第30話 三つの部屋

「――ここにはないな。奥へ進もう」


 隅々まで探してみたが、腕輪は見つからなかった。

 俺は食堂の奥の扉を開ける。


「――うおっ!?」


 吸血コウモリの群れが、扉の奥から飛び出してきた。

 俺達は魔法で、あっさりとこれを全滅させる。


「もしかして、これで魔獣退治は終わりか?」

「簡単だったねー!」

「まだいるかもしれません。慎重に進みましょう」


 扉を越えると1本の廊下に出た。

 左右にそれぞれ1部屋、奥に1部屋ある。


「7人いるし、3つに分かれて探索しようかー?」

「ええ、そうしましょう。では私は魔王太子殿下と左の部屋を」


 リリーはデスグラシアの腕に抱き付いた。

 さすが性欲モンスター。素早い決断力だ。


「じゃあ私は、ニル君と右の部屋に行きますね」


 セレナーデは俺の腕に抱き付く。


「くそー! 取られてたかー! じゃあ私はセラフィンとレオンティオス君とで、奥の部屋ねー!」


 こうして俺達は3手に分かれ、それぞれの部屋の探索を始めた。



 俺は右の部屋の扉を開ける。


「物がゴチャゴチャといっぱいありますね」

「……ここは物置のようだな」


 俺は腕輪を探しながら、奥へと進んで行く。


「この棚は錬金素材が保管してあるようだ。結構色んな種類があるな。持って行っても良いんだろうか?」

「呪われそうだからやめておいた方が……」


 確かに、ここが本当に破滅の魔女が封印されていた場所だというのなら、手を付けない方がいいだろう。


「ギアニの根、キスカン草、ニザの実にグリフォンの胆のうまである……何だか、バルトの事を思い出すな」

「悲しい事故でしたね……」


 あれがステイフのミスで引き起こした事ならば事故と呼べるし、俺はそうであって欲しいと思っている。

 だが何者かが、餌に細工をした可能性は否定できていない。

 それはつまり、この学院内に犯人がいるかもしれないという事である。



「――あ、ニル君。腕輪ってこれでは?」


 セレナーデが棚の奥から腕輪を取り出し、俺に手渡してきた。


「おお、これだな! 地図に描かれている物と完全に一致している! よし、任務完了だ!」

「よかったです。こんな薄気味悪いところは、さっさとおさらばしましょう」


 邪神の洞窟には1人でガンガン潜って行ったのに、よく分からない子だ。

 まあ、あの洞窟は街の中にあるから、危険が無い事を分かっていたのだろうが。


「ああ、他のメンバーにも伝えに行こう」


 俺達は部屋を出て、向かいのリリーとデスグラシアがいる部屋へと入る。

 ここは書斎のようだ。様々な古い本が並べられている。


 時間があれば、どんな本があるのかを調べたいところだが……。



「あっ……んんっ……もっと奥に……」


 衝立の向こう側から、リリーの喘ぎ声が聞こえてきた。

 おっと、これは!? 俺は興奮しながら、その場へと駆け寄る。


「――大丈夫か!?」

『どうした? 別に何も問題無いが?』


 デスグラシアがリリーを肩車して、本棚の上にある何かを取ろうとしていた。――なんだ、つまらん……。

 だがよく見ると、リリーは不自然に腰を動かしており、その表情は恍惚としている。――あらあら、いいですねー!


「――あっ、取れましたわ」


 リリーが何かを手に取った。

 デスグラシアがしゃがみ、リリーを降ろす。


「これが腕輪でしょうか?」

「いえ、腕輪はもう見つけました。これは手枷てかせですね」

『鑑定してみたが、私のレベルではよく分からなかった。お前ならできるか?』

「やってみます」


 俺は手枷を鑑定してみる。



 吸魔の手枷(呪):

 価値500万ゴールド。

 装着者の魔力を封印し、永遠に吸い続ける。

 取り外すには<解呪>の魔法か、高レベルの解錠スキルが必要。


「これで拘束した相手の魔法を封じ、魔力を吸い取れるようですね。恐ろしい効果だな……」


 魔法を封じるだけの物であれば、どこの牢屋にも備えられている。

 だがこの手枷は吸い取ってしまうのだ。つまり基本能力値が下がってしまうという事である。

 何年もかけて修行した成果が奪われのだ。恐ろしいとしか言いようがない。


「呪われているように感じますが……?」

「はい、呪いがかかっています」


「そうですか……ではわたくしが、責任持ってお預かりしますわ」

「よろしいのですか殿下?」


「呪いの品々を厳重に保管するのも、我らがリスイ聖王国の役目です。お任せください」


 リリーは懐から、純白のいかにも清い感じのする布を取り出すと、それで手枷を包み、バックパックの中にしまった。


「では、クーデリカの元へと行きましょうか」

「はい」


 俺は部屋の扉を開ける。――その瞬間、目の前を何かが飛んで行った。


 ドグシャッ!

