第57話 完全勝利を目指せ

 ドロシーの復学から2か月が過ぎた。


「諸君! 我々に敗北は絶対に許されない! 必ずや、勝利を!!」

「おおおおおお!!!!」


 対校試合の日がやって来た。

 前回は試合に負け、バルトが死亡するという最悪の結果に終わった。

 今回は、それを絶対に避けるつもりだ。



「よおおし! 全員とつげえええええき!」

「……え?」


 フォンゼルの号令に、生徒たちの眼が点になる。

 いつものお決まりの展開だ。この微妙な表情と間が最高に面白い。


「王太子、突撃はダメダヨ」

「む……左様ですか。何か良い案がございますかな?」


 今回は笑っちゃうくらい素直だな。


「私とニルデ、門を破ルヨ」

「それはなりません。貴方を矢面に晒す事など、私にはできませぬ」


 フォンゼルは「これはキマったな!」とでもいうような笑みを浮かべる。


『無理・あなた・無様・姿・晒す』


 出たー! 誤訳!

 通訳を介する時は、シンプルな表現を心掛けないとこうなるのだ。


 デスグラシアはムッとする。


『ニル、王太子が私を挑発してきた。私とお前だけで王冠を手に入れ、彼を見返してやりたい。協力してくれるか?』

『ああ、もちろんだ』


 誤訳である事はあえて伝えない。

 勘違いしてくれていた方が、好ましいからだ。


 デスグラシアが武器置場から大木槌を手に取ったのを見て、フォンゼルが慌てて駆け寄って来る。


「な、何をやっているので!? 貴方を危険な目に遭わせる訳には参りませぬぞ!」

『あなた・危険・遭う』


 また間違えている。

 前任者のババアと違って、故意にやっている訳ではなさそうだが……。


『見ているがよい! 私の力を! 必ず門を突破し、王冠を奪取してこよう!』

「私の怪力がお前の肛門をぶち破る前に、その奪った王冠から覗いていなさい」

「なっ!? お前の通訳は明らかにおかしいぞ!」


 フォンゼルが通訳を叱りつけている間に、俺達はクーデリカの応援歌を受けながら、城門へと駆けて行く。



 ドゴオッ!!

 一撃で門を破り、俺達は砦内部へと侵入する。


 城壁の敵を無理に排除する必要はない。

 玉座にある王冠さえ持ち帰ってしまえば勝ちなのだ。

 フォンゼルに見せ場を作ろうと思わなければ楽勝なのである。


「――お? 懐かしい連中がいるぞ」

『知り合いか?』


 玉座の前には、ルーチェ達がいた。


「ニ、ニル!? 何故、お前がここに!?」

「ええええ!? ニル君、ケテル・ケロス勇者学院に入学したのぉ!?」

「信じらんない! あんな能無しが!?」


『ニル、殴ってもいいのか?』

「ああ、思い切りぶちかましてくれても構わんぞ」


「来いやあああああ! ニルううううう!」


 ルーチェが木剣を正眼に構える。――うん、構えは悪くないんだよな。


 彼等は、現魔王ラピス・デ・ラピオスを討ち取った事で、アトラギア王国の英雄となる。馬鹿ではあるが、腕は確かなのだ。


 とはいえ、現段階ではまだまだ未熟である。


「せいっ!」


 スコーンッ!

