第61話 魔王の実力

 ラピス・デ・ラピオスとデスグラシアを乗せた漆黒の馬車は、ゴールデンシルバーさんのいる街へと出発し、俺もテンペストに乗り随伴する。


「片道1週間はかかるな……まあ、仕方ない」


 つまり2週間分の講義を欠席するという事である。

 これが護衛官選抜に悪影響を与えなければいいのだが……。


「まあ、国王陛下に勲章と騎士の称号貰ってるし、大丈夫か?」


 そういう意味では、邪神を倒しておいて良かったと言える。


「それにしても、まさかゴールデンシルバーさんの想い人が、ラピス・デ・ラピオスだったとは……分からないもんだな」



 80年以上前、外交を目的として、彼女は大魔公の父親と共にこの国に訪れた。

 その時に、王宮使用人だったゴールデンシルバーさんと出会ったそうだ。

 お互い一目惚れだったらしい。


 結局その恋が叶う事は無く、ラピス・デ・ラピオスは、当時の魔王太子と結婚する事になった。

 その数十年後、魔王太子は魔王となり、今から15年前にデスグラシアが生まれる。結婚から出産まで長い時間が経過しているが、その理由は不明だ。


 そして、それから2年後、魔王国内で魔王の弟による謀反が起きる。

 この戦いにより魔王は死亡。ラピス・デ・ラピオスが魔王を継ぐことになる。


 つまり、ガルギア魔王国は内乱を鎮圧してから、まだ10年余りしか経過していない。かなり疲弊した状態なのだ。

 人間と友好関係を結びたいのは当然と言える。



 俺達は宿をとりながら、目的地へと進む。


 宿選びには、かなり難儀した。

 地方に行くほどグレードが当然下がるうえ、魔族を泊めたがらない宿もある。

 そんな状況で、まともな宿を見つけるのは至難の業だ。


 仕方なく粗末な宿に泊まってもらう事もあったが、ラピス・デ・ラピオスもデスグラシアも、まったく不満を洩らさなかった。

 ギャアギャア騒いでいたのは、側近達だけだ。

 まあそれも、ラピス・デ・ラピオスの一喝ですぐに黙ったのだが。



 6泊目の宿屋、狭い部屋で俺は1人ベッドに寝転んでいた。


「完全に避けられてるな……」


 出発してから、デスグラシアに話しかけられた事が1度もないし、俺から話し掛けても、すぐに会話を終わらせようとする。


 1回彼女と2人きりで話したいところだが、ラピス・デ・ラピオスと常に一緒にいるので、それも不可能だ。


 どうしたものかと悩んでいる矢先、ドアがノックされた。――お? 彼女か?


 感知使用……うん、巨乳の女だ。間違いない。

 俺はベッドから起き上がり、ドアを開けた。


 艶のある長い黒髪に、ルビーのような紅い瞳。デスグラシアだ。


『デスグラシア……! 来てくれたのか! ちょうどお前と話がしたかったんだ。入ってくれ』

『うむ』


 俺は彼女を招き入れ、2人でベッドに座る。

 この狭い部屋には机も椅子も無い。ベッドしかないのだ。


『デスグラシア……俺は絶対にお前を諦めないぞ』

『ニル……』


 俺は彼女の肩を抱き寄せ、唇を重ねる。

 デスグラシアは俺を受け入れ、そのままベッドに倒れ込んだ。


 キスしたまま、彼女の服に手を掛けたところで、何か違和感に気付き、咄嗟に離れる。


『……どうした? 私を抱かないのか?』


 デスグラシアがニヤリと笑う。――いや、こいつはデスグラシアじゃない……。


『魔王……陛……下……?』

『フフッ、思っていたより早く気付かれてしまったな。上手く似せたつもりだったのだが……?』


『な、何故このような事を……?』

『お前がまだデスに執着しているのが見て取れたのでな。――ニルよ、もう1度言う。あの子の事は諦めろ。その欲望は母である私が、代わりに受け止めてやる』


 彼女は俺の頭をつかみ、キスしてきた。

 そして、自分の豊かな胸に俺の顔を押し付ける。


「おおふっ……」

『遠慮するな……これはお前への礼なのだ。好きなようにして良い……』


 これはマズい! メンタルアイアンマン・ニルといえど、デスグラシアそっくりの彼女にこうも誘惑されては、もうどうにもなりませんな!



――だが、駄目だ! きっとこれは、俺の覚悟を試されているのだ!


「っしゃあああああああ!!」


 俺はガバッと起き上がり、ゴールデンシルバーさんの顔を思い浮かべる。――よし、耐え切った!


『ど、どうした……?』


 ラピス・デ・ラピオスはキョトンとした顔をしている。――可愛い。


『陛下、俺が愛する女はデスグラシアだけです』


 ラピス・デ・ラピオスはクスッと笑うと、起き上がり乱れた髪を整える。


『なるほど、デスが惚れる訳だ……私もお前が気に入ったぞ』


 彼女は俺の頬に軽くキスをすると、部屋から出て行った。



「……あっぶねええええ! デスグラママの攻撃力半端じゃねえぞ!」


 あと少しグイッと来られたら、俺の鋼の意思もグニャリだっただろう。


 俺は座禅を組み、瞑想をおこなう。

 ヒノモトで学んだことが、こんなところで役立つとは!



 その時、突然ガチャリとドアが開いた。


『――フフッ、そうやって心を落ち着けているのか』

『へ、陛下!? 何故また俺の部屋に!?』


 まだメンタルポイントが回復しきれていない! ここでグイグイこられたら。陥落してしまう。


『一つ聞くのを忘れていた。――褒美は何が良い?』


 この1週間、何が良いのかを考えていた。

 俺には金や名誉は必要ない。欲しいのはデスグラシアと、彼女の幸せだけだ。



――とすれば、これしかあるまい。


『各国の王たちに、会食の際は完全即死魔法耐性を備えるようにと、魔王陛下から伝えてもらえないでしょうか?』


 ラピス・デ・ラピオスの目が見開く。


『デスから聞いてはいたが、そんな細かい事まで知っているとはな……王女たちに聞いたのか?』

『はい、おっしゃる通りです』


 ウソである。だが、そう言っておかないと、変に怪しまれてしまう。


『――理由はなんだ? お前が得する事など、一つもあるまい?』

『仮に魔力255の、<死与>が使える刺客が紛れ込んでいたとしたら、いかがでしょう?』


『ふむ……私とデスには効かないが、国王達は暗殺されてしまうだろうな……なるほど……お前の言いたいことは分かった』

『はい。その場合、陛下とデスグラシアが疑われるのは明白です。その後の展開は悲惨なものでしょう。私は2度とデスグラシアの顔を見る事ができなくなります』


 ラピス・デ・ラピオスはうんうんとうなずく。


『良いだろう。私からトバイアス陛下に文を送っておく。――それだけか?』

『はい。ありがたく存じます』


 俺は深く頭を下げる。


『……お前は欲がないな』

『そんな事はありません。一国の王女を欲しているのですから』


 ラピス・デ・ラピオスはフッと笑う。


『デスが嫁に行けば、私の後継ぎがいなくなる。――もう1人子供が欲しいな……お前のように度胸のある子がいい……』

『――えっ!?』


 魔王は妖艶な笑みを浮かべながら、俺の部屋を去って行った。


「まさかの子づくり宣言とは……」


 あぶねえ……まさか、もう一発かましてくるとは思わなかった。

 あそこで、直接求められていたら、さすがに耐えられなかったかもしれない。


 俺は再び瞑想を始め、心を無にした。

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