第47話 成長期

 翌日の朝の講義室では、入学後初めての講義が今から始まろうとしていた。

 すでに、ほとんどの生徒たちは集まっている。

 そこに、笑顔のデスグラシアが入って来た。


「オハヨー」

「おお? 魔王太子が俺達の言葉で挨拶してきたぞ」


 生徒たちが驚き、彼女に注目する。


「ワタシハゲンキデス。アナタハ、ドデスカ?」

「あはは、何あれー。片言だけど可愛いー」


 早速成果が出ているようだ。師として嬉しい限りである。


 デスグラシアは俺と目が合うと、ぷいっと顔を背け、俺から離れた場所に座った。

 嫌われてはいないはず。照れているだけだろう。


 俺は席を立ちあがり、彼女の隣に座った。


「おはよう、デスグラシア」

「あ……う……」


 彼女は俺の顔を見もせずに、黙って別の席に行ってしまった。


 俺がそばにいないと、講義がまったく分からないだろうに。いいのだろうか?

 まあ、面白そうだし、もう少し様子を見てみよう。


「――うふふ、喧嘩しちゃいましたか?」


 セレナーデが俺に話し掛けてきた。


「セレナーデ……何で君はあんな事をしたんだ?」

「ただ挨拶をしただけですよ? おかしいですか?」


 セレナーデが挨拶のキスなどしない事は知っている。

 悪意があるのは明らかだ。


「デスグラシアに謝罪するんじゃなかったのか?」

「うふふ、それはまた今度にします」


 彼女はニコッと笑うと、リリー達の元へと去って行った。


 99周目でも、セレナーデにはこういう部分があった。

 悪い意味で女らしいという事なのだろうか。



「――オハヨー」

「う、うむ……ご機嫌麗しゅう。魔王太子殿下」


 フォンゼルがデスグラシアに挨拶している。

 今までは、無視している姿しか見た事がなかったが。


「隣に座ってもよろしいかな?」

「ワタシハゲンキデス。アナタハ、ドデスカ?」


 デスグラシアの奴、何て言われたか分からないから、適当に答えたな。

 いや、それよりフォンゼルだ。いつもは絶対リリー達の近くに座るのだが……。


「まさかあいつ……」


 フォンゼルは、チラチラと横目でデスグラシアを見ている。


 間違いない。あの野郎、デスグラシアを気に入ってやがる。

 服が変わっただけで、そこまで態度が一変するものなのか?



「――魔王太子殿下、今度私と乗馬に参りませんか?」


 デスグラシアが困り顔を見せる。

 彼女は席から立ち上がり、俺の元へとやって来た。


『ニ、ニルよ……王太子が何か話し掛けて来たのだ。通訳を頼む』

『了解』


 俺はデスグラシアと共に、フォンゼルの元へと向かう。


「フォンゼル王太子殿下、私はデスグラシア魔王太子殿下の通訳、ニル・アドミラリです。お伝えしたいことがあれば、なんなりと」

「ちっ! お前が通訳なのか……! これは私の方で用意せねばならんな!」


 フォンゼルは不愉快そうに、リリーの近くの席へと移った。


『王太子はどうしたのだ?』

『お前を乗馬に誘いたかったようだが、俺を介するのは嫌らしい。嫌われたものだ』


『王太子が私を……? 信じられぬ。入学試験の時は、相当に嫌われていたのだぞ?』

『そのドレスのおかげだよ。な? 俺の言った通りだろ? みんな可愛いものには甘いんだ』


 デスグラシアの顔がボッと赤くなる。


『からかうでない! 私が可愛い訳なかろう!』

『いや、お前は可愛いよ』


『なっ!? い、いい加減にしろ! それ以上無礼な真似は、ゆ、許さぬぞ!』


 顔を真っ赤にし、デスグラシアはあたふたとしながら怒る。――本当可愛い。


『からかっているつもりはないんだが、悪かったな。――隣に座ってもいいか?』

『う、うむ……あの……その……お前を嫌って避けたわけではないからな……?』


 俺は笑顔でうなずき、彼女の隣に座る。

 デスグラシアはケープを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。


『――お?』

『ん?』


 デスグラシアが俺の目線に気付き、自分の胸を見る。


『あっ……』


 彼女の胸はドロシーと同じくらいあった。

 昨日はいつもと変わりなかったので、昨晩の間に成長したようだ。


 デスグラシアはすぐにケープを羽織り直す。


 やはり今回は女化の速度が尋常ではない。

 これはクーデリカ越えも有り得るか? 実に楽しみである。




 全ての講義が終了し、自由時間となる。


『どうする? 今日も勉強するか?』

『うむ、よろしく頼む』


 俺は再び彼女の部屋にお邪魔し、俺達の言葉を教える。



『――もういい時間だな。今日はここまでにして夕飯にしよう。一緒に学食に行くか?』

『え……あ……うん……そうだな』


 デスグラシアは前髪をいじりだした。

 なんだか歯切れが悪い。何か言いたいことがあるようだ。


『えっと……お前の通訳の報酬は、何だったか……?』


 ああ、そういう事か。


『お前の手料理だ。もしかして、作ってくれるのか?』

『う、うむ……でも、魔族の料理しか作れぬぞ?』


『問題無い。魔族の料理なら一通り食べた事があるんだ』

『そ、そうか! では10分ほど待っているが良い! ハミナーヤを作ってやろう!』


 彼女はエプロンを付けると、食材を切り始めた。


 まさか、またハミナーヤとはな。何か運命みたいなものがあるのだろうか?

 前回はこの待ち時間に日記を盗み見して、結局食べないまま追い出されたわけだが……。


 俺は本棚を見る。

 背表紙にタイトルが書かれていない本がある。例の日記だ。


 あの時はまだ、彼女が敵ではないかと疑っていた。

 今はのぞく必要などない。知りたいことがあれば、直接彼女に聞けばいいだけだ。


 俺は大人しく10分待つ。


『できたぞ』


 デスグラシアは皿に盛ったハミナーヤをテーブルの上に置く。


「いただきます」

「イタダキマス」


 俺はハミナーヤを一口食べた。

 その様子をデスグラシアはじっと見ている。


『――とても美味しいよ!』


 嘘ではない。家庭的で毎日食べたくなる味だ。何より愛情がこもっている。


『そうか! それは良かった!』


 デスグラシアはぱあっと顔を輝かせると、ハミナーヤを食べ始める。



 デスグラシアのプリンセスガードになる。

 一緒に迷宮に行く。

 彼女の手料理を食べ、美味しいと言う。


 これで3つをクリアした。あとは一緒に祭りに行けば、99周目の彼女の無念を果たせる。



『――デスグラシア。来月、隣町で祭りがある。一緒に行かないか?』

『え……? 私と……?』


 俺はこくりとうなずく。


『……どうして?』

『どうして? そんなの、お前と一緒に行きたいからに決まってるだろう』


 彼女の顔が真っ赤になった。

 こいつは本当にすぐ赤くなる。


『また私をからかってる!』

『いや、そんな事ないって……なんで、そう思うんだよ?』


『そんな恥ずかしい言葉、本気で言えるはずない!』

『それはお前の主観だろ? まあ、いいや。嘘か本当かは祭りの当日にはっきり分かるし。ちゃんと予定空けておけよ?』


『う、うん……分かった……』


 デスグラシアは恥ずかしそうに顔を伏せた。

 さっきからフォークをハミナーヤに刺そうとしているが、全部空振りで、まったく食べられていない。可愛い奴である。


 俺が食べ終わり、皿を洗い始めた頃、ようやく彼女はハミナーヤを口にする事ができた。

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