 俺はルーチェの頭を軽く打った。


「いってえええ! マジかよ!? 僕がニルごときにやられるなんて!?」



『むんっ!』

「げふっ!」「おぼっ!」


 デスグラシアは大木槌を前に構えたまま突っ込み、アーテルと未だ名前を思い出せない、後に大魔導士と呼ばれる女を弾き飛ばした。



「そこっ! バレバレだぜ!」

「うぎゃっ!」


 玉座の後ろに隠れていた敵を始末する。


『よし、ニル! 撤退だ!』

『了解!』


 デスグラシアは王冠を腕にかけ、外へと飛び出す。

 城壁に配置されていた敵が待ち構えていたが、難なくそれを突破し、自陣地へと帰還した。



「――貴様はこの国最高の魔族語通訳者ではないのか!?」

「も、申し訳ありません。しかし、魔族語と言うのはニュアンスが独特でして……」


 フォンゼルの説教はまだ終わっていなかった。

 王冠を奪取した俺達はクラスメイトから胴上げされる。


「わーっしょい! わーっしょい!」


「それをどうにかするのが通訳の仕事ではないのか!?」

「はい、その通りなのですが、同じ単語でも真逆の意味になる事があるのです……」


 胴上げが終わった後もフォンゼルの説教は続き、彼が勝利した事に気付いたのは、それから30分後の事だった。



     *     *     *



 1回戦が終了し、1時間の休憩となった。


「ワウ! ワウ!」


 ピットが誰かの荷物の前で吠える。――そうか、やはり今回も仕掛けられたか。


「なんだ? それはお前の餌じゃねえぞ。――おい平民! お前の魔狼だろ! ちゃんとしつけろ!」


 俺はピットの元へ行く。


「よし、よく見つけてくれた」


 俺は対校試合が始まる何か月も前から、ギアニの根、キスカン草、ニザの実、グリフォンの胆のうの臭いを嗅がせ、訓練していたのだ。


 対校試合中は、ずっとピットに探らせていたが、試合が始めるまでは反応が無かった。

 全員が戦いに夢中になっている隙に、細工をおこなったのだろう。


――つまり犯人は、ケテル・ケロス勇者学院の者だという事だ。



「ステイフ卿、ピットが毒を発見しました。中身を見せてもらっても?」

「マジか!? ちょっと待ってろ!」


 ステイフはバッグの中身を外に出す。

 携行食糧、水、着替え、傷薬、そしてダイアウルフの餌。


 俺はピットに一つずつ臭いを嗅がせていく。


「――この餌ですね」

「嘘だろ!? これは、俺の手作りだぞ!?」


 どうやら餌を取り換えた訳ではないようだ。

 確かにそれだと、すぐにバレるだろうから当然か。


「餌に粉が掛けられていますね……<鑑定>」


 鑑定の結果、ギアニの根、キスカン草、ニザの実、グリフォンの胆のうの粉末である事が判明する。


「この餌を食べると、幻覚症状と狂暴化を引き起こします。処分しても?」

「あ、ああ……。なあ? ……俺ってそんなに恨まれてるのか……?」


 俺はステイフの餌を<発火>で燃やしながら、それについて考える。


 ステイフは俺を平民と呼ぶが、それ程嫌な態度をとるわけではない。

 あまり素行の良いタイプではないかもしれないが、動物には優しいし、クラスメイト達もその事は知っている。嫌われているようには見えない。


「――いえ、そんな事はないと思いますが」

「こいつを連れてるのがマズいのかな? ちょっとクセーからな」


 ステイフはダイアウルフを撫でる。


「それだったら、俺も部屋にピットを連れ込んでるので一緒だと思いますよ」

「なんだか嫌われてるかもと思ったら、途端に心がブルーになってきたぜ……まあ、ともかく礼を言うよ。……しかし、誰がやりやがったんだ? 許せねえぜ」


「ピットに探させてみましょう」


 ピットに再び臭いを追わせてみたが、駄目だった。

 消臭剤を使われたか、洗い流されたかのどちらかだろう。


 犯人は見つけられなかったが、これでダイアウルフの暴走は防げたはずだ。とりあえず良しとしよう。



「皆の者、私の元に集まれ!」

「おっ、馬鹿が呼んでるぜ。行くぞ平民」

「はい」


 ステイフはフォンゼルの事を、影で馬鹿と呼んでいる。

 だが、こいつも学科試験の成績は悪いので、人の事は言えない。



「籠城戦のメンバーを発表する!」


 フォンゼルから10名の名前が告げられる。


 フォンゼル。デスグラシア。リリー。クーデリカ。ドロシー。セレナーデ。レオンティオス。セラフィン。バルト。ステイフだ。


「まーた、俺を外しやがったな……」


 ただし今回は、デスグラシア、クーデリカ、セラフィンが入っているので、俺がいなくても勝てるかもしれない。


「王太子、ドロシーハズシテ、ニル入レタ方ガイイヨー」

「ひどいわデス様! うえーん!」


 魔法の使えないドロシーはカスなので正解だ。

 ついでに言えば、リリーも外した方がいい。


「むう……そういう訳にはいきませんな……」

『私・奴・嫉妬・奴・これ以上・手柄・与える・駄目』


 通訳はフォンゼルの心の声を伝えてしまう。

 魔族語の分かるリリー達は、大笑いした。


「ヤキモチハダメダヨ?」

「なっ!? 通訳! 貴様、またおかしな事を言ったのではないか!?」

「そ、そんな事はございません! 殿下のお気持ちを代弁させていただいただけでございます!」


「私は断じて嫉妬に駆られた訳ではない! 籠城戦に適した人材を選抜した結果なのだ!」

「フォンゼル殿下ー、ドロシーは剣も槍も弓も、なんにも使えないカスですよー?」

「セラフィン! アンタ、マジで殺すわよ!?」

「わたくしも肉弾戦は不得手なのですが? できれば代わっていただきたいですわ」


 クラスメイトから、次々と反対意見が出る。


「で、では、聖王女殿下の御意思を尊重して、代わりの者と交代という事に致しましょう。では、代わりの者は――」

「ニル様、よろしくお願いしますわ」


 フォンゼルが選ぶ前に、リリーが強引に俺と交代した。


「む……むむむ……!」

「わたくしの判断に何かご不満が?」


「い、いえ……」


 今回はデスグラシアに熱を上げているフォンゼルだが、リリーに弱いのは変わらないようだ。


「じゃあニル様、期待していますわ」

「お任せください。性王女殿下」



 こうして俺は籠城戦メンバーに加わる事になった。

 100周目にして、初めての事である。

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