうするの?」


 いつもの間延びした喋り方じゃない。――何か覚悟しているな……。


「愛する女のそばにいたいと思っているよ」

「あー……やっぱ、そうかあ……」


 クーデリカは悲し気に、髪に指を入れる。


「あのね……私、本当にヒノモトに行こうと思ってるんだ」

「ああ。その為に準備してきたんだもんな」


 クーデリカはニカッと笑う。


「よく知ってるね! さすが名占い師! ……じゃあ、私が何を言おうとしているかも分かるよね?」

「ああ……分かるよ……」


 クーデリカは俺の前に立った。

 俺も彼女に釣られて立ち上がる。


「……私と一緒に、ヒノモトに来てください! お願いします!」


 クーデリカは頭を深く下げた。


「……すまない、クーデリカ。俺はデスグラシアと共に生きたい」


 クーデリカは顔を上げ、ニッコリと微笑む。


「うん……分かってた。でも、どうしても言いたかったの……」

「クーデリカ……」


「……あー、スッキリしたー! ハッキリ言ってくれてありがとう、ニル」


 クーデリカの目から、一筋の涙が頬を伝わる。


「すまない……」

「ニル……見張りは私1人でするから寝てていいよ」


 こういう時、そばにいてやるべきなのか、それとも1人にさせてやるべきなのか……。

 下手に情けをかけるような真似は、余計に彼女を傷つけるか……。


「――じゃあお言葉に甘えて」

「うん、時間がきたら起こすからねー」


 いつもの彼女に戻っている。さすがだな。


 俺はテントに入り、しばらくクーデリカの様子を見る。

 焚火に照らされながら、星空を見上げる彼女の姿は、とても美しかった。



     *     *     *



 翌日も、クーデリカはいつもと変りない元気を見せていた。

 俺と一緒にヘビやウサギを捕まえながら、中間地点へと進む。


「わー! あの湖、小さな島があるよー!」


 俺達は、前の周で野営した高台にたどり着いた。


「アソコガ中間地点カナ?」

「何ですと!? 船などありませんぞ!?」


 俺は例の孤島を眺める。

 あの島には絶対に何かある。今回は、それを絶対に見つけ出したい。



 俺がテントの設営をおこなっている間に、クーデリカとデスグラシアが夕食の用意をする。

 今回はクーデリカが料理できるようになっているので、だいぶ助かっている。


 フォンゼルは地図を睨んで、作戦を考えている振りだ。

 デスグラシアの手前、働いているように見せたいのだろう。



「できたよー!」

「メシアガレ」


 ヘビ肉とウサギ肉の串焼きだ。

 フォンゼルには、ヘビではなくキジだと伝えてある。



「うむ! こうして火を囲みながら、外で食事をするのも悪くないな! はははは!」


 フォンゼルは上機嫌に肉を食う。

 好きな女が作ってくれた飯を食えば、誰でもこうなる。


 現に俺も、フォンゼルのクソ野郎が向かいにいるというのに、ニッコリ顔である。



 食事が終わると、クーデリカが立ち上がった。


「一曲歌いまーす!」

「おお! ぜひともお願いしよう!」

「イイヨ、イイヨー」


 また破滅の魔女の歌を歌うつもりなのだろう。


――と思っていたのだが、今回の歌は違った。


 これは恋人たちを祝福する歌だ……。



 フォンゼルは音頭を取りながら、すっかり聞き入っている。

 デスグラシアは何か察したようだ。真剣な眼で、クーデリカを見つめている。



「どうも、ありがとうございましたー」


 クーデリカは派手なお辞儀をすると、元の席へと戻った。


「クーデリカ……ありがとうな……」

「えへっ!」


 彼女はニコッと笑った。

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