第38話 魔狼のピット
「さすがに大分到着が遅れたな……」
森の泉の到着した時には、すっかり夜になっていた。
俺は手早く野営の準備を済ませ、食事の用意をする。
「スープができるまでに済ませてしまおう。――えいっ!」
ザポンッ!
鉄の斧が泉に沈む。
泉の底からまばゆい光が放たれ、両手に金の斧と銀の斧を持った女神が姿を現した。
「あなたが落としたのは、この金の斧、それとも銀の斧ですか?」
「いえ、鉄です。――それとあなたにキスしようと思ってます。性的な目的ではありません。愛する女を守る為に、女神様の祝福が必要だからです」
これについては、かなり悩んだ。
泉の女神とキスしない事も検討したが、彼女の祝福の効果はかなり大きい。
デスグラシアを守るには、戦力の強化は必須だ。見逃すわけにはいかない。
「あなたは、ちょっと正直すぎですね……でも、そう簡単に私の唇は――」
「うるせえ、黙ってろ」
俺は女神の顔をガッとつかみ、強引にキスをする。
「もう……強引すぎよ……」
女神は頬を赤く染めている。
「女神様、早く金と銀の斧をください。あと2回いきますよ!」
「もう! ちょっとは余韻に浸らせなさい!」
俺は女神から金と銀の斧を受け取り、鉄の斧を投げ込む。
「金? 銀?」
「鉄」
「両方やる」
「どうも。――せいっ!」
ザポンッ!
「鉄」
「やる」
「助かります」
「じゃあ、がんばれ」
女神は手を振りながら、泉の底へと沈んで行った。
本当に話の分かる女である。
「浮気にはならないよな……?」
誰に聞いたつもりなのかは、自分でも分からない。
「下心がないからセーフ」そんな事をつぶやきながら、俺はスープをオタマで混ぜ始めた。
翌日の朝、俺はいつも通り街に向けて森の中を進んで行く。
「そろそろかな。――お、いたいた」
「う、うわああああああ!」
「きゃあああああ! 助けてええええええ!」
2人の男女の冒険者が、数十頭の魔狼の群れに取り囲まれている。
女と目が合った。
「良かった! お願いです! 助けて下さい!」
「冒険者ギルドの依頼だけでも、飯は食っていける。何で密猟なんかに手を出したんだ?」
2人は目を見開く。
「な、何故、俺達が密猟者だと……!?」
「もうしませんから助けて下さい!」
「――と言っているが、どうする?」
俺は魔狼のボスに向けて、声を掛ける。
「ヨク、ワタシガ人語ヲ話セルコトガワカッタナ……イイダロウ。同胞達の毛皮ヲ返シテクレレバ、今回ダケハ見逃シテヤル」
「――だそうだ」
「は、はい!」
2人は合わせたように返事をし、急いでバックパックから毛皮を取り出し、目の前に置いた。
「サッサトイケ。次ハナイ」
「は、はいいいい!」
2人は慌てて逃げ去って行った。
「デハサラバダ、ニンゲンヨ」
「ああ、じゃあな」
魔狼達はどこかへ去って行った。
俺は隠密のスキルを使い、2人が向かった方向へと進む。
前回あの2人を助けた時は、魔狼達を全滅させた。
今回は話し合いで助けてみたのだが、果たしてどう出るか……。
「よし! 掛かってるぞ!」
「やったわね! これで今晩の酒代くらいにはなるわよ!」
密漁者の2人は地面を見ながら、嬉しそうにはしゃいでいる。
恐らく、あそこに落し穴があるのだろう。
「……本当に馬鹿な奴等だ」
俺は2人の背後から近づき、穴の中をのぞく。
1匹の魔狼の姿が見えた。
長期間穴の中にいたのか、それとも毒を受けたのかは分からないが、大分弱っているようだ。
「よし、とどめを刺すぞ! 毒をよこせ!」
「あいよっ!」
皮の損傷を抑える為、密猟者は毒を使って狩りをする事が多い。
女はバックパックから毒を取り出そうとし、俺と目が合う。
「やあ」
「あ……えっと……これはですね……」
「こいつを助けて、さっきの群れに返してやろうとしてたんですよ! へへっ……」
「そ、そうです! 私達は助けようとしたんです!」
「とどめを刺すって言ってたけど……?」
男が腰の後ろに手を回す。
そして、すぐさま手斧を抜き、振り下ろしてきた。
俺は男の腕をつかみ、ひねりあげる。
「ぐわああああああ!」
「死にな!」
女がダガーで俺を突き刺そうとしてきた。
「<死与><死与>」
密猟者の2人は死んだ。
「やっぱりこうなるんだな。――だが、こいつらを助けた事で、1匹の魔狼を助ける事ができた。良しとしよう」
俺は落とし穴の中に慎重に入る。
底には小さな棘があり、それに毒が塗ってあった。
「なるほど。消臭剤も入れてあるのか」
消臭効果のあるハーブが底に散っている。
魔狼は鼻が良いので、毒の臭いを嗅ぎ取れないようにし、群れの仲間に居場所を探られない為に仕掛けたのだろう。
俺は弱った魔狼をかつぎ、落し穴から脱出した。
「おっ……つけていたのか」
落し穴の周りを魔狼達が囲っていた。
「密猟者ヲ信用デキナカッタ」
「正解だったな」
魔狼のボスは、倒れている魔狼に鼻を近づける。
「コノ子ガマダ生キテイルトハ思ワナカッタ……3日前カラ姿ヲ見セナカッタカラナ。ダガモウ駄目ノヨウダ……」
「いや、大丈夫だ。<治癒><解毒>」
傷が塞がり、毒が抜けると、魔狼は立ち上がった。
「オオ! 礼ヲイウゾ、ニンゲンヨ!」
ボスと魔狼は鼻を擦りつけ合う。よかったよかった。
「じゃあな」
「待ッテクレ、ニンゲン」
「――何だ?」
「悪イガ、コノ子ヲイッショニ連レテイッテクレナイカ? 外ノ世界ニアコガレ、森ヲ抜ケダソウトシテ、罠ニカカッテシマッタ。ダガ、オマエトイレバ安全だ」
俺はテイムスキルもマスターしているので、魔狼の扱いなど簡単だが……。
「いや、俺といるのは、かなり危険が高いぞ。凶悪な魔物と戦う事になる」
ボスと魔狼が顔を近づけ合う。
意思の確認をしているようだ。
「……ソレデモ構ワナイソウダ。ヨロシクオ願イスル」
そこまで言うのであれば……。
魔狼は優れた嗅覚と聴覚を持っている。
俺のテイムLV9で強化してやれば、かなり役に立つだろう。
「分かった。では一緒に行こう。えっと、名前は……?」
「好キニツケテクレ」
「よし、じゃあピットにしよう。落し穴に落ちてたから。――来い、ピット!」
ピットはハッハッハッと嬉しそうに、俺のそばまでやって来た。
「デハ、ソノ子をタノム」
「ああ、任せてくれ。――じゃあな! 行くぞピット!」
俺とピットは、街に向かって駆けだした。
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