第48話 刺客
100周目は、デスラシアとのマンツーマンレッスンが始まったことで、自主トレの時間が減ってしまった。
だが、彼女がリリーの勉強会に加わった事で、武術の訓練が大変はかどるようになった。
あの4人の中で、まともに接近戦ができるのはクーデリカしかいなかったからだ。
その為、成長力上昇の効果もあり、俺の基本能力値は前の周よりも、早い成長を見せていた。
そして1か月後、ついに祭りの日がやって来る。
邪神祭当日、デスグラシアは朝からずっとソワソワしていた。
リリー達との合同訓練でも、まったく集中できておらず、あろう事かドロシーに一本取られる始末。困ったものである。
訓練が終わり、俺はセレナーデとデスグラシアと共に、大浴場へと向かう。
前回はこのタイミングで、セレナーデに祭りに誘われたのだが……。
「――ニル君。今夜、隣街でお祭りがあるのは知っていますか?」
デスグラシアがピクリと反応する。
「ああ、知ってるよ。邪神祭だろ」
「ニル君、私と一緒にお祭りに行きませんか?」
デスグラシアが顔を伏せた。
「……すまない、セレナーデ。先約があるんだ」
「そうですか……残念です……」
デスグラシアがわずかに微笑む。
俺は2人と別れ、風呂で汗を流す。
あの2人は、あまり仲がよろしくない。
セレナーデはデスグラシアに謝罪しないままだし、デスグラシアもセレナーデを名前で呼ぶ事は無い。絶対に水色の髪の女と言う。
「今思うと、前の周でもそうだったな」
人間である以上、どうしても相性というものがある。致し方ない事なのかもしれない。俺とフォンゼルもそんな感じだし、あの2人を責める事はできないか。
「……リリー達とは、もう名前で呼び合う仲になっているんだがな」
リリーはデスグラシア様で、ドロシーはデス様。
クーデリカは、デスグラちゃんだ。さすがである。
俺は部屋に戻り、寝ていたピットを起こす。
「今日はお前を連れて行く。――この匂いの者を探し出してくれ」
俺はセレナーデのパンツとバルトの靴下を嗅がせる。
これらは、クーデリカとセラフィンに頼んで手に入れた。
クーデリカには、セレナーデが身に付けていたものが欲しいとしか言わなかったのだが、「これが欲しかったんでしょー?」とパンツを手渡された。
完全に用途を誤解されているが、本当の事を言えないので、どうしようもない。
俺に断られた以上、セレナーデはバルトと事に及ぶだろう。
それは絶対に阻止しなければならない。
邪神像の前に張っていれば済む話ではあるのだが、デスグラシアを誘った以上、ずっとあそこに居るわけにはいかない。
今回、ピットがいてくれて本当に良かった。
俺は厩舎に行き、テンペストに乗った。
校門まで行くと、俺を待っていたデスグラシアと会う。
『――お、そのリボンは?』
『……やっぱり似合わないだろうか?』
彼女は髪にリボンを結わえていた。
会食で見た時の彼女よりも、さらに美しく妖艶だ。
『いや、とても素敵だ。――さあ、乗ってくれ』
『う、うん……』
彼女の手を取り、テンペストに乗せる。
『――爪に艶がある。何か塗ったのか?』
『よ、よく気が付いたな。フホの木の樹脂だ。私が使うのは変だろうか?』
かなりオシャレをしてきた訳か。
それは男として、嬉しい限りだ。
『そんな事はない。お前は女の子だろう?』
『いや、まだ完全には女じゃない……』
すでにリリーより胸が大きいのに、これで女じゃないと言われてしまうと、何だかよく分からない。
まあ、生殖機能の事を言っているのだろうが。
『心が女なら、それはもう立派な女だよ。――よし、行こう』
『うん! とても楽しみだ!』
* * *
デスグラシアとの乗馬を楽しんでいると、木の影から野盗達が飛び出してきた。
それなりに良い装備をまとい、立派な馬に乗っている俺達は、さぞかし良いカモに写るのだろう。
「俺達はお前達が思っているほど、金は持っていないぞ」
「へへへっ! よく言うぜ! そいつは魔王の子だろうが!」
デスグラシアは猫耳フードを被っているから、一目で魔族と分からないはずなのだが……。
こいつ等、初めから彼女を狙っていたな?
「身代金目的の誘拐犯か? 今すぐ去れば、命は助ける。――どうする?」
「命乞いするのは、てめえの方だろうが! 野郎ども! やれ!」
「<死与><死与><死与><死与>」
『<死与><死与><死与><死与>』
誘拐犯は1人を残して全滅した。
「ひ、ひいいいいいい!」
「<電撃>」
逃げた男を、俺の指先から放たれた小さな稲妻が襲う。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ……!」
俺は馬から降り、硬直して動けなくなった男のそばまで行く。
「何故俺達がこの道を通る事を知っている? 祭りに行くことを知らなければ、ここで待ち伏せる事はできないはずだが?」
「そ、それ――」
男が突然死んだ。<死与>だろう。
『ニル!』
「ピット! 敵を探せ!」
しかし、ピットの嗅覚にも反応がないようだ。必死に臭いを嗅いでいるが、居場所を特定できない。――消臭薬を使っているのか?
『ニル! 敵は魔族だぞ! 気を付けろ!』
ほぼ間違いなくそうだろう。
暗黒魔法を使えるのは、基本魔族のみである。
俺と同じオールラウンダーなら、人間でも使えると思えるかもしれないが、実は不可能だ。
俺が<死与>を習得できたのは、何回も死に戻りしたからだ。
通常のオールラウンダーの習得速度では、<死与>の習得は難しい。その前に寿命が来る。
俺達はしばらく臨戦態勢をとっていたが、どうやら敵はとっくのとうに去っていたようだ。
『この刺客、まったく足跡を残していないな……』
『ああ。ピットの鼻でも追跡不可能だ。完全に痕跡を消している』
一切の痕跡を残さない魔族の暗殺者、それに該当する人物を、俺は1人だけ知っている。
だが、彼だとは思いたくない。
『デスグラシア……申し訳ないんだが……』
彼女が暗い表情を見せる。
『刺客に襲われた以上、すぐに帰るべきなんだが、どうしても俺は祭りに行きたいんだ。一緒に来てくれるか?』
邪神の封印を守らなければならないのだ。何が何でも行かなくてはいけない。
もし、彼女が断るのであれば、一旦学院に帰還し、テンペストに頑張ってもらう。
意外にも彼女の表情は、ぱあっと明るくなった。
『良かった! 帰ると言われるのかと思った!』
そんなに祭りに行きたかったのか。これは嬉しくなるな。
『俺の腕なら、何人刺客が来ても問題無いさ。思い切り祭りを楽しもうぜ』
『うん!』
俺達はテンペストに飛び乗り、隣町へと出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます