第37話 滑落事故

 ズドオオオオオオオオオン……!


 氷の巨人を倒した俺は、奴の魔核を拾い、火を焚いて暖を取る。


「今回はどうするかな……」


 最短で抜けるには、氷の精霊にキスをせがむ必要があるのだが……。



 体を温め終えた俺は、山頂に向けて歩みを進める。


――猛烈な吹雪が吹き出した。


「――帰りなさい。先へ進んではなりません」

「氷の精霊さん、これを受け取ってください」


 俺は魔核を氷の精霊に手渡す。

 試練の話を省略し、さらなる時短を狙ったのだ。


「な、何故これが必要だと知っているのですか!?」

「まあ、それはいいじゃないですか。それより、あなたの祝福は死ぬほど欲しいのですが、どうしても氷の剣が必要なんです。……という事で貰っていきます」


 ここまで言っておけば、彼女のプライドを傷つける事はないだろう。


「……そうですか。でもキスだけでいいなら、してあげますよ?」


 そう来たか。なんてサービス精神が旺盛な精霊なんだ。


「俺は1人の愛する女を守る為に、氷の剣を取りに来ました。浮気はできません」

「まあ、素晴らしい心構えですね。……その方が羨ましい。あなたのその誠実さを称えて、特別に私の祝福もセットでお付けしましょう」


 そう言うと、氷の精霊は俺の手を取り、口づけをした。


「ふふふ。これくらいでは浮気になりませんから、安心してください」


 そう言うと、氷の精霊は満足そうな笑みを浮かべ姿を消した。

 吹雪が収まり、視界が開ける。


 まさか両方手に入れる方法があったとは! 奥が深い!

 これで氷属性の威力2割増しと、完全耐性をゲットだ!

 俺はニッコリ顔で山頂へと登り、氷の剣を手に入れた。




「<氷結>」


 氷のソリを作り、前に押しながら飛び乗る。


「うわああああああ! やっぱ、こえええええええ! ――あっ!」


 進路上に岩がある。脱出せねば!


