第31話 崩れていく何か
「彼女は破滅の魔女なんかではない!!」
「ではなんだと言うのだ!? 化け物になったのは確かなのだろう!!」
表で発煙筒が焚かれる中、セラフィンとフォンゼルが激しく言い争う。
あの化け物は、間違いなくクーデリカだそうだ。
彼女が化け物に変わる瞬間を、セラフィンがはっきりと見ている。
彼女は奥の部屋を探索中、突然痛みを訴えたらしい。
その後、化け物へと変身し、セラフィン達に襲い掛かる。
クーデリカはレオンンティオスの首を一瞬でもぎ取り、爪でセラフィンの左腕を切断した。
その後は、俺が見た通りだ。
「汝の魂が、神の元へと導かれん事を……」
リリーはレオンティオスの亡骸に祈りを捧げ、セレナーデは心ここにあらずと言った様子で、それを見ている。
「一体何が起きているんだ……?」
あまりにも展開が違い過ぎる。
クーデリカが命を落とすのは会食、レオンティオスはデスグラシアに攻め込まれた時だ。
しかも、クーデリカが破滅の魔女だという疑いまでかけられてしまっている。
『ニルよ、公女が破滅の魔女だと思うか?』
『いえ……クーデリカは最期、自分を抑え込もうとしているように見えました。何者かによって、化け物に変化させられたのかと……』
だが、その証拠はない。
仮にそうだとして、じゃあ誰が? 本当に破滅の魔女なんているのか?
だが、少女を化け物に変える事など、人間には不可能だ。破滅の魔女の力としか思えない。
『公女は部屋を探索中に、破滅の魔女の封印を解いてしまった。そうは考えられるか?』
『破滅の魔女の力が彼女に乗り移ったという事ですね。それが一番納得のいく話かと思います』
あの化け物は、力でデスグラシアを圧倒していた。奴こそが破滅の魔女だと考えるのが一番しっくりくる。
『ならば、公女の名誉が穢される前に、この話をすぐに伝えるが良い』
『御意』
その後、救助に来た教師たちに事件を報告。
ピクニックは即刻中止となる。
その後、クーデリカの異変の調査が始まる。
彼女の自室と孤島の地下が調べられたが、彼女が破滅の魔女である事を指し示すものは、何一つ見つからなかった。
その結果、デスグラシアの説が真実だろうという結論となり、クーデリカの名誉は守られる。
だが、そのどさくさに紛れ、いつの間にやら、リリーが預かったはずの手枷が紛失していた。
* * *
それから1か月後。
クーデリカとレオンティオスの葬儀が終わり、みんなの悲しみも少し癒えてきた頃、俺達5人はアトラギア王国・玉座の間へと招かれていた。
「
宰相の言葉で俺は顔だけを上げる。
足はひざまずいたままだ。
隣ではセラフィンとセレナーデが同じ姿勢をとっているが、前にいるリリーとデスグラシアは起立の姿勢から、顔を上げただけである。
これは彼女達が、同じ王族である為だ。
「リリー聖王女殿下、デスグラシア魔王太子殿下、素晴らしいご活躍でした」
「わたくしには勿体ないお言葉です」
『身に余る光栄です』
トバイアス国王の言葉に、リリーとデスグラシアは一礼する。
「セラフィン卿、セレナーデ侯爵令嬢、ニル・アドミナリ、大儀であった」
「はっ! 身に余るお言葉です!」
セラフィンが代表で謝辞を述べ、俺達3人は頭を下げた。
国王を実際に自分の眼で見るのは初めてだ。
フォンゼルとは違い、王の器をまじまじと感じさせる。
「公女殿下を破滅の魔女から解放する為、命を賭けて戦ったそなた達の勇気……我が愚息にも見習ってもらいたいものだ……」
トバイアス国王は儚げな笑みを浮かべる。
そうか……彼はフォンゼルの駄目っぷりを、きちんと理解できていたのか。
てっきり、甘やかしてばかりの馬鹿親なのかと思っていた。
「へ、陛下……そのようなお言葉をこの場で申すのは……」
「う、うむ……そうであったな……」
トバイアス国王が宰相に
どうやら、不意に出てしまった言葉のようだ。
「セラフィン卿、セレナーデ侯爵令嬢、ニル・アドミナリよ。2か月後、この王宮で各国の王と会食がおこなわれる。そなた達3名には、その護衛官を務めてもらいたい」
そうきたか! 国王から、直接護衛官に任命されるとは思ってもいなかった。
だが、今のデスグラシアが、人間に憎しみを持っているとは思えない。
彼女が王族暗殺を目論む事はないはずである。
となれば、護衛官に選ばれる事は、もはやあまり意味がない。
「はっ! 我等の命に代えても、お守りいたします!」
俺達は再び頭を下げる。
「……ところで、ニル・アドミラリよ。怪物を討ったのはお前だそうだな?」
「はっ!」
「お前がいなければ、両殿下の命も危うかったと聞く。それを踏まえ、そなたには、騎士の称号を授与する。我が元まで来るが良い」
「身に余る光栄です!」
実は騎士の称号を貰うのは初めてではない。この国では何度目だったか?
他の国で授与された事もあるので、正直別に嬉しくともなんともない。
俺はトバイアス国王の前まで歩き、ひざまずく。
国王が俺の肩に剣を置き、騎士の称号が授与された。
* * *
国王との謁見は無事に終わり、俺達5人は豪華な待合室で、帰りの馬車を待っていた。
「ニル君が騎士になるなんて……! これならお父様とお母さまも、お許しになってくれるかもしれませんね!」
俺の隣に座ったセレナーデが嬉しそうに、俺の腕に飛びつく。
「水を差すようで悪いけどさー、侯爵令嬢を貰うには、最低でも伯爵じゃないと無理だぜー?」
「知ってます! ちょっとくらい夢を見させてください!」
コンコン。ドアがノックされる。
「あら、もう馬車の用意ができたのかしら? ――どうぞ」
ドアがガチャリと開き、1人の使用人がリリーのそばへと駆け寄る。
その身のこなしを見て分かった。この女は諜報員だ。
彼女はリリーの耳に口を近づけ、小声で話す。
俺はスキル兎の耳を使い、聞き耳を立てた。
……何だと? そんな馬鹿な……。
「……そ、そんな……信じられません……」
リリーの眼から涙がこぼれる。
「リリー様、一体何が……?」
セレナーデが恐る恐る尋ねる。
「ドロシーが……ドロシーが……」
そこで涙が止まらなくなってしまい、リリーは言葉を発せなくなってしまった。
その様子に3人が、ゴクリと唾を飲み込む。
ドロシーに身に何かがあった事を察知したのだ。
「俺から代わりに話そう。聞こえてしまったのでな」
「ああ、頼むよ」
俺は大きく息を吐いてから、静かに言葉を放った。
「ドロシーは、馬車で実家に戻る途中、死亡していた」
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