第44話 迷宮探索

 翌日、次の街でもう1泊し、出発して3日目の朝、虹色の魔石のある迷宮へとたどり着いた。


『ここを私1人で探し出すのは不可能だったな……』

『俺を雇って正解だったな。――<発光>』


 俺は荷物を背負い、地下へと進んで行く。


「ここを左だったかな……?」


 この迷宮を真面目に攻略したのは、最初の1回だけだ。もう何百年も昔のことなので、道もすっかり忘れている。


「ウウウ……!」


 部屋の扉を前にして、ピットが唸る。どうやら敵がいるようだ。


「何がいたっけ? もう忘れてるから<死与>が使えないな。いいや、突入!」


 学院が事前に駆除しているのか、この迷宮には弱い魔物しかいない。

 何が出てきても、問題無いのだ。


 扉を蹴破り、部屋の中に飛び込む。――何もいない。いや――

 俺は天井を見る。


『ブルースライムだ! <火線>』


 俺は手から炎を放出し、青いスライムを焼いていく。


『<火線>』


 デスグラシアも同じように、スライムの駆除を始めた。


『よし、片付いたな。先へ進もう』

『先程から気になっていたのだが、お前はこの迷宮に来た事があるのか? 道を知っているように見えるぞ』


『大分昔にな。もうほとんど忘れてるよ』

『大分昔だと? お前はまだ15歳だろう?』


 さすがデスグラシア、鋭い。

 正直に言いたいが、言おうとすると言葉が出ない。

 99周目の彼女との思い出を、語りたいのだが。


『……冗談だ。さあ、行こう』


 デスグラシアは俺を睨んだまま、動かない。


『――どうした?』

『ずっと気になっていた。私でも使えない最高位暗黒魔法を扱う事ができ、魔族語を通訳より流暢に話し、トップクラスの剣術まで会得している。15年の歳月で到達できる領域ではない。お前は何者だ……?』


 デスグラシアは魔斧こそ構えないが、鋭い眼で俺を射抜く。


――さて、どう説明したら良いか?


『俺の口からは真実を告げられないんだ。だが、これだけは信じて欲しい。俺はお前の味方だ。何があっても守ってみせる』


 デスグラシアが、じっと俺の眼を見つめる。

 真意を確かめようとしているのだろう。


『何故、私の味方を? 目的はなんだ?』


 本音を語るか? ……いや、まだ早すぎる。余計に疑われてしまうだけだ。真の平和を目指す為と答えておくか。



『お前の事が好きだからだ』


……また、やっちまった。何やってんだ俺は? 何度も死んで、頭がおかしくなってしまったんだろうか?


『――えっ? 好き……?』

『すまん、間違えた……この世界に真の平和をもたらす為だ』


 デスグラシアはクリクリと髪をいじり始めた。


『う、うん……そうだよな……私は女じゃないからな……びっくりした。素晴らしい理由だな……うん』


 あれ? 結構動揺してるな。もうちょっと突っ込んでみるか?


『なあ、デスグラシア。俺の事を好きになる事ってありそう?』

『えっ!? ど、どうだろう!? ちょっと分かんない!』


 可愛い。ちょっと押させてもらいますか!


『じゃあ、ちょっと試させて。――嫌だったら、嫌って言ってもらえる?』

『う、うん。――え? 何を?』


 俺はデスグラシアの艶やかな黒髪を撫でる。――思っていた以上に、しっとりスベスベだ。


『どう? 不快か?』

『ん……よく……分からない……』


『じゃあ……』


 俺はデスグラシアのアゴに指を添えた。


『そ、それはダメ!』


 ドンッ!