「とおっ! ――グエッ!」


 ソリから飛び出したが、木に打ち付けられた。

 骨が何本かいったが、死んではいない。セーフだ。


「……<治癒>」


 徐々に傷が癒えていく。

 この恐ろしいソリ滑り、今回で絶対最後にしよう。


「<氷結>――もう1回だ! いっけええええ!」


 俺は再び氷のソリに乗り、山を滑り降りる。


「――お? あの斜面、ジャンプ台になってるぜ! 飛べえええええ!」


 今回はいつもと大分コースがずれている。

 ジャンプするのは初めてだ。これは楽しみである。


「うっひょおおおお! ――って、ええ!?」


 飛んだ先は、巨大なクレバスだった。

 俺は谷底へと真っ逆さまに落ちていく。


「やっ、やべえ! 100周目終了になっちまう! <飛翔><飛翔><飛翔>」


 俺は<飛翔>を連発するが、今の魔力ではクレバスを登り切る事はできない。

 緩やかな落下速度で、谷底へと落ちる。



「うおお……落下死だけは免れたが、どうすんだこれ……?」


 頭上を見上げると、ここがとんでもない深さにあると分かる。

 これをクライミングしなければならないのだ。

 登れる自信がないし、登りきれたとしても大幅な時間ロスである。


「――しかもよく見たら、この崖オーバーハングしてるな……こりゃ詰んだかも……」


 今の俺の筋力と持久力では、登る事は不可能だ。

 また自殺しなくてはいけないかもしれない。


 俺は登りやすそうな場所を探す為、谷底を進む。


「おお!? この辺りは、崖が全部氷で出来てるぞ!?」


 かなり神秘的な光景だ。だが、登る事はさらに難しくなる。


「お、これは……?」


 俺は崖に亀裂がある事を見つけた。

 どうやら奥まで続いていそうだ。


「……何とか通れそうだな。よし、行ってみよう」


 俺はバックパックをその場に置いて、亀裂の間を進んで行く。

 もし挟まって動けなくなったら、自殺決定だ。


「おお……すげえな……」


 奥に進むに従い、氷の透明度が増していき、その美しさに心が奪われる。


 そして、さらに先へと進むと、大きな空間にたどり着いた。



「うお!? マジかよ!? すげええええ!!」


 透明な氷でできた壁には、ドラゴンが埋まっていた。


「大昔に天変地異とかがあって、氷漬けになったんだろうか?」


 俺はドラゴンのそばまで近づいていき、鑑定を使う。


「フロストドラゴンか……初めて見たな。――ん? こいつ死んで――」


 その瞬間、氷の壁が砕け散り、フロストドラゴンが俺の目の前に飛び出してきた。

 そう、奴は冬眠中なだけだったのだ。


 フロストドラゴンは大きく口を開けた。


「ブレスが来る! やべえ、死んだ!」


 猛烈な冷気が俺に襲い掛かる。……が、全然寒くない。


「そうだ! 氷の精霊の祝福があるんだった! ――そういや、さっきから全然寒くなかったわ」


 俺にブレスが通じないと分かったようで、フロストドラゴンは前脚で攻撃してきた。――これをローリングでかわす。


「弱点は炎だが、今の俺では<獄炎>は使えないし、<火柱>もそんなに連発できない。――となれば! <飛翔>」


 俺はドラゴンの背に乗り、首にタッチする。


「<炎罠>発動」


 フロストドラゴンの首の付け根から、激しい炎が噴き上がる。


 罠系の魔法は、術者が直接触れた部分にしか設置できないという厳しい制約があるが、消費魔力の割に威力が高い。

<火柱>よりコストパフォーマンスが圧倒的に優れるのだ。


「ギャアアアアアアアス!!」


 フロストドラゴンは怒り狂い、尻尾をでたらめに振り回す。

 そして奴は、氷の壁に思い切り体当たりをかました。


 俺を叩き潰すか、振り落とすのが目的なのだろう。


「<飛翔>」


 俺はドラゴンの頭にしがみつき、再度の<飛翔>で奴から距離をとる。


「<炎罠>発動」

「ギャアアアアアアアス!!」


 ドラゴンの頭が激しく燃える。

 奴は首を振り回し、何とか炎を消そうとしている。


 その隙に、俺は奴の両前脚にタッチした。


「<炎罠>発動」


 左右の前脚を焼かれ、バランスを失ったドラゴンは前に倒れ込む。


「紫電流奥義――迅雷剣!」


 バシュッ!

 フロストドラゴンの首を斬り落とした。


「っしゃあああああ!! 初めてドラゴンを倒したぞ!! ――よし、いただきます!」


 俺はドラゴンの血を飲む。


「オエッ、まっず……!」


 だが、これで『龍の血』の力を得る事ができるのだ。

 効果は寿命の延長と、人間種族の能力255の限界突破、そして成長速度上昇である。これは大きい。


「さらにー……」


 俺はフロストドラゴンの肉を切り分け、火で炙って食べた。


「うっま!」


 初めてドラゴンの肉を食した時に限り、体力・持久力・筋力が10ポイント上昇する。


「ステータス展開」



 体力 :31

 持久力:35↑

 筋力 :32

 技量 :224

 魔力 :29(39↑)


 スキル:鑑定LV9 料理LV9 農業LV1

 魔法 :発火 治癒 死与 耐水 呼吸 発光 強風 飛翔 炎罠


 耐性 :冷(極)炎(中)

 特殊 :死に戻り(呪) 成長速度上昇(中) 寿命延長 能力値限界突破

 称号 :ドラゴンスレイヤー(不敵)



「ドラゴンスレイヤーの称号「不敵」……強敵と対峙した際、全能力上昇か……素晴らしい」


 強敵の定義がよくわからないが、あの化け物に対して効果があるはずだ。


「――おお! 壁が崩壊した事で、ちょうどいい感じに登りやすくなってる! 今回はついてるなあ! 幸先の良いスタートだ!」


 俺はバックパックを回収すると、崩れた壁を登って、再び山の斜面へと戻った。


「<氷結>――よし、行くぞおおおおお!」


 3回目のソリ滑り。これで死んだら大笑いだ。


 俺はなんとか無事に、ふもとの森へとたどり着いた。

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