第43話 最終試験(未クリア)

「最終試験の内容を発表する! 虹色の魔石を取ってくれば合格だ! この地図に示した場所に、魔石を隠しておいた! だが、入手さえすれば、手段は問わない! 期限は1週間だ! それでは始め!」


 あいつの願いを叶えてやれる時が、ついにやって来た。

 俺は宿へと戻り、出発の準備を整える。



「――と言っても、今回のデスグラシアが、俺と迷宮に行きたがっているようには思えないんだよな」


 前回は、降参したセレナーデを打ち付けた事で、周りは敵ばかりとなった。

 そのせいで、魔族語が話せる俺が、唯一の味方のように思えたのだろう。


 だが今回は、そこまで悪い状況ではない。

 俺にそれほどの情は、湧かないのではないかと思える。


「まあ、何とか言いくるめてみるか」


 俺は荷物を背負い、受付でチェックアウトを済ませる。

 テーブルの前で地図を睨んでいるデスグラシアが目に入り、彼女も俺に気付いた。


『……チェックアウトしたという事は、これから地図の場所に向かうのか?』

『はい、そうです。――一緒に行きますか?』


 デスグラシアは「むむむ……」と悩んでいる。


『自分1人の力で成し遂げなければ意味が無いからな……』

『別に試験官は、そんな事言っていません。それに、もし見つけられなければ、そのペンダントを手放す事になるかもしれませんよ?』


 俺はデスグラシアが付けている、魔王から貰ったと日記に書いてあったペンダントを指差す。


『確かにそうだな……』

『それに道中の通訳はどうするので? その通訳を、危険な場所には連れて行けないでしょう?』


 彼女の隣に座り、茶をすすっている通訳に俺は目をやる。


『お前の言う通りだ。ではよろしく頼むぞ。ニル・アドミラリ』

『ニルで結構です』


『ではニル、報酬はいくら払えばいい? 実はお前が思っているほど、私は金を持っていない。それほどの額は払えんぞ?』

『お代は結構です。その代わり、砕けた話し方の御許可をいただきたいと存じます』


 デスグラシアは首をかしげた。


『どういう事だ? 意図がよく分からぬ』

『殿下と友人として接したいからです』


 とりあえず友人。今はそれでいい。


『友人……友人か……魔族である私に対し、そのように思ってくれる事、嬉しく思う。皆がお前のようなら、人間達との友好も簡単に築けるのだが……』

『では、取引成立という事で……?』


 デスグラシアは笑顔でうなずいた。


『うむ。では、今すぐ出発の準備を整えてくる』


 彼女は部屋に駆けて行った。


     *     *     *


『随分と立派な馬だな……本当にお前のものなのか?』

『ああ、いただきものだが。テンペストと言って、かなりのじゃじゃ馬だ。俺がいれば暴れないから、遠慮なく乗ってくれ』


『う、うむ……』


 デスグラシアは恐る恐る馬に乗る。


 彼女は騎乗スキルを持っていない。王族では珍しい事である。

 だが、アトラギア王国に攻め込んで来た時には、ナイトメアに乗っていた。

 本国に逃げ帰ってから、乗馬の訓練をおこなったのだろう。


『では、後ろを失礼』


 俺はデスグラシアの後ろに座る。

 馬は後ろの方が揺れるので、スキルのある方が後方に座るべきなのだ。


『よし、じゃあいくぞ。ピット、ついてこいよ』


 テンペストが歩き出す。


『お、おお……結構揺れるな……』

『乗るのは初めてか? 猫背になっているぞ』


 俺は笑いながら、デスグラシアの姿勢をまっすぐにさせる。


『子供の頃、初めて馬に乗った時に、すぐに落馬してしまってな。それ以来一度も乗っていない』


 彼女は照れ笑いを浮かべる。

 その表情に、俺はついつい見とれてしまった。


『――人の顔を、そうジロジロ見るでない』

『ああ、すまん。ちょっと速度を上げるぞ』


 俺は足でテンペストに合図を出す。


『おお、おおっ』


 怖がったデスグラシアは、姿勢を崩してしまい、バランスを失う。

 俺は片手で彼女を支えてやった。


『……私に馴れ馴れしく触り過ぎだぞ? だが、礼は言っておく……』

『ああ、すまない』


 彼女は前を見ているので、表情は分からない。

 ただ、怒っていない事は、話し方で分かる。よく見ると、耳が赤い。



 迷宮までは、走れば1日の距離だが、今回は2日かけて進む。

 デスグラシアの騎乗スキルがゼロの為、テンペストを走らせる事ができないからだ。


 夕方頃、小さな街にたどり着いた俺達は、この街に一軒だけある宿屋へと向かう。



「――2人部屋が1部屋だけ空いてるよ」


 宿屋の主人がそう答えた。

 ついてないな。じゃあ、彼女だけ宿泊してもらうか。


『1部屋しか空いていないそうだから、俺は野宿するよ』

『別に一緒でも構わんぞ? 私は身分など気にしない』


 身分っていうか、男女の問題が……男と同じ部屋で寝る事に、ためらいはないのか?