 その何かが、食堂のドアに叩きつけられる。



――それは首のもげた、レオンティオスだった。


「きゃああああ!!」


 リリーが悲鳴を上げる。


「敵襲だ!! 戦闘態勢をとれ!! リリー様とセレナーデは俺の後ろへ!」

「は、はい!」


『殿下! 前衛をお願いします!』

『任せろ!』


 俺とデスグラシアは同時に部屋を飛び出す。



「うおおおおおお!」


 奥の部屋のドアは破壊され、セラフィンが化け物と必死に戦っているのが見えた。

 彼はすでに左腕を失い、かなりの出血をしている。


「<死与>」


 効かない……!


「魔法で牽制を! その隙に俺達は、奴との距離を詰める!」

「はい!」


 鑑定で耐性を調べたいが、その余裕はない。

 今にもセラフィンが殺されそうなのだ。

 セレナーデが弓を構え、魔力を込めた。


「いきますわよ! <聖雷>」


 セレナーデの魔法の矢と、リリーの聖なる稲妻が化け物に直撃する。

 セラフィンに襲い掛かろうとしていた化け物の動きが、一瞬止まった。


「<光球>」


『<影槍>』


 俺とデスグラシアは魔法で攻撃しつつ、奥の部屋へと駈け込む。


 目くらましの為に放った俺の光弾は、大したダメージを与えていない。

 しかし、それによってできた影を利用し、デスグラシアが影の槍で奴の心臓を突き刺した。見事な戦い振りだ。


 だが、化け物は倒れない。


「ぐわあああ!」


 視界を奪われた奴は、でたらめに尻尾を振り回し、それがセラフィンにヒットする。彼は壁に叩きつけられた。


『むんっ!』


 デスグラシアは俺を何度も叩き殺した魔斧を、化け物目掛けて振り下ろす。


 ガキッ!

 奴は鋭く巨大な爪で、その一撃を受け止めた。――信じられん! 覚醒前とは言え、あのデスグラシアの斧を止められるとは!


『うぐっ!』


 デスグラシアが尻尾で腹を貫かれ、そのまま壁に叩きつけられる。


『あがっ……』


 腹から尻尾が引き抜かれると、彼女は床に崩れ落ちた。


「デスグラシア!」


 リリーとセレナーデの援護射撃が放たれたが、効果的なダメージを与えられていない。こいつは相当魔法耐性が高いようだ。


「紫電流奥義――」


 俺は氷の剣を上段に構える。


「迅雷剣!」


 俺の神速の真向切りは、奴の右腕を斬り落とした。


「ガアアアアアアアア!!」

「ニル……頼む……彼女にとどめを……」



……何だと?


 ほんの一瞬、俺の動きが止まる。

 化け物の尻尾が迫ってくるのが見えた。


 もう避ける時間はない。俺は氷の剣を構え、衝撃に備えた。


「うぐあっ!」


 俺は奴の攻撃を受け止めたが、後ろに吹き飛ばされる。

 すぐに受け身をとり、体勢を整えたが、剣がない。


「グオオオオオオオオ!!」


 右腕を斬り落とされた怒りなのか、化け物は強烈な咆哮を上げる。


「ウグアアアアアアア!!」


 奴はもがき苦しんでいる。一体どうしたと言うのか?



「ニル……これを……!」


 セラフィンは、落ちていたカタナをつかみ、床の上を滑らせるように俺にパスした。急いでそれを拾う。


「早く……彼女を……楽に……」


 そうか……やはり、そうなのか……。

 俺はカタナの柄に手をかける。


「紫電流秘技――」


 君のカタナで終わらせてやるからな……。


「<一閃>!」


 俺の神速の居合切りは、化け物を真っ二つにした。

 だが、早くも再生が始まろうとしている。


「完全に焼き尽くさないと駄目のようだな。――だが、まずは2人を治療しないと!」


 セラフィンとデスグラシア、共に瀕死状態だ。


 ふと思う。ここで彼女を治療しなければ、世界は救われるのだろうかと。

 そして、こうも思う。そんなやり方で手に入れた平和に価値はあるのかと。


「<範癒>」


 2人の傷が同時にふさがっていく。

<範癒>は一定範囲内の全員に効果があるのだ。


「リリー! セレナーデ! 2人を外に連れ出してくれ!」

「分かりました!」

「はい!」


 俺は氷の剣を探し出し、手に取った。

 リリー達4人は、すでに外に避難済みである。



「さようなら、クーデリカ……<獄炎>」


 凄まじい炎が、化け物と奥の部屋すべてを包み込む。


 俺は奴が完全に死んだことを確認すると、セラフィンの元へと向かった。

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