第62話 感動の再会

 馬車は、いかにも品がなさそうな宿の前で停車する。


 この宿屋は、断じて王族が訪れるような場所ではない。

 荒くれ者たちが、酒と娼婦を求めにやって来るような場所なのだから。


『馬車の中でしばしお待ちを――』


 2人を連れて行くのは、さすがに気が引ける。

 俺は1人で、宿の中へと入ろうとした。


『いや、我等も行くぞ。――ついて来い、デス』

『かしこまりました』


 2人が馬車から降りる。


 すでに馬車の周りには人が集まりだしていたのに、そこから2人の美女が降りてきたのだ。しかもそれが魔族ときている。周辺一帯が騒然としてしまう。


「これだけ騒がれてしまえば、もう気にする必要はないか……」


 俺は黙って、スイングドアを押し開け中へと入り、2人の為にドアを開けておく。


 デスグラシアが俺の前を通ったが、顔を伏せている。

 俺と目を合わせないようにしているのだろう。


 1階酒場の客達が一斉に2人を見る。

 驚いてイスからひっくり返るものや、口からエールをこぼす奴が続出した。


 俺はそいつ等を避けながら、宿屋のカウンターへと向かう。


「ご休憩ですか? ご宿泊ですか?」

「うーん……ご休憩かな? それと、ゴールデンシルバーさんを指名で」


「おおっ! あの時の、通のお客様でしたか! それでは、しばしお部屋でお待ちください」


 俺は金を支払いカギを受け取ると、2人を招いて部屋へと入る。



『――ほう? 店の造りの割には、ベッドが大きいのだな』

『この宿屋は、娼婦を買う事もできるので、それでかと……』


 俺は一体何を説明しているのだろう。

 いらない事まで正直に話してしまうストロングスタイル。何だかんだで気に入っている。


『娼婦……? 娼婦だと?』


 ラピス・デ・ラピオスには、ゴールデンシルバーさんはマッサージ師としか伝えていない。先に真実を伝えておくべきだっただろうか……。


『陛下……ゴールデンシルバーさんは、この店で長い間娼婦として働いていました』


 ラピス・デ・ラピオスの顔が凍り付く。


 ショックだろう。

 ゴールデンシルバーさんは、元は王宮に使える使用人だった。

 それが、娼婦の身となってしまうのだ。


 何があったかは知らないが、ラピス・デ・ラピオスとの一件が関わっているのは間違いないだろう。


『そうか……よく教えてくれた。礼を言うぞ』


 俺はドアの近くに立ち、ベッドに座る魔王とデスグラシアを見つめる。

 2人の表情が重苦しい。空気を変えなければ。


『ゴールデンシルバーさんは、無理矢理娼婦にさせられた訳ではないですよ。自分の仕事に誇りを持たれています。良い客と結ばれて、今ではひ孫もいますし』


 ラピス・デ・ラピオスの表情がわずかに緩む。


『それは良かった……そうか、もうひ孫がいるのか……』



 コンコンッ。ドアがノックされる。

 俺はゆっくりドアを開けた。


「今日はごひめいくらはり、まほほにありがほうございましゅ――おや!? この前の、若いおひゃくしゃまではないでしゅか!」

「御無沙汰しています、ゴールデンシルバーさん。今日はあなたとの約束を果たしに来ました」


「な……ま、ましゃか……!」


 婆さんは、ベッドに座る人物を見て目を見開く。――ショック死しないよう気を付けなければ。


『ゴールデンシルバー……! まだ生きていたか!』


 ラピス・デ・ラピオスはベッドから立ち上がり、婆さんの元へと進む。


「ラピシュ・デ・ラピオシュしゃま……!?」

『うむ!』


 ラピス・デ・ラピオスは婆さんを抱きしめる。


「会いとうございました!」

『私もだ……ずっと、其方と再会できるのを待ちわびていた』


 婆さんは、ラピス・デ・ラピオスの爆乳を見上げる。


「女性になられてしまったのでしゅね……」

『ああ、私も色々あってな……』


 俺は通訳をしていない。

 だが2人は、自然に会話をしている。


「そちらのお方は、むしゅめしゃまで……?」

『そうだ。デスグラシアという。私に似て美しかろう?』


 デスグラシアは立ち上がり、お辞儀をした。


「ええ、とっても……」


 婆さんはデスグラシアに微笑み、深く頭を下げる。


『ゴールデンシルバー……私のせいで、お前には辛い思いをさせてしまったな……』

「とんでもございましぇん。私はとても幸せな人生じんしぇいを送る事ができました。その中でもラピシュ・デ・ラピオシュ様との思い出は、一番輝いておりますですじゃ」


 婆さんは目をつむって、うんうんとうなずく。

 その時の記憶を蘇らせているのだろう。


『そう言ってくれた事、嬉しく思うぞ。――お前には心から感謝している。何か礼をしたい。望む物はあるか?』


 婆さんはころころと笑う。


「私はもうすぐお迎えが来る身。いまさら何かを貰っても、仕方がありましぇぬ」

『そんな事を言うでない! ――物でなくても良い。何か申してみよ』


 婆さんは考え込む。――そして、デスグラシアの方を見た。


「では一つだけ……娘しゃまには、私達と同じ思いはしゃしぇぬよう、お願い申し上げましゅ」

『む……』


 ラピス・デ・ラピオスが難しい顔をしたのを見て、婆さんはすぐに察したようだ。


「やっぱりしょうなのでしゅね……娘しゃまの表情は、あの時の私達と同じでした」

『さすがだな……ゴールデンシルバー……だが、しかし――』


「引き裂かれる辛さは、あなたしゃまが一番お分かりになられているはずですじゃ。なにとじょ、なにとじょ……」

『むう……』


 2人のやり取りを、俺とデスグラシアはじっと見守る。

 表情を見る限り、彼女は話の内容を理解しているようだ。


 ゴールデンシルバーさんは、不意に俺を見る。


「このお客しゃまなのでしゅね……?」

『そうだ……良い男だろう?』


「ええ、とても……マッサージにも、ついつい力が入りましたでしゅじゃ」


 婆さんは「かっかっかっ!」と笑う。


「この方は、私に『俺が絶対平和な世の中にしてみせましゅよ! 魔族達とも仲良く暮らしていけるような世界に!』とおっしゃいました。彼が娘しゃまの夫に、もっとも相応しいでしゅじゃ」


 婆さんの言葉を聞いて、ラピス・デ・ラピオスがゆっくりと俺の方を見る。


『ニルよ……その言葉に嘘、偽りはないか……?』

『はい。私はこの世界に、真の平和を築き上げます』


 ラピス・デ・ラピオスはフッと笑みをこぼす。


『では、実力と結果を示してみろ。それで、私の心も変わるかもしれん。……ゴールデンシルバーよ、これが精一杯だ。許すが良い』

「ありがとうございましゅ……」


 やった! チャンスが巡ってきた!

 俺が魔族の為に活躍すれば、デスグラシアとの結婚を認めてもらえる!


「ゴールデンシルバーさん、ありがとうございます! 俺、このチャンスを絶対ものにしますよ!」

「お礼を言いたいのはこっちですじゃ。本当に約束を果たしていただけるとは。これでもう心残りはありましぇん」


「何言ってるんですか! まだ真の平和な世界を見せていませんよ!」

「ほほほ、そうでしたな。お早めにお願いしましゅよ」


 婆さんはにっこり笑った。



 その後、2人は昔の思い出を語り合いたいというので、俺とデスグラシアは退室する。どうやら本当に通訳はいらないようだ。不思議なものである。



『――デスグラシア……話は聞いていたか……?』

『うん……でも……きっと無理……だから、私の事は早く忘れて……』


『そんな事できる訳ないだろう!』

『私はできた! もうお前の事なんてどうでも良い!』


 1階の客が一斉に俺達を見上げる。

 だが、周りの客の目など気にしている場合ではない。


『嘘付くなよ……デスグラシア……だったら何故泣いている……?』


 俺は涙を流す彼女を優しく抱きしめる。


『どうして去ってくれないの……? 私の気持ちを考えてよ……』

『分かってる……辛いよな……』


 彼女の髪をそっと撫でる。


『……母上を見たでしょう? あんな想いをしたい?』

『絶対に嫌だ』


『じゃあ――』

『だが、お前を諦める事はもっと嫌だ。魔王陛下には、絶対に結婚を認めてもらう』


 デスグラシアは儚げな笑みを浮かべる。


『無理だよ……悲しくなるだけだから、やめよう? ねえ、ニル……?』

『いや、俺は絶対にやり遂げてみせる。だから、デスグラシア……俺の事を信じてくれ……!』


 俺はまっすぐ彼女の目を見つめる。


『分かった……ニルを信じる』

『デスグラシア……!』


 俺は彼女の唇を奪う。

 1階から拍手が巻き起こってしまった。――ちょっと恥ずかしい。


     *     *     *


『――では、ゴールデンシルバーよ。さらばだ』

「ラピシュ・デ・ラピオシュ様、お元気で」


 婆さんに見送られながら、馬車が出発する。


「ゴールデンシルバーさん、本当にありがとうございます。俺の頑張りに期待していてください!」

「ほほほ、これは心強い……ニルしゃんの事、見守っておりましゅよ……」


 俺は婆さんに手を挙げ、テンペストを走らせる。


 彼女は俺達の姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。



 それから2週間後、ラピス・デ・ラピオスは『絶対にデスには手を出すなよ……? 出せば、どうなるかは分かっているな……?』と、俺に強く釘を刺してからガルギア魔王国へと帰国した。



 その10日後、ゴールデンシルバーさんが亡くなったという話を聞く。

 彼女の死に顔は、とても安らかだったそうだ。

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