第58話 告白

 俺とセレナーデは城壁の上から、敵の様子を見ていた。


「木を切り倒していますね」

「ああ、破城槌にするのさ」


 前回と同じように、丸太を持つ係と、矢から守る係に分かれるのだろう。


「ニル君……勝てそうですか?」

「楽勝さ」


「本当ですか!?」


 俺は笑顔でうなずく。


 このまま黙って待っていては城門を破られ、フォンゼルを討ち取られる恐れがある。

 だったら、その前に敵を倒してしまえばいい。

「守備側は籠城しなければならない」というルールなど存在しないのだから。


「――見てくれセレナーデ。あそこで伐採の指揮をしているのが、敵の総大将だ」

「ルモニエ伯爵の次男ですね。賢いと有名な方です」


「彼さえ討ち取ってしまえば俺達の勝ちだ。――そうだろ?」

「はい、そうですが。でもどうやって?」


「そこから見ていてくれ」


 俺は城壁を進み、敵の死角となる場所まで向かう。


「とうっ!」


 城壁から飛び降りる。当然敵は気付かない。


 俺は草むらに入り、身をかがめながら、敵の方に向かって行く。


「伐採に夢中で見張りがおろそかだぞ」


 アーテルがあくびをしながら砦を見ている。

 あのブリッコの事だ。「私ぃ、力仕事は苦手なのぉ」とかほざいたに違いない。


「城門しか見ていないのが、お前達の敗因だ」


 門が開かなければ、敵は出てこないとでも思っているのだろう。


 俺は彼等を狙える位置まで進み、弓に矢を2本番えた。


「弓術スキルLV9の技を見せてやる」


 弓を天に向け引き絞り、2本の矢を放つ。


 矢は上空へと放たれた後、重力に従い落下する。


「うわっ!」

「いってえええ!」


 敵の総大将とルーチェの脳天に矢がヒットした。



「――攻撃側、総大将退場により、勝者ケテル・ケロス勇者学院!」


 防御側勝利の合図である青い発煙筒が焚かれる中、地方勇者学院の生徒たちはポカンとしている。

 まだ何が起きているのか分からないようだ。


 俺は草むらから立ち上がり、ルーチェに向かって気さくに手を挙げる。


「ニルううううううう! お前かああああああ!」


 ルーチェが木剣を振り回して、こちらに向かって走って来た。――お、やる気か?


「このバカモンがあああ!」

「いってえええ!」


 教師にゲンコツを食らったルーチェが、地面の上をゴロゴロと転がり回る。

 それを見て、俺は笑いながら砦へと戻った。


 建物内にいたフォンゼル達は、まだ自分達が勝利した事に気付いておらず、必死に破城槌対策を講じているところだった。



 ほとんどの者が勝利を実感する事なく、対校試合はケテル・ケロス勇者学院の完勝となり、幕を閉じる。


 その後は懇親会だ。前回は中止になったが、対校試合の後は両校の親睦を深める為、砦内で簡単なパーティーをおこなう。


 と言っても、ケテル・ケロス勇者学院は王族と侯爵以上の大貴族。

 ラスニオン地方勇者学院は、最高でも伯爵位までで、歴然とした身分の差がある。

 気楽にお喋りできるようなパーティーではない。


 ほとんどの地方勇者学院の生徒が縮こまっている中、精力的に動き回っているのがこの女、性女アーテルである。


「――そうなんですねぇ! レオンティオス様はぁ、次期副騎士団になられるんですかぁ! すごいですぅ!」

「はっはっはっ! いえいえ、それほどでも!」


「バルト様はぁ、戦士長補佐ですかぁ! 強い男の人って憧れちゃいますぅ!」

「いやー、俺なんてまだまだだよ!」


 アーテルはツラだけはいい。

 レオンティオスとバルトは、あっさり陥落したようだ。

 その様子をルーチェが、ギリギリと歯を噛み締めながら見ている。


「――分かったか? これが性女アーテルだ」


 俺は後ろからルーチェに話しかけた。


「うぐう……僕の目の前で、平然と他の男に話しかけるなんて……!」


 アーテルはステイフのダイアウルフの前にしゃがみ込む。


「ステイフ様のわんちゃん、とっても可愛いですぅ! 動物に優しい人って、何だか安心できちゃいますぅ」

「ま、まあな! 俺は女の子にも優しいと思うぜ?」


 アーテルの奴、良く言うよ。

 どれ、ちょっと邪魔してやるか。


「――アーテル、ステイフ卿のダイアウルフを撫でさせてもらえよ?」

「え゛っ!?」

「おう! 撫でていいぜー!」


 お前が動物大嫌いだってのは知ってるんだよ!

 なーにが「ステイフ様のわんちゃん、とっても可愛いですぅ」だ!