「ぐはあっ!」


 俺は壁に叩きつけられ、骨が何本かいった。


『あ! ゆ、許せ、ニル!』

『<治癒>……気にしないでくれ。俺が悪いんだ……』


 デスグラシアが俺の元へと駆け寄って来る。


『えっと、その……嫌とかじゃなくて……』


 デスグラシアは顔を真っ赤にしている。

 恥ずかしかったのだろう。何て可愛い奴なんだ。


『大丈夫、分かっている。――じゃあ、俺の事を信じてくれたという事にして、先に行こうか』

『う、うん……』


 彼女はずっと伏し目がちにしながら、髪をいじっている。


 また彼女のこの恥じらう姿を見られて良かった。



 ピットに魔物の居場所を探知してもらいながら進み、俺達は難なく地下50階へと到達した。


『あったあった。宝箱だ』


 落し穴を回避しつつ、宝箱の罠を解除し、虹色の魔石を手に入れる。


『一つしかないのか?』

『他の場所にもあるよ』


 俺は隣の部屋へと移動した。

 また、あからさまに部屋の中心に宝箱が置いてある。


「これって、わざわざ教師が置きに来てるんだろうか? ご苦労な事だ」


 さっさと罠を解除し、虹色の魔石を手に入れた。


『じゃあ帰ろうか』

『うむ』

「キャウンッ!」


「――どうした!?」

『敵か!?』


 俺はピットのいた方に振り向く。――いない! 代わりに床が抜けている。


「あいつ、また落し穴に落ちたのか! ピットなんて名前付けるんじゃなかった!」


 俺は穴から下をのぞく。何も見えない。


「そういや、この下の階には行った事がないな……よし!」


 俺は意を決して飛び降りる。ヤバかったら即<飛翔>だ。


 スタッ。何事もなく着地する。


『私も今行く』


 デスグラシアも飛び降りた。


「クーン……」

「よしよしよし」


 ピットが俺にすり寄って来る。


『ニル、奥に扉があるようだぞ』

『本当だ、行ってみよう』


 俺達は罠に注意しながら奥へと進み、大きな重厚な扉の前へとたどり着く。

 頑丈なかんぬきが、3つも取り付けられている。


「グルルルル……!」

『この先にヤバそうな奴がいる……!』

『面白そうだ。相手してやろう。この迷宮はいささか、退屈過ぎた』


 さすがデスグラシア。実に豪胆である。


『よし! いくぞ!』


 俺とデスグラシアはかんぬきを外し、重い扉を押し開ける。



『……中々立派な部屋ではないか』


 書棚や食卓など、すべてが豪華な造りとなっている。

 まるで貴族の部屋のようだ。


『このような趣向を持つ連中を、何度か見た事がある』

『私もだ。ヴァンパイアロードだな』


 俺はうなずく。


――ヴァンパイアロード。


 ヴァンパイアの上位種で、強靭な肉体と、強力な魔力を持つ強敵だ。

 吸血した相手を、自分のしもべにできる事から、脅威度はドラゴンより高く、勇者学院の生徒では太刀打ちできない。


――もちろん俺達2人は除くが。



 部屋の奥へと進むと、ベッドが置いてありそうな場所に、立派な棺桶が安置されていた。


『ニルよ、奴はまだ生きていると思うか……?』

『ピットの反応を見る限り、恐らくは』


 バカンッ!

