第39話 暴れ馬のテンペスト

「ういーっす!」


 金と銀の斧を商人に売り払った俺は、気さくな挨拶をかまし、両開きのスイングドアに突っ込んでいく。


「あらー、いらっしゃいませー」

「うふふ、かっこいいお兄さんね」


 娼婦のお姉さん達のエロさを堪能しながら、俺はカウンターへと向かう。


「ご休憩ですか? ご宿泊ですか?」

「宿泊でお願いします。あと、ゴールデンシルバーさんを指名で……!」


「おお! ゴールデンシルバーさんをご指名とはお目が高い。では、部屋でお待ちください」

「はい!」


 99周目でハッピーエンドを迎えられなかった事は残念だが、またゴールデンシルバーさんのスペシャルマッサージを受けられるのは、本当に嬉しい。


 俺は部屋のカギを受け取り、部屋に入る。

 そして、ベッドでうつ伏せになり、待つ事30分。ドアがノックされた。


「開いてますよー」


 ガチャリとドアが開いた。


「今日はごひめいくらはり、まほほにありがほうございましゅ」

「1年振りですね。ゴールデンシルバーさん」


 婆さんは首をかしげる。


「はへ? おひゃふさまとは、初めてお会いひたかと思うのでしゅが?」


 さすがゴールデンシルバーさん。100歳になっても、まったくボケていない。

 俺なんて、80行く前に朝飯2回食い始めてたからな……。


「すみません、俺の勘違いでした。よろしくお願いします」

「はいはい。じぇは、しゃっしょく始めていきましゅので……」


 婆さんは俺の背中の上に乗り、首の付け根を揉みだした。


「じゅいぶんと、こっていましゅのお」

「――おふ、おふ、おおふ……!」


「筋力と技量のバランシュが悪いみたいでしゅなあ」

「分かりますか? 200近く離れているんですよ」


 婆さんは俺の肩甲骨の隙間に指を突っ込ませる。――なんて気持ちがいいんだ。


「それじゃあ、しゅこしでもバランシュが良くなるように。筋力が上がりゅマッサージをしましょうか」

「お願いします」


 いつものやり取りだ。これで俺の体力と筋力が2ポイント増加する。


「多分これが最期になりましゅからねえ。全力でいかしぇてもらいましゅよ」

「そんな事ないですよ。あと10年頑張ってください」


 ゴールデンシルバーさんは、自分の死期を悟っている。

 死の間際、「最期に仕事ができて良かった」と仰っていたそうだ。


「もう十分しゅぎるほど生きました。あとは孫とひ孫達が、平和に暮らしていければ、それでいいんでしゅじゃ」

「任せて下さい! 俺が絶対平和な世の中にしてみせますよ! 魔族達とも仲良く暮らしていけるような世界に!」


 こう答えたのは初めてだ。99周目までは、魔族は敵だった。

 婆さんは大きな笑い声を上げる。


「魔族とも仲良くでしゅか……見てみたいでしゅね……これはあと、10年生きなければいけないかもしれましぇん……!」


 婆さんの指圧に力がこもる。


「おおふ……! おうおうおおふ……!」



 2時間後マッサージを終えた俺は、そのままぐっすりと眠りについた。


 そして翌日、俺はチェックアウトの為、1階に降り受付にカギを返却する。


「では、どうも」

「ご利用ありがとうございました」

「また来てくだしゃいね」



――ん!?

 俺は勢いよく後ろを振り向いた。


「ゴールデンシルバーさん……」


 昨日の夜に亡くなっているはずの婆さんが、ここにいる。


「私の初恋はちゅこいの人は魔族でした。死ぬ前にまた会いたい。それまでは死ぬ訳にいきませんのでしゅわ」

「その願い、絶対に俺が叶えます! 元気で待っていてください!」


 愛と気力で、死の運命は乗り越えられるのか……!

 俺は力強い足取りで、両開きのスイングドアを押し抜けた。


     *     *     *


「――あ、間に合わなかったか」


 道の端っこに、オークおじさんの死体が転がっていた。

 オークたちの姿も見当たらない。

 ピットの餌を購入したから、ちょっと遅れてしまったようだ。


「これはまずったな。別の金策を用意しないと――<火柱>」


 オークおじさんを火葬し、次の街へと向かう。

 グリフォンを待つ時間がなくなったので、前回よりかなり早目に到着した。


 フリーマーケットで、きったねえネックレスと、くっせえブーツを買い、錬金店で精力増強剤を調合し、まだ明るいうちに出発する。



 俺とピットが夜の街道を走っていると、例のゴツい馬車が前からやって来た。

 前回よりも、武術大会が開催される街に近い場所での遭遇だ。


「――お、やっと来たかー! おーい、そこの奴隷商人! 勝手に村娘をさらってんじゃねーぞー!」


 御者が馬車から降り、剣を抜いた。

 荷台からも見張り2人が降りてくる。


「よく俺等が奴隷商人だと――」

「<死与><死与><死与>」


 奴隷商人達は全滅した。

 俺は見張りの1人からカギを抜き取り、馬車の中へと入る。


「待ってろ。今、自由にしてやる」


 俺は少女達の手枷と足枷を解除し、バックパックから金を取り出そうとした。


……いや、待てよ。

 今回は時間に余裕がある。彼女達を村に送り届ける事くらいはできるか?


「君達、村の場所は分かるか?」

「はい、分かります」


 聞くと、3人とも同じ村で、ここからそう遠くない。武術大会の受付時間には間に合うだろう。


「じゃあ、俺が村まで送り届けて上げよう」

「ありがとうございます!」


 俺は少女達に水と食料を与え、御者台に着いた。

 騎乗スキルLV9の効果により、馬車は早い速度で街道を駆け抜ける。



 早朝前に、少女たちの村に到着した。


「本当にありがとうございます! ぜひともお礼をさせてください!」

「いや、別にいいよ。――じゃっ! 行くぞ、ピット!」


 俺は持久力を鍛える為、再び自分の足で走り始める。


「ま、待ってください!」「お礼を、お礼を!」「どうか、家まで……!」


 少女達はグイグイと俺を引っ張っていく。――筋力高っ!


「わ、分かったから、服を引っ張らないでくれ! 破れそうだ」


 少女達はそれぞれの家へと戻り、家から親たちが慌ただしく出てくる。

 彼等はあちこちの家を訪ね、それから俺の元へとやって来た。


「勇者様、どうか村長の家へとお越しください」


 俺は村長の家へと案内され、席に着かされた。――これ、いつになったら帰れるんだろうか? あんまり遅くなりそうだったら脱走しよう。


「勇者様、私がこの村の村長です。このたびは村の娘達を助けていただき、まことに感謝いたします」


 村長と村人たちが、一同に深く頭を下げる。


「お礼を差し上げたいのですが、何分貧しい村なもので金銭が用意できませぬ。何がよろしいでしょうか?」

「いや、別にいですよ」


「そういう訳には参りませぬ! ――この村の一番高価なものはなんじゃ!?」


 村長は、隣にいる男に尋ねる。


「価格だけで言えば、暴れ馬のテンペストですが……」

「むう……テンペストか……あんな物を贈り物にする訳にはいかぬ……」


「暴れ馬ですか……ちょっと見せてもらっていいですか?」

「え? ――ど、どうぞ、こちらへ」


 俺は村長たちに案内され、村の馬小屋へと向かった。


「こやつがテンペストです。優れた能力を持った馬なのですが、絶対に人を乗せようとしませぬ」


 赤く艶のある毛並みに、精悍な顔つき。間違いなく名馬の中の名馬だ。

 フォンゼルが乗っていた白馬よりも上である。


「素晴らしい馬ですね。王族に献上できるレベルです」

「はい。実際に多くの貴族様が、この馬を求めて参られました。しかし、全員振り落とされてしまい、今じゃただの無駄飯食らいです」


「……試しに乗ってみても?」

「もちろん構いませんが、ケガはなさらぬようお気をつけくだされ」


 村の男が、テンペストを柵の中まで連れて行く。

 乗ろうとしなければ、それなりに言う事は聞くようだ。


 俺も柵の中に入り、テンペストの首を撫でる。


「――なるほど。お前は、自分に相応しい者しか乗せたくなかったんだな。安心しろ。俺の騎乗スキルはLV9だ」


 俺の言葉が通じているのかは分からないが、テンペストは静かに俺を見ている。


「よし、いくぞ!」


 俺はテンペストにまたがった。


「うおっ! おおっ!」

「勇者様!」


 テンペストは暴れに暴れる。

 面白い、どちらが先にへばるか勝負だ。


「へい、へい! お前の力はそんなものか!?」

「おお! 勇者様!」


 テンペストはビョンビョン飛び回るが、俺が落ちる事は無い。


「よし! あの柵を越えてみろ! 俺が乗ればできる!」


 テンペストはいななくと、柵に向かって駆ける。


「うおおおお!?」


 そして、柵と驚く村人たちを飛び越え、着地した。


「それ! 全力で走ってみろ! 今までとは違う風を感じるんだ!」


 ブースト発動。テンペストから青いオーラが放たれる。


「うおおお! はええええ! 雪山のソリみたいだ!」


 テンペストは、恐ろしい早さで村の中を疾走する。



「――よし、止まれ!」


 俺の指示に従い、テンペストはピタリと止まった。


「おおおおおお! さすが勇者様! まさか、そやつを乗りこなしてしまうとは!」

「村長さん。この馬をいただいても?」


「もちろんですじゃ! テンペストも勇者様に乗っていただいて、喜んでいる事でしょう」

「ありがとうございます。では、テンペスト! ピット! 行くぞ!」


 馬から降りて走り去る俺の姿を見て、呆気にとられる村人の顔は最高に愉快だった。

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