「どうしたアーテル? 撫でないのか? そういやお前、動物嫌いだったっけ?」

「え? そうなの? 俺、動物嫌いの女の子は、あんまり好きじゃないんだよなあ……」

「そ、そんな事ないですよぉ! 見ててくださいねぇ!」


 アーテルは凄い表情で、ダイアウルフを撫でる。


「ね? 御覧の通り、動物大好きなんですよぉ!」

「お、おお……じゃあな」


 ステイフは察したようで、どこかへと去って行った。


「チッ……」


 アーテルはクンクンと自分の手の臭いを嗅ぐ。


「くっせ! あんなくせえ生物と、よく一緒にいられんな……便所で手洗ってこよ……」


 アーテルは、トイレに向かう。


「アーテル殿、どちらへ?」

「アーテルちゃん、もっと俺等と一緒にいようよ」

「ちょっと、お手洗いに行ってきますねぇ。――それくらい察しろやボケ……」


 スキル兎の耳を使っているから、アーテルがボソボソ呟いている言葉も丸聴こえだ。


「うん、なかなか面白かった!」



 パーティー会場を見渡すと、地方勇者学院生が、遠巻きにフォンゼル達王族を見ているのが分かる。

 一部の貴族出身の生徒だけが、挨拶しに行っているという感じだ。


 平民の者達には、話しかける事すらできない存在。それが王族だ。

 あのアーテルですら、フォンゼルには話し掛けられなかった。



 デスグラシアが俺の元へとやって来る。

 地方勇者学院の生徒がギョッとするのが伝わって来た。


『……これが本来魔族に向けられる視線だったな』

『気にするな』


 デスグラシアはクラスの者と打ち解けて来ているので、奇異の眼で見られる事はもうない。

 だがこうして、初めて会った者達からは、当然偏見の眼で見られてしまうのだ。


『今思うと、お前はよく私に話しかけられたな。しかも、いきなり通訳として雇えなどと。……ここにいる者達を見て、つくづくそう思うぞ』

『まあな。度胸だけは誰にも負けるつもりはない』


『ははは、確かにな。お前は何というか、覚悟が違う。まるで何度も死線をくぐり抜けてきた凄味がある。……今日の対校試合も見事だった。全てをお前がかっさらって行ってしまったな』

『覚悟か……そうだな……一国の王女を妻に貰おうとするくらいの覚悟はあるよ』


『え……?』

「あ! ニルくぅん! 今、トイレで聞いちゃったんだぁ。ニル君ってぇ、騎士様になったんだねぇ」


 性女アーテルが上目遣いで俺の所へやって来た。


……なるほど。俺が出世街道に乗ったと思い、よりを戻しに来た訳か。なんてたくましい女だ。


「アーテル、ルーチェがお前を睨んでいるぞ」

「別にルーチェ君なんてどうでもいいよぉ。それよりニル君、私達ってまだ婚約中なんだよぉ?」


 ん? そう言えば、今回は婚約破棄を言い渡されていないか。


「そうだったな。じゃあお前とは婚約破棄する。ルーチェと仲良く暮らせ。お前達お似合いだから」

「何よそれぇ! そんなの認められないよぉ!」


「だってお前、俺があげた婚約指輪付けてないじゃないか?」


 俺が追放される一週間前にあげたらしいが、正直まったく覚えていない。


「えーっと、あれはその……」

「……売ったんだな?」


「えへ……えへへへ……」


 本当、とんでもない女だ。

 こんな奴と結婚しようとしていた昔の俺をぶん殴ってやりたい。


『この女は先程から何を騒いでいるのだ? 婚約という言葉が聞こえた気がするのだが?』

『ああ、こいつは俺の元婚約者なんだ。俺がプレゼントした婚約指輪は売り飛ばすわ、浮気しまくるわと、どうしようもない女だから、婚約破棄したんだ』


『婚約者だと!? お前にそんな女がいたとは!?』

「あれ? ニル君、何語喋ってるのぉ? この女誰ぇ?」


「魔王国王太子デスグラシアダヨ。私ニ無礼ナクチヲキイタラ、ブチ殺スカラネ? ウセロ、ブス」

「ひ、ひいいいいい! ごめんなさいぃぃ!」


 アーテルは慌てて逃げて行った。


『はははは! 見たかあの顔! ブッサイクだったなー! それにしても、お前を見て魔族だと分からないとは、本当筋金入りの馬鹿だな』

『ニル……お前、他に女がいたりするのか?』


『いや……そうだな……そういう話は外でしないか……?』

『え……うん……』



 不安な表情を見せるデスグラシアを外に連れ出し、城壁に登る。

 すでに夕日が沈み掛けようとしていた。


 心配そうに俺を見上げるデスグラシアの髪に、俺は指を通す。


『……安心しろ。俺に他の女はいない。アーテルとも婚約しただけで、何もない』


――だったはず。もう千年近くも昔の事なので自信は無いが。


『そうか……それは良かった……あの……ニル……好きな人はいる……?』

『いや、分かるだろう?』


 ちょっと笑ってしまった。

 どんな鈍感な奴でも分かると思うのだが。

 というより、何度か「好きだ」と口にしてるし。


『分からない! だから、ちゃんと言って欲しい……』


 俺は微笑み、うなずく。

 いいぜ。何回でも言ってやる。


「デスグラシア、あなたが好きです」

「アナタガチュキダカラー?」


 やっぱり俺達の言葉では分からないか。


『俺が好きなのは、お前だデスグラシア。愛してる』

『ニル……』


 俺は彼女のアゴに指を添え、唇を重ねた。


『――んっ……』


 彼女から唇を離す。


『お前の好きな人を教えてくれないか?』

『……そんな者はいない』


 恥ずかしそうにうつむくデスグラシアを、じっと見つめる。


『……そうか残念だ』

『ごめん、嘘……私もあなたが好き……』


 俺達は再び唇を重ね合わせた。



 ようやくここまでこられた。

 だが俺は平民で、彼女は王族。その壁はあまりにも高い。


 そしてその壁は、すぐに俺達の前に立ちはだかってきたのであった。

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