「……じゃあ1泊でお願いします」


 俺は金を支払いカギを受け取ると、2階に上がり部屋の扉を開けた。



「――えっ!? 2人部屋ってそういう事かよ!?」

『ダブルベッドなのか……まあ、仕方あるまい』


 すげえ……受け入れやがった。本当にいいのか? お前、お姫様なんだぞ?


 俺達は荷物を置き、一息つく。


『この宿は、風呂はあるのか?』

『ああ、1階にあるそうだ。――行くか?』


 デスグラシアがうなずいたので、俺達は1階の浴場へと向かう。


『ここだ。俺の方が先に上がると思うから、ここで待ってるよ』

『分かった』


 俺は男湯に入り、脱いだ服を脱衣籠に入れていく。

 その時、後ろに気配がしたので、振り返る。


「はうあっ!?」

『どうした?』


 パンツを脱いでいたデスグラシアが、俺に振り返る。

 そうだ! この頃のこいつは、男湯に入るんだった! 自分を女だとは、まったく思っていないんだよな。だから俺と同衾する事に抵抗がない訳か。


 しかし、あの頃は俺も気にしていなかったが、今はもう女としか見られない。

 正直、今にも息子が反応してしまいそうだ。そうなれば、信頼関係にヒビが入ってしまう。


『デスグラシア……女湯に入った方がよくないか?』


 俺は若干前屈みになり、彼女に背を向けたまま話し掛ける。


『いや、人間の女達から、あらぬ誤解を受ける恐れがある。男湯の方がよかろう』


 そう言うと、デスグラシアは下だけタオルを巻いて、浴場へと入って行った。


 どうする? 一旦出るか?

 しかし、服をもう脱いでしまっているのに入らないのは、どう見ても不自然だ。

 魔族と一緒に風呂に入るのを、嫌がっていると受け取られてしまう恐れがある。これは行くしかないか……。


 しかし、それにはまず、我が愚息を鎮めてやらなくてはいけない。

 俺はゴールデンシルバーさんの顔を思い出し、萎えさせる。


「よし、そのまま大人しくしていてくれよ……」


 俺は下にタオルを巻き、浴場へと入る。

 寮と比べ恐ろしく狭い。3人入るのがやっとといったところだろうか。

 なるべくデスグラシアの方を見ないよう、湯船に浸かる。


『人間の街には、中湯がないから困る。何故お前達人間は、生まれながらにして性が決まっているのだろうな? 不都合はないのか?』

『いや、別にないよ。俺からすれば、成長途中で性別が変わってしまう方が困る。好きな女の子が、いきなりムキムキのゴリマッチョになったら最悪じゃないか?』


 10日ほど前に体験したが、本当最悪だ。


『そういう場合は、自分が女になれば良いのだ。魔族はそうする。どちらも選べるというのは大きな利点だ』


 確かに一理ある。リリーだったら羨ましがっているのかもしれない。


『ちなみにデスグラシアは、男と女、どちらが好きなんだ?』

『どちらでもないな。私は恋愛感情を抱いた事がない』


 そうだったのか……じゃあ、俺が初恋の相手だったって事?

 すげえ嬉しくなってきた。――やべっ、反応しちゃいそう。



 結局俺は、デスグラシアが風呂から出るまで、湯船から上がる事ができなかった。


     *     *     *


 そして、いよいよ、この時がやってきてしまう。


「じゃあ、おやすみ……」

「うむ、よい夢を」


 デスグラシアは普通に寝ている。

 一方俺は、かなりドキドキだ。こんな気持ちになったのは、一体何十年振りなのだろうか?

 千年近くも生きているから、ちょっとやそっとじゃ、まったく動じなくなっていたはずなのだが。


 俺は何とか寝ようと、地獄の羊の数を数え始め、1,247匹目が柵を飛び越えたところで、視線を感じ横を向いた。――何だ、デスグラシアも眠れていなかったのか。


『……眠れないのか?』

『う、うむ……お前に一言伝えようか迷っていた』


『気になるから、言って欲しいんだが』

『……私の味方になってくれる人間は、誰一人としていないと思っていた。ニル、お前がいてくれて本当に良かった。そなたに感謝を』


 すげえ破壊力だ。

 俺は彼女のこういう素直さに、すっかり心を奪われてしまっていたんだな。


『そう言ってくれて本当に嬉しいよ。頼む、もう1回言ってくれないか?』

『駄目だ!』


 デスグラシアは向こうを向いてしまった。――可愛い。


 俺は何だか心が満たされるような感じがして、グッスリと眠りにつく事ができた。

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