第60話 ミスコングランプリ
ヴァイオリンを持ったデスグラシアが姿を見せた途端、観客からざわめきが生じる。
「魔族が人間主体の行事に参加するのか?」
「魔王太子は、女となったのか……」
「なんと美しい姿だ!」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
デスグラシアは観客が静かになるのを待ち、静寂が訪れたのを確認すると、ゆっくりとヴァイオリンを弾き出した。
「――やはり、それほど上手くはないか」
彼女の演奏スキルはLV2。リリーやセレナーデと比べると、どうしても見劣りしてしまう。
他の観客もそう思ったようだ。「なんだ、そんなもんか」といった表情をしている。
曲のテンポが速くなりだした。音色に力強さを感じる。
「……なんだろう? 上手くはないけど、何か伝わって来るのを感じるな」
やはり他の観客もそう感じたようで、先程より真剣な眼差しで、デスグラシアの演奏を見入っている。
『――あの曲は、別れを伝える曲だ』
突然話し掛けて来た人物の方へと、俺は振り向いた。
『魔王陛下……!』
俺のすぐ隣には、魔王ラピス・デ・ラピオスが立っていた。
『次のパートから歌に切り替わる。――しっかり聞いてやるが良い』
魔族の音楽はこういうスタイルだ。
いくつかの楽器を切り替えていく事もある。
デスグラシアがヴァイオリンを離し、歌い始めた。
魔王が言う通り、別れの曲だ。
やはりそんなに上手ではない。だが、俺の心にはビンビンに響いて来る。
『――どんなに離れ離れになろうともー、あなたをずっと想っていますー』
彼女は俺にまっすぐ目を向ける。
『さようならー、私の愛しい人ー』
魔族語で歌っているので、ほぼ全ての観客は歌詞が分からない。
それでも、彼女の心が伝わったのだろう。涙ぐんでいる人も見受けられる。
『……あの歌はお前に向けたものだ』
俺は黙って、魔王を見つめる。
『ニル・アドミラリよ。デスを女にしてくれた事、心から感謝する。――だが……分かるな? あの子の背負っているものを』
『はい。よく、存じております』
俺達はステージから去っていくデスグラシアに拍手しながら、互いに威圧するオーラを放つ。
『ほう……度胸があるな……デスが惚れるのも無理はない。――だが、今ので分かっただろう。あの子は魔族の為に生きる事を選んだのだ。これ以上苦しませてやらないでくれ』
女に覚醒したデスグラシアは、すぐにその事を手紙で母に伝えた。
そしてミスコンの2日前、魔王はアトラギア王国へとやって来る。
そこでラピス・デ・ラピオスとデスグラシアは、丸一日じっくりと話し合ったらしい。――その結果、俺の事を忘れる事にしたのだろう。
『フォンゼルや大魔公よりも、俺と結ばれた方が魔族の為になるかと……』
ラピス・デ・ラピオスはフフッと笑う。
『魔族の女が欲しいのであれば、何人か見繕ってやる』
『そういう事ではありません……!』
思わず殺気だった俺の頬を、ラピス・デ・ラピオスはそっと指で撫でる。
『――そろそろ結果発表だ。じっくり見ようではないか。……なあ?』
彼女は、俺の頬から唇に指を這わせる。
官能と威圧感を同時に与えてくる指使い……さすがは魔王である。
『……かしこまりました』
『お前には褒美を取らせる。――今のうちに考えておくが良い』
俺は礼を述べ、ステージにやって来た司会者と学院長を見る。
「――それでは第27回、ケテル・ケロス勇者学院ミスコンテストの結果発表をおこないます!」
司会者の後ろに、7人の出場者が並ぶ。
「まずは第3位!」
ドラムロールが流れ、<発光>の魔法が出場者たちを次々に照らす。
「――クーデリカ・コールバリ公女殿下!」
<発光>の光がクーデリカを照らす。
彼女は笑顔でステージの前に進み、学院長から銅メダルを授与された。
「続いて第2位の発表です!」
再び先程と同じ演出が始まる。
「リリー・ファン・シェインデル聖王女殿下!」
リリーは学院長から銀メダルを貰うと、観客達に一礼し、元の位置へと戻った。
「さあ、優勝は誰でしょうか!?」
俺には分かってしまっている。毎回1位はリリーなのだから。
ドラムロールが止まり、光がデスグラシアに当たる。
「優勝は……デスグラシア魔王女殿下です!」
デスグラシアは、目を丸くして両手で口を覆っている。
やはり優勝したか! 本当におめでとう!
『この出来事は、魔族と人間との関係に良い結果をもたらすであろう』
『はい。多くの人間が彼女を受け入れた事、本当に嬉しく思います』
『――デスがここまで認めてもらえたのは、すべてお前のおかげだ。お前との絆があの子を変えた。……それを引き裂いた事……許せとは言わぬ……』
『陛下……』
クーデリカに背中を押されたデスグラシアは、大きな拍手と歓声に包まれながら、学院長の元へと向かった。
ラピス・デ・ラピオスも、本心ではデスグラシアの幸せを願っているのだろう。
だが彼女は魔王。国の為に娘を犠牲にしなければならない立場なのである。
『血は争えないものだな……』
デスグラシアが、学院長から金メダルを渡される。
会場に大きな歓声が響き渡った。
――ん? どういう意味だ?
『陛下も恋人と引き裂かれた経験が……?』
ラピス・デ・ラピオスはフッと笑う。
『うむ……しかもデスと同じでな……相手は人間だ。とても素敵な女だった……』
『という事は、陛下は昔……』
『今の姿からは想像できないだろうが、かつての私は男に近かった』
そうだったのか……それがこんな妖艶な美女になってしまうとは……。
それと一つ気になっている事がある。――確認しておくべきだろう。
『その女性は、今どうしているので?』
『すでに死んでいるはずだ。人間は100年も生きられまい』
やっぱりそうだ! 間違いない!
『ゴールデンシルバーさんですね?』
ラピス・デ・ラピオスの目がカッと見開く。
『――何故、知っている!?』
『陛下! 出発の御準備を!』
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