第54話 メイドプリンセス

 学習発表会当日。

 俺達の発表は大掛かりなので、順番を最後にしてもらい、フォンゼル班、セラフィン班、レオンティオス班の順に発表していく。



 まずはフォンゼル班。

 毎回おなじみの、アトラギア王国の歴史だ。

 クーデリカは、やっぱりグーグー寝ている。



 続いてセラフィン班。

 今回は『一つしか魔法を習得できないとしたらどれ!?』である。

 相変わらず、興味をそそられるお題だ。

 だが、考証がガバガバなのも相変わらずである。反論の嵐だった。


 ちなみに、何故かセラフィン班とレオンティオス班は、毎回テーマが変わる。

 おそらくフォンゼル班やリリー班と違い、班員同士のパワーバランスが拮抗しているからなのだろう。

 ちょっとした影響で、採用される案が変わってしまうようだ。



 3番目のレオンティオス班は今回も酷かった。

 ズバリ『ギガントフロッグのオタマジャクシ・成長記録』である。

 こいつ等はどうも、何かを育てるという発想しか湧かないようだ。


 6月9日からのオタマジャクシの成長が絵で描かれていたが、結局最後まで同じ絵を見せられて終わりだった。

 それもそのはず、後ろ脚が生えるまでに1か月はかかるのだ。

 何故、先にそれを調べないのか……。


 奴等は水槽に入れたオタマジャクシを運んで来て、みんなに見せて回る。

 それなりに可愛がってはいるようだ。



 そして、とうとう俺達の番がやって来た。


「――という訳で、各国の文化と習慣の違いについての発表は終了となります。あとは実際に、それぞれの国の伝統料理を実食していただきたいと思います」


 会場がどよめく中、俺達は一斉に調理の準備を始める。

 すでにほとんどの調理は終えているので、あとは焼く、温めるだけで完成だ。


 俺が調理を開始し始めると同時に、リリー達は衝立の向こうで、生着替えを始めた。

 そして、着替え終わった彼女達が登場すると、会場は一気に熱気に包まれる。


 リリー達は全員、各国のメイド服に着替えて来たのだ。

 その可憐な姿に、男達はハートを射抜かれる。


 これは、クーデリカの案だ。

 リリー、ドロシー、デスグラシアの3人が反対、俺だけが賛成という劣勢だったが、俺の「衣装も重要な文化の一つではないのかね?」という、もっともらしい一言で、リリーが陥落する。


 リリーを落としてしまえば、ドロシーを落とすのは容易い。

 残るはデスグラシアだけだが、クーデリカに何かコソコソと言われると、渋々了承した。



 メイドとなった彼女達は料理を始める。

 その様子に男達は釘付けだ。


「おいおい……魔王太子って、いつの間にあんなに胸がデカくなったんだ?」

「つうか、めちゃくちゃ可愛くね? あれで、まだ女じゃないんだろ?」


 100周目のデスグラシアの人気は高い。

 これまで嫌われ続けていたのが嘘のようだ。


 料理が完成すると、彼女達は生徒たちに料理を配膳していく。

 フォンゼルが、チラチラとデスグラシアを見ていて気持ち悪い。


「うめえー!」

「へー、こんな味付けなんだー」

「魔族の料理も結構いけるね!」

「肉詰めだけ微妙だな」


 概ね好評のようだ。

 その様子にリリー達も満足気な笑みを浮かべる。


 この2週間、彼女達は本当に良く頑張った。

 俺としても、やれる事は全部やりつくしたといった感じだ。



 そして順位が貼り出される。


 1位 リリー聖王女殿下班

 2位 フォンゼル王太子殿下班

 3位 セラフィン卿班

 4位 レオンティオス卿班



「やったな! 1位だぞ!」

「お料理を頑張った成果が出ましたね!」

「メイド服が良かったんだよー!」

「やっぱり1位って気分がいいわ!」

「ウレシイネ」


 俺達はひとしきり喜びを分かち合い、それが落ち着くと、リリー達は着替えに戻って行った。

 俺とデスグラシアだけがその場に残される。


『……ニルよ。この格好は、やっぱりおかしかっただろうか……?』


 デスグラシアは、かなり長くなった黒髪をクリクリといじる。


『いや、とても可愛い』

『本当……? お世辞じゃない?』


『本当だ』

『嬉しい……』


 恥ずかしそうにうつむく彼女を優しく抱きしめる。


『ん……放して……』


 そうは言うが、まったく嫌がるそぶりは見せない。

 彼女のアゴに指を添えて、顔を上げさせる。


『ニル……それは駄目……』


 前はここで突き飛ばされたが、今回は俺の眼を見つめてくるだけだ。

 俺は彼女の唇に、自分の唇を近づける。


「――さて、何位だったかなあ!」

「俺達のオタマなら1位間違いなしだろ!」

『きゃっ!』


 ドンッ!


「ごはっ……!」


 俺は大きな柱にめり込み、吐血する。


『ゆ、許せニル! そんなつもりはなかったのだ!』

「<治癒>……気にするな……お前のせいじゃない……それに、この程度はかすり傷さ……」


 こんなところでキスしようとした俺が悪いのだ。


『そうか、ならば良いのだが……では、私も着替えに行ってくる。クーデリカには礼を言わねばならぬな。ふふふ』


 デスグラシアは俺を柱から引き剥がすと、リリー達の元へと向かった。




 その後は、前回と同じように慰労会が始まる。

 酔ったクーデリカの悪ノリに付き合わされること2時間。


「――じゃあ、ドロシーを選んであげなよー!」

「ちょっと、やめてください!」


 ドロシーは顔を真っ赤にして、クーデリカを押さえつけようとする。


「最後の記念にしてあげなよー! 明日でお別れなんだからー!」


 そうか……今回も退学になってしまったか……。


「ドロシー、俺とのキスが原因か?」

「ち、違うわよ! お父様の容体が悪いの! だから、元気なうちに結婚式を挙げる事にしたのよ!」


 前回と同じだ。だがドロシーが退学するのは前回と今回だけ。

 やはり、あの罰ゲームが関わっているのか?


「俺とのキスを知ってしまって、ショックで具合が悪くなった訳じゃないんだよな?」

「そんな訳ないでしょ! でも時期は丁度その時ね。一月前から調子が悪くなってしまったの」


 うーむ……よく分からないが、何らかの因果関係があるように思える。


「お前、結婚が嫌で、逃げ出そうとか考えてないよな?」

「そんな訳ないでしょ!」

「あはははー! 私なら国外逃亡するかもー!」


 冗談っぽく笑っているが、クーデリカは本当に計画しているからな。


 それはさておき、ドロシーに逃亡の意思はないようだが、ではなぜ前回逃げたのだろうか?

 何かが起きたのは間違いないだろう。


「元々卒業したら、その人と結婚する予定だったの。それが、ちょっと早くなっただけよ。別に嫌じゃないわ……」


 ドロシーの諦めたような表情を見るに、嫌じゃないというよりは、仕方ないと言った方が正しそうだ。

 だが、貴族はこれが当たり前なのだ。他人が介入できる話ではない。


「王族・貴族は大変だよな……」

「――悲しいけど、それがわたくし達の宿命ですの」

「うんうん、でもお腹いっぱい食べられるんだし、文句は言えないよねー」


 文句を言う代わりに、国外逃亡する。さすがはクーデリカである。


「そうですよね……『平民に生まれたかった』なんて甘えですよね……」


 ドロシーは、愁いを帯びた目を見せる。

 彼女がこんな表情をしたところを、初めて見た。


「ソナコトナイ。ワタシモソウ思ウ時アルヨ」


 デスグラシア……やはりそう思っているんだな……。


 王太子争奪戦の参加者である彼女がそう漏らした事で、リリーとクーデリカの表情にも悲しみが宿る。


「デスグラシア様も、そう思っていらっしゃったのですね……」

「まー、特にデスグラちゃんはねー。そう思うのも仕方ないよねー」


 クーデリカは俺の方を見る。


「……なんか辛気臭いですよ! 私の送別会も兼ねてるんだから、もっと明るくいきましょう!」

「おお!!」


 俺達は重い空気を吹き飛ばし、明るく楽しく慰労会・改めドロシー送別会を楽しんだ。

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