第59話 覚醒
対校試合から1か月後、ケテル・ケロス勇者学院ではミスコンテストが開催されていた。
講堂には、数多くの貴族や大商人が集まっており、彼等が審査員となる。
このコンテストは、有力者同士の親交の場も兼ねているのだ。
毎回順位は同じだ。
1位がリリー、2位がクーデリカ、3位はセレナーデだ。
セレナーデが、リリーやクーデリカに劣っているとは思えないが、身分の補正があるのだろう。
ちなみにドロシーはビリである。
彼女は可愛い顔をしているのだが、歌や楽器の演奏、踊りが笑ってしまう程下手なのだ。
このコンテストは、見た目だけでなく教養も求められるのである。
今回、ドロシーには不参加を勧めたのだが、自分の優勝を疑わない彼女は、まったく聞く耳を持たず、意気揚々と参加してしまった。
「らぶみ、らぶみ、らぶみーどぅー!」
ドロシーのへったくそな歌と踊りに、観客は腹を抱えて笑っている。
その反応に、ドロシーはすっかり涙目だ。
「だからやめとけって言ったのに……」
続いてはセレナーデ。
ハープの演奏をおこないながら、癒される歌声を披露する。
長く美しい水色の髪も相まって、彼女の姿はまるで女神のようだ。
その神秘的な姿に観客も釘付けである。
「本当、よくあの子の誘惑を振り切れたよな。さすがメンタル・アイアンマン・ニルだぜ」
誰も褒めてくれないので、自分で褒めるしかない。
ステージの上にピアノが運ばれてくる。リリーの番だ。
割と露出度の高いドレスに着替えたリリーが、ピアノの前に座った。
彼女はあまり肌の露出を好まないので、滅多に見られない姿である。
「フォンゼルの野郎、鼻の下を伸ばしすぎだぞ……」
もう少し、平静を装ってもらいたいものだ。
それに気付いた貴族達も苦笑しているのが見て取れる。
リリーはピアノを弾きながら、抜群の歌唱力を見せた。
王族や貴族というのは、どうしてこう何をやらせても上手いのだろうか?
リリーがお辞儀をして去っていくと、ピアノがすぐに片付けられる。
袖から出てきたのはクーデリカ。
いつもなら髪を束ね、ベレー帽をかぶっているが、今は髪をまっすぐ下ろしている。
表情も真剣そのもので、いつもの彼女とはまったく別人だ。
そのギャップに、俺も心を奪わされてしまいそうになる。
(いかんいかん! 浮気、駄目、絶対!)
正直言うと、俺はクーデリカが好きだ。
彼女は何周目でも親しくしてくれる。それで好きにならない奴などいないはず。
もしデスグラシアがいなければ、俺は彼女とヒノモトに行く道を選んでいる。
「だからこそ、君を殺さなくてはいけなかったのは本当につらかったよ……」
クーデリカが歌いだす。
楽器はない。アカペラで勝負してくるのはさすがだ。
彼女の歌は次元が違う。
リリーやセレナーデも上手であるのは間違いない。
だが、ここまで観客を魅了できるのは彼女だけだ。
「俺でも勝てないだろうな……」
全スキルをマスターしている俺だ。当然歌のスキルもLV9である。
もっとも、人前で歌うのが恥ずかしいので、滅多に使う事はないのだが。
勘違いしやすいのだが、歌のスキルLVは歌の効果に影響を与えるだけで、感動を与えられるかはまた別である。
俺の歌スキルはクーデリカより上だが、ここまで観客を虜にする事はできないだろう。
大きな拍手の中、彼女は一礼し、ステージを去る。
「――クーデリカの後はやりづらいだろうが、頑張れよ」
今回のダークホースが舞台の上に姿を現した。
腰まで伸びた艶のある黒い髪、ルビーのような真っ赤な瞳、クーデリカ以上の豊かな胸……そうデスグラシアだ。
彼女はこれまで、ミスコンに参加した事がない。
というよりできなかったのだ。理由は簡単だ。女ではないからである。
だが彼女は、今こうして舞台に立っている。
それはつまり、彼女が完全に女になったという事だ。
「あれは本当にびっくりしたな……」
時間は、対校試合終了後の懇親会。俺とデスグラシアが初めてキスをした時にまでさかのぼる。
* * *
2度目の口付けを終えた俺達は、互いに見つめ合う。
「デスグラシア……」
俺は彼女を抱きしめる。
『んっ……ニル……』
デスグラシアが恐る恐る俺の背中に手を回す。
彼女の胸が、俺の胸の下に押し付けられるのを感じた。
『あっ……まずい……』
デスグラシアがそわそわしだす。
『――どうした?』
『体の中がうずく……!』
え!? 何!? 俺を求めているって事か!?
『じゃ、じゃあ、どこか人影――』
バユンッ!
「ぐはっ!」
『ニ、ニル!』
俺は突然、何かの力によって弾き飛ばされた。
「いててて……一体何が……って、デスグラシア!?」
起き上がった俺の目の前には、髪が一気に腰まで伸び、クーデリカ以上の巨乳となったデスグラシアが立っていた。
どうやら俺は、彼女のお乳の膨張圧によって弾き飛ばされたようである。
自分でも訳の分からん事を言っているのは分かっているが、本当にそうなのだから仕方ない。
俺の視線に気付き、デスグラシアが恥ずかしそうに両腕で胸を隠す。
『……どうやら、女に覚醒してしまったようだ』
『おおおお! 良かったじゃないか!』
俺とのキスが切っ掛けになったのだろう。
つまり俺が彼女を女にした。うむ、何と誇らしい。
俺はデスグラシアのそばまで行き、まじまじと観察する。
これが女になったデスグラシアか……。
男になった時ほどのギャップはないな。
髪が伸びて、胸とお尻が大きくなったくらいか……?
――いや、それだけじゃない。
『なんか雰囲気が変わったな……』
『そ、そうか……?』
とても色っぽい。より母親に近付いた感じだ。――いや、それ以上かもしれない。
目が合うだけで、魅了されてしまいそうになる。
『ニル……今の私は好かないか……?』
『いや、今の方がいい』
俺は3度目のキスをする。
『んっ……!』
これまでよりも、長く深いのでデスグラシアの全身に緊張が走る。
初めは少し抵抗していたが、すぐに受け入れてくれた。
俺は彼女の首筋に唇を這わせる。
『ま、待って……! それ以上はダメ!』
『……嫌か?』
デスグラシアは涙目で、ぶんぶんと顔を横に振る。
『ニルが母上に殺されてしまう!』
『大丈夫。覚悟してるよ』
キスした時点でアウトのはずだ。それ以上もクソもない。
『私は死んでほしくないの……お願い、我慢して……?』
女になったデスグラシアの上目遣いは、凄まじい破壊力だ。
そんな頼まれ方をされては、むしろ逆効果である。
だが俺はメンタルアイアンマン・ニル! 彼女を悲しませる事はしない!
ゴールデンシルバーさんの顔を思い浮かべて、気持ちを鎮めるぜ!
『――分かった。その代わり、俺を誘惑するような事はしないでくれよ?』
『私がそんな事をする訳なかろう! ……ありがとう、ニル――』
デスグラシアからキスしてきた。
彼女の大きな胸が押し付けられる。――それを止めてくれって言ったのだが……。
こうしてデスグラシアは100周目にして、初めて女として覚醒したのだった。
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