第32話 入学の理由

 ドロシーの嫁ぎ先にリリーは何度も手紙を送ったが、一度も返信が無かった。

 これを不審に思った彼女は、自分の腕利きの配下に、ドロシーの安否を探らせる。


 その結果、ドロシーが馬車から逃亡し、その3日後、川で水死体となって発見された事が判明した。


 ムルトマー侯爵は、自分の娘が結婚を嫌がって逃げた事を恥じ、この事実を隠蔽。

 その一月後病死する。


 また嫁ぎ先も、婚約者に逃げられたという恥を隠す為、この事は口外しなかった。


 その為、死後半年以上たって、ようやくドロシーの死を知る事になったのだ。



 クーデリカ、レオンティオスの死に続き、明かされたドロシーの死。

 それはクラスの雰囲気を陰鬱とさせるには十分過ぎた。


 リリーやセラフィンの表情から、明るさが一切消えうせ、勉強会がおこなわれる事もなくなる。


 俺達は次第に疎遠になっていき、気付けば卒業試験を終えていた。



 1位 ニル・アドミラリ

 2位 セラフィン・モンロイ


 5位 デスグラシア


 7位 リリー・ファン・シェインデル


 9位 セレナーデ・アンダーウッド


 11位 フォンゼル・エルベアト・ポレーレン



「俺は1位か……卒業試験は何故かガチなんだよな。王子さまは……今回も安定の低さだな」


 これがフォンゼルの本来の力という訳だ。

 15人中11位だから、下から数えた方が早い。


「今回はセラフィンとデスグラシアが、かなり順位を上げてきたな。逆にリリーは3位から転落だ」


 いつものパターンでは、2位はクーデリカだ。

 今回2位となったセラフィンは、彼女の死後、戦士としての気迫が増している。

 それが成績にも表れたようだ。


 デスグラシアの成績が向上したのは、人間の文化を学ぼうとする姿勢があったからだろう。

 過去の周回では王国の歴史などを学ぼうとしなかった。講義をサボっていた事もある。

 元々頭は良いようなので、きちんと勉強すれば、これくらいの順位はとれてしまうようだ。


 リリーは、クーデリカとドロシーの死を引きずってしまっている。これは致し方ない事だ。



「うぐぐぐぐ……! おのれ! おのれ!」


 フォンゼルが歯を噛み締めている。11位なんて順位は初めてだから悔しかろう。いい気味だ。


「何故、魔族が聖王女殿下より上なのだ……!」


 あれ? そっち? デスグラシアがリリーに勝ったからって、何かある訳じゃないだろうに。そんなに魔族が憎いのか?



『私が聖王女に勝ったのか……』


 デスグラシアは、難しそうな表情で順位表を見ている。

 彼女は俺の存在に気付くと、近づいて来た。髪がさらに伸び、女らしさに磨きをかけている。


『……ニルよ、ちょっといいだろうか?』

『もちろんです殿下』


 俺達はその場から立ち去り、ロビーの端の席に着いた。


『お前は、卒業したらどうするつもりだ?』

『護衛官の任務が終わってから、考えます』


 デスグラシアは俺の言葉を聞いて、迷っている素振りを見せる。


『……私の専属の護衛官になる気はないか?』

『殿下の? 魔王城で働くという事でしょうか?』


 デスグラシアは悲しげな表情でうつむく。


『いや……アトラギア王国王宮だ……私はフォンゼル王太子殿下の妃となる……』


 その衝撃的な言葉に、俺は息を呑む。


『……一体どういう事でしょうか?』

『聖王女、第二公女、私の3人で、卒業試験で最も良い成績を残した者が、彼の妻となる事になっている』


 そうか、そういう事だったのか……!


『フォンゼルが馬鹿だから、トバイアス国王は、あいつに優秀な王妃を迎えようとした訳ですね?』

『その通りだ。聖王女も第二公女も申し分ない資質の持ち主だから、まさか私が勝つなどとは思っていなかった。それに私には、もう一つ問題があるしな……』


 魔族である事……いや、それもそうだが、性別の事か。


『殿下が男になるかもしれない事ですね?』

『ああ。実際私は男になると思っていた。だが、しかし――』


 デスグラシアは、恥ずかしそうに上着の前を開ける。

 そこにはピクニックの時より、大きく育った胸がある。リリーと同じくらいだ。


『御覧の通り、女化してしまっている。理由は……いや、それは言う必要はないな』


 彼女は頬を染めながら、前を閉じた。


 アトラギア王国は世界有数の大国。

 それに対し、タルソマ公国、リスイ聖王国、ガルギア魔王国はどれも小国。

 強国との婚姻による結びつきは、喉から手が出るほど欲しいに違いない。

 しかし……。


『魔王陛下が、アトラギア王国との関係強化を望んでいるとは思いませんでした』

『母上は人間との関係を修復したいと、お考えなのだぞ? それには、婚姻が一番有効だと仰っている』


 そうだったのか。それは知らなかった。

 ならば、何故彼女達は国王達を襲撃したのだろうか?


 3人の中で卒業試験のトップはクーデリカだから、本来は彼女がフォンゼルと結婚するはずだ。

 それを妨害したかった……いや、そんな事をしても、敵対するだけか。魔王国に何のメリットもない。――うーむ、分からん。


 結局クーデリカは死亡し、リリーは発狂。デスグラシアは捕らえられ、全員不幸な結果になっている。



『それでどうする? 受けてくれるのか?』


 不安そうな表情で、デスグラシアは俺を見つめてくる。


 そうだった。専属護衛官の件について、返答しなければならないのだった。


『会食が無事終わってから、返答させてもらってもよろしいでしょうか?』


 今はまず会食を無事切り抜ける事だ。それが終わってから、じっくり考えよう。


『そうだな……今はそれどころではないか。話すべきタイミングを誤ったようだ。許すが良い』

『とんでもございません殿下』


 デスグラシアは席を立ち、どこかへと去って行った。


 そして俺は、デスグラシアから聞いた話を、まだ飲み込めずにいる。

 彼女がフォンゼルのものになるのか……。


 しかし、フォンゼルが受け入れるとは思えないが。

 あいつはどう見ても、デスグラシアを嫌っていた。


 彼女はどう思っているのだろう?

 自分の運命を、きちんと受け入れているのだろうか?


「フォンゼルには、チェックポイント2の山賊で十分なんだがな……」


 俺はフッと笑い、自分の部屋へと戻った。


     *     *     *


 そしていよいよ卒業式当日。


 各教員から祝辞が送られた後、生徒たちの代表者が挨拶をおこなう。

 それは当然、成績1位の俺……ではない。



「――私は次期国王として、そして勇者として、この国の繁栄と平和に尽力いたします!」


 フォンゼルが大きな拍手に包まれながら、壇上から下りる。

 この手のものは、平民では駄目のようだ。別にやりたくないので構わないのだが。


 この後は、1人ずつ学院長から卒業証書を貰い、卒業式終了となる。



 俺は自室へと戻り、荷物を持って、校門へと向かう。

 部屋の片付けは、昨日でもう終わらせてある。


「あの……ニル君」


 セレナーデが声を掛けてきた。


「どうした?」

「会食が終ったら、私の家へ来ませんか? お父さんとお母さんに会って欲しいんです」


「君の御両親は、平民の俺を歓迎してくれるのか?」

「はい!」


 セレナーデはにっこり笑う。


 そうなのか……。

 まさか、彼女を貰ってくれ、なんて話になったりしないよな? さすがにうぬぼれ過ぎか?


 だが、万が一そうなったら、デスグラシアから離れなくてはいけなくなる。

 また新たな悩みが増えてしまった。


「とりあえず今は、護衛官の事に集中したい。返事はその後でもいいかな?」

「分かりました。じゃあ待ってますね」


 面倒な事は後回しにしよう。

 世界に平和が訪れなければ、いくら考えた所で無駄になるのだから。


 俺は王宮に向かう馬車に、セレナーデと共に乗り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る