第29話 競艇
「船がないではないか! まさか我等に泳いで行けというのか!」
フォンゼルが怒る。
予想通り、孤島に渡る為の手段は用意されていなかった。
泳いでいくか、自分で船を作れという事なのだろう。
今まではどうしていたのか?
当校のお坊ちゃま、お嬢ちゃん達に船が作れるはずがない。水面を凍らせて渡っていたのだろうか?
「セラフィン、<吹雪>で水面を凍らせられるー?」
「この距離は、マジックポーションがないと、きっついなー」
「俺が船を用意しよう。――<氷結><氷結>」
俺は2隻の氷の小舟を作り出した。
「まあ! <氷結>には、こんな使い方もあるのですね!」
「ええ、単純な構造のものであれば、訓練すれば作れるようになります」
これで何度か川や湖を渡ったことがある。実績のある方法だ。
「ただし、お尻が少々冷たいのが難点ですが……」
「では、先に孤島にたどり着いた方を勝者とする! ゆくぞ、レオンティオス!」
「はっ!」
リリーとクーデリカが、俺が氷の船を褒めたのが面白くなかったのだろう。
フォンゼルとレオンティオスは、ボートレースを挑んで来た。
2人の船には、リリーとクーデリカが苦笑を浮かべながら乗っている。
「セラフィン、あの2人はボート漕ぎが得意なのか?」
「どうなんだろーなー。自分で漕ぐタイプには思えないけど」
俺もそう思う。あいつらにボートが漕げるのだろうか?
オールの扱いは意外に難しい。それも2人で漕ぐとなると、息を合わせなくてはいけないからなおさらだ。――まあ、いいか。
「それでは、よーい……ドン!」
「ぬおおおおおお!!」
「おりゃああああ!!」
フォンゼルとレオンティオスは、がむしゃらに氷でできたオールをかき回す。
まったく息があっていなく、漕ぎ方もめちゃくちゃなので、船はちっとも前に進んでいない。
「――セラフィン、俺1人でいいわ」
「ははは、そんな感じだねー」
俺は全身の力を使い、ゆったりと、それでいて力強くオールを漕ぐ。
氷の船はスイーっと滑るように、前へと進む。
「何だかいいですね。本当にピクニックに来た気分です。このままニル君たちと一緒にいた――ひゃうっ!」
セレナーデがお尻をもぞもぞとさせている。冷たくて仕方ないのだろう。
反対にデスグラシアは微動だにしない。彼女の服は高い属性抵抗を持っているので、この程度の冷たさはまったく問題無いようだ。
『王太子はよくあれで、お前に勝負を挑んだな……』
デスグラシアは、呆れた顔でフォンゼル達を見ている。
すでにフォンゼルはスタミナが尽きたようで、漕ぐのをやめており、レオンティオスが1人で頑張っている。
あれが次期国王なのだ。人間達を滅ぼすのは簡単そうだと思われただろう。
俺達は優雅で楽しい一時を終え、孤島に上陸した。
フォンゼル達は相変わらずでたらめな動きで、まだ3割くらいの距離しか進めていない。
リリーが溜息をつき、クーデリカが漕ぎ手になったのが見えた。完全なポイントダウンである。
「待っているのもなんだし、少し散策してみるとしよう」
この島には木がまばらに生えているだけで、建物や魔物の姿は一切無い。
だが、フォンゼル班の任務が魔獣退治である事を考えれば、何かあるはずだ。
俺達は孤島の中心へと向かう。
「何だか不気味ですね……」
「おおー、これはクーデリカの予想は当たってるかもしれないなー」
島の中心には、地下へと続く階段だけが存在していた。
クーデリカが漕ぎ手になると、船は割とスイスイと進んだ。
フォンゼル達の面目丸つぶれである。
負け犬2人は、ボートレースの結果について一切触れないまま、しれっと俺達に合流した。
勝敗が逆だったら、1時間以上は勝利の秘訣や、自分の有能さについてクドクドと語っていた事だろう。
まあ、それはともかく、いよいよ2班合同での地下探索開始だ。
「<発光>」
「<発光>」
俺とリリーが照明の魔法を使う。
「俺とセレナーデが先頭を進みます」
「うむ、良いだろう」
フォンゼルとレオンティオスがほっとした表情を見せる。
彼等のクラスは前衛職なので、「自分が先頭に立たなくてはいけないのだろうか?」と思っていたのだろう。
この2人が、ダンジョンに潜った経験が無い事は明らかである。
戦とは違い、探索は斥候職が先頭を務める事を知らないからだ。
「では地下に降りましょう」
俺は氷の剣を抜いて、地下への階段を降りていく。
「迷宮……という感じではないな……」
「はい。生活感を感じますね」
階段を降りてすぐ見えたのは、小さな食堂だった。
2人掛けのテーブル1つと、イスが2つ。
部屋の端には食器棚があり、皿が何枚も置かれている。
「誰かがこの場所に住んでいた事は間違いