第53話 お料理教室

 乗馬会から1か月後、学習発表会の時が来た。

 今回もメンバーは、リリー、クーデリカ、ドロシー、デスグラシア、俺となる。


「――では、学習発表の内容を検討していきたいと思います」


 前回同様、クーデリカの詩を歌う案と、ドロシーの魔法作製の案が却下され、リリーの各国の文化や風習を発表するという案が採用された。


「チョット、イデスカ?」

『何?』


 デスグラシアが俺達の言葉を、リリーが魔族語を使う。


「タダ発表シテモ、ツマラナイヨ。ソレゾレノ国ノ、オ料理ダサナイ?」

『あなた・考え・素晴らしい・しかし……』

『私達・料理できない!』

『当然! 私達・身分・高い!』


 片言ではあるが彼女達はもう、俺の通訳なしで会話ができる。さすがは優等生である。


――さて、前回は諦めた料理を振る舞う案だが、今回は頑張ってみようかと思う。


「発表までに、まだ2週間あります。俺の特訓を受ければ、1品くらいなら作れるようになるでしょう。これも勉強と思って、挑戦してみては?」


 リリー達は、ふむふむとうなずく。


「そうですわね。私としても評価は欲しいところですし、やってみましょうか」

「うんうん、面白そー!」

「えー! 面倒くさいですー!」


「ニルー! 料理のできる女とできない女、どっちが好きー!?」

「できる女」

「……ふんっ、しょうがないからやってあげてもいいわよ? 別にアンタの為じゃないからね!」


 ドロシーの分かりやすすぎる言葉に、一同は大笑いである。

 彼女の顔が、真っ赤になってしまう。


「ドロシーの顔を見たら、聖王国のパプリカを使った伝統料理を思い出しましたわ」

「パプリカの肉詰め焼きですね。それほど難しくないから、いいかもしれません」


「じゃあ私はトマトを使った料理にしようかなー!」

「うーん、全部赤色の料理ばかりになると色合いが良くないな。タルソマ公国なら、海の幸を使った物がいいだろう」


「じゃあ私は?」

「お前は一番下手くそそうだから、簡単なスープにしよう」


「何よそれー!」


 今回はドロシーに、思いっきりタメ口を利いている。

 許可も取らずに勝手にそうしてみたのだが、別に怒られなかった。


「私ハ、ヘビ肉ノ炒メ物ニスルヨ」

「ヘ、ヘビですか……?」

「いや! 絶対食べたくない!」

「私は食べてみたいけどなー!」

『それは止めた方が良いぞ。ヘビ肉に抵抗のある人間は多い』


「ワニハ?」

「ひえ……」

「最悪よ!」

「えー!? 興味あるけどなー!」

『ハミナーヤがいいよ。あれが一番無難だ』


『あれは伝統料理じゃなくて、家庭料理だぞ?』

『細かい事は、気にしなくていい』


『そうか……お前が食べた事のない料理にしたかったのだが……』


 リリー達がピクリと反応する。


『二人・仲・発展・私・驚き』

『デスグラちゃん、お乳・育つ・理由・理解!』

『男・つかむ・まず・胃袋・私・納得』

「チ、チガウヨー! 通訳ノ報酬ガ、私ノ手料理ナノー!」


 デスグラシアはあせあせとしながら、頬を赤く染める。――可愛い。



 こうして俺達は、お料理教室を開催する事となった。


「性王女殿下、添える指は曲げてください。切ってしまいますから」

「は、はい……」


 リリーは、おぼつかない手付きで野菜を切っている。

 彼女のこんなに必死な顔を見るのは初めてだ。


「クーデリカ、捌き方なら後で教えてやるから、まだ魚には手を出さないでくれ」

「はーい!」


 クーデリカは、ダンッ! ダンッ! と魚を骨や内臓ごとブツ切りにしていた。最悪だ。


「ドロシー、峰打ちになっているぞ……さすがに何かおかしいと思わないのか?」

「うっさいわよ! 初めてなんだから、そんなとこまで気が回る訳ないでしょ!」


 ドロシーは、包丁の背でギコギコと豚肉を斬ろうとしていた。信じられない。


 タンタンタンタンッ。

 そんな駄目な女達の中で、1人だけ輝いているのが彼女である。


『どうだ? できそうか?』

「ダイジョブ」


 デスグラシアはすでに料理ができるので、彼女にはリリー達が作ろうとしている料理3つに挑戦してもらっている。


 つまり3品作る訳だが、様子を見る限り、彼女が1番先に完成するだろう。



 そして1時間後。実食の時間である。


「……これで100周目終了とならなければいいのだが……」


 俺は目の前にある、邪神への捧げもののような物体を見て、冷や汗を流す。


 一度に多くの事を教えても、混乱するだけだ。

 その為、今日は包丁の使い方しか教えておらず、調理方法や味付けには一切口を出さなかった。その結果がこれである。


「……まずはクーデリカのやつからいってみようか」

「えへへー! 海の幸をふんだんに使った料理だよー!」


 ふかふかのパンに具材を挟んで食べる料理らしい。

 片手で食べられるので、仕事をしながらでも食事ができるのが魅力だそうだ。


 そう説明を受けた俺達だが、その表情は険しい。


 パンの間からは魚の頭や、海老の尻尾が飛び出ており、血がしたたっているのだ。


「いただきまーす……」


 全員が恐る恐る、一口かじる。


「――オエッ!」

「これ……生じゃありませんの!?」

「オロロロロ!」

「まっずううう!」

「クッセエ!」


「クーデリカ、本当に生で食べるものなのか!?」

「違うよー。私のアレンジー。ヒノモトは生で食べるって聞いたから、そうしてみたー。でも、おかしいなあ。凄く美味しいって聞いたのにー」


 料理の下手な奴は、大抵余計なアレンジをしてしまう。その典型的な例だ。


「スシだな……あれはパンじゃなくて米だ」

「クーデリカ! タルソマ公国の伝統料理を振る舞うんですよ! 変なアレンジをしないでください!」


 リリーが本気で怒っている。だが、気持ちは分かる。思わずぶん殴りたくなる不味さなのだ。

 クーデリカは結局魚を捌く事ができなかったので、内臓ごとぶった切った魚をパンに挟みやがった。それが恐ろしく血生臭い。



「――よし、次! ドロシーの豚肉とタマネギの塩スープ!」

「結構上手にできたと思うわ!」


 どこの国にもありそうだが、アトラギア王国では豚骨も一緒に煮込むのが特徴である。これによって塩だけとは思えない、濃厚な味となるのだ。


「いただきまーす!」


 見た目が普通なので、みんな安心して、笑顔でスプーンを口の中へと運ぶ。


「――あっま!」

「これ……砂糖じゃありませんの!?」

「オロロロロ!」

「口の中が気持ちわるーい!」

「ゲロノ味ガスルゼ!」


「ドロシー! お前、塩の代わりに砂糖入れただろ!?」

「だって私、甘い物好きだもん!」

「甘い物が食べたいのなら、元から甘い物を食べなさい! 馬鹿な子ですね!」


 リリーが本気でブチ切れた。もちろん気持ちは分かる。どうやっても不味くならないはずのこの料理を、ここまで不味くされ、本気でビンタしてやりたいくらいだ。



「――次! 性王女殿下のパプリカの肉詰め!」


 全員の顔が青ざめる。これがさっき言っていた、邪神への捧げものだ。

 一体、何をどうしたらこうなるのか?


「あの……見た目は少々悪いですが……味は問題ないかと……」


 歯切れの悪いリリーの言葉に、一同はより顔を引き攣らせ、誰も口にしようとする者がいない。


「――もう! みんなして失礼ですわ! 見ていてください!」


 リリーは暗黒物質をフォークで刺し、一気に頬張る。


「オエエエエエエッ!!」

「リリー様!?」


 リリーは白目を剥き、ピクピクと痙攣し始めた。


「<治癒><解毒>」


 俺の回復魔法で、リリーは何とか一命を取り留めた。


「はあはあ……ありがとうございます……」

「性王女殿下、大変心苦しいのですが、あの料理は処分させていただきます」


「仕方ありませんね……火炎魔法で焼くのですか? でしたら外に運び出さねばなりません」

「はい、その前にもう一つ処置が必要なのですが……<解呪>」


 リリーの料理から、髑髏のような黒い煙が立ち上る。

 それを見て、クーデリカ達が大爆笑に包まれた。


「あははははー! 何で料理しただけなのに、呪われちゃうのー!」

「きゃはははは! リリー様が、ここまで料理が下手だとは思いませんでした!」

『はははは! 聖王女たるものが、自ら呪いの品を生み出して、どうするのだ!』

「キーッ! 貴方達、笑い過ぎですよ!」


 彼女達が騒いでいる間に、俺は料理を外へと運び出し、念の為<獄炎>で焼却処分した。



「ラスト! デスグラシアの3品!」


 お手本3品が、俺達の前に並べられる。

 これが本来、リリー達の作らなければならなかったものだ。


「チョット自信ナイヨ」

「とても美味しそうですわ」

「見た目が全然違うなー」

「そうですか? 大した事なさそうですけど」


「いただきまーす!」


 これは大丈夫だろうと、全員安心した様子で食べ始める。


「美味しい! デスグラシア様の愛を感じますわ! 何だかキュンキュンします!」

「なるほどー! なるほどー!」

「悔しいけど、完全に負けたわ……」


 ようやくまともな飯にありつけたのもあって、女達はガツガツと食べる。

 それを見て、デスグラシアも満足気な笑みを浮かべる。


『ニルよ、どうかな……?』

『とても美味しいよ。毎日食べたいくらいだ』


『そうか! それは良かった!』


 素直に喜ぶ彼女の姿が、とても愛らしい。



 こうして毎日料理の特訓は続き、あっという間に2週間が経過した。

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