 その瞬間、棺桶の蓋が開いた。


「久しぶりの血だあああああああ!」


 すっかり干からびた、女のヴァンパイアロードが襲い掛かって来た。

 俺とデスグラシアは同時に、後ろに飛ぶ。


「<聖罠>発動」


 ヴァンパイアロードの足元から、聖なる光の柱が放たれる。

 奴がいると分かった時点で仕掛けておいたのだ。


「血を吸わせろおおおおお!」


 奴はデスグラシアに飛び掛かった。

<聖罠>が、まったく効いていないようだ。


『むんっ!』


 デスグラシアが、魔斧でヴァンパイアロードを吹き飛ばす。


『あの服、完全聖耐性を持ってんな』

『そうか。では傷つけないように、首を刎ねて殺すとしよう――ニル、援護を頼む』


――援護か……姫様がそうおっしゃるのなら仕方ない。脇役に徹しましょう。


「<吹雪><氷弾>」


 ヴァンパイアロードは右手から強烈な冷気を、左手から氷柱つららを放って来た。


 俺はデスグラシアの前に立ち、氷の剣で氷柱を弾く。

 冷気は完全耐性があるので、まったく効かない。


『――感謝する』


 ヴァンパイアロードの攻撃が途切れた瞬間、デスグラシアは一気に距離を詰める。


『うおおおおっ!』


 デスグラシアのフルスイングが繰り出された。

 ヴァンパイアロードの首が刎ね飛ばされる。


「<聖雷>」


 俺の右手から白い稲妻がほとばしる。

 ヴァンパイアロードの頭部が灰になった。


『胴体も消し去っておこう』


 デスグラシアはヴァンパイアロードが着ていた服を脱がす。


『ニル!』

『御意。<聖雷>』


 胴体に白い稲妻が直撃し、ヴァンパイアロードは完全に消滅した。


『やれやれ。まさか試験場所に、こんなヤバい奴がいるなんてな。――教師たちも知らなかったんだろうか』

『だろうな……ニル、この服を鑑定できるか? 私のLVでは無理だった』


 俺はデスグラシアから服を受け取る。


『鑑定』


 満月のドレス:

 斬防5 突防5 打防8

 聖・闇(極) 炎・冷・水・風・雷・地(中) 毒・麻痺・即死(極)

 体力・魔力回復速度上昇


 冥帝のローブに勝るとも劣らない性能だ。だが……。


『とてもじゃないが、俺には着れないな』


 俺は服を広げて見せた。

 干からびたヴァンパイアロードが着ていたので気が付かなかったが、かなり妖艶なデザインのドレスである。


『むう……私も無理だな……』

『いや、お前には似合うと思うぞ? 着てみてくれないか?』


『いやいや! これは完全に女物だぞ!?』


 デスグラシアが慌てだす。


『別に男でも女でもないんだから、どっちを着てもいいじゃないか。現に下着は女物だろ?』

『なっ!? しっかり確認するな! この変態!』


 ドンッ!


「ごはぁっ!」


 俺は壁に叩きつけられた。――あぶねえ……あやうく、101周目に突入するところだった。これは体力にかなりの経験値が入ったことだろう。


『ゆ、許せニル! そこまで強く押したつもりはなかったんだが……』

『<治癒>……じゃあ、詫びとして、このドレスに着替えてくれ……』


『き、汚いぞ!』

『絶対似合うから……だまされたと思って……ほら……』


 俺はヨロヨロと立ち上がり、デスグラシアに満月のローブを手渡す。


『むー! 絶対に笑うなよ!』


 デスグラシアは俺からドレスをぶんどると、姿見の前に行った。


『向こうを向いていろ!』

『はいはい』


 俺は彼女に背を向ける。


――ん? 俺の前で着替えるのが恥ずかしいのか?

 2日前には、一緒に風呂に入ったというのに。


 衣擦れの音が聞こえる。


『……もういいぞ』


 俺は彼女の方に振り向く。

 恥ずかしいのだろう。頬が赤く染まり可愛らしい。

 まだ胸はツルペタだが、とても魅力的だ。


『良く似合っている。とても素敵だ、デスグラシア』

『そ、そうか……?』


 デスグラシアは髪の毛をいじりだす。


『できれば今後も、その恰好でいて欲しい』

『む……まあ、思ったより着心地も良いから、別に構わないが……』


 生徒たちは、これを見てビックリするだろうな。

 リリーが早速食いついてくるかもしれん。面白そうだ。


「お前のおかげだぞ、ピット」


 俺はピットの頭を撫でる。


『じゃあ帰ろうか。階段は無さそうだから、<飛翔>で飛ぶ』

『分かった。頼む』


 俺は右手でピットを抱え、左手で彼女の手を握った。



『……どうした? 飛ばないのか?』

『ああ、すまん。<飛翔>』


 俺は彼女の手の温もりを感じながら、地下50階へと戻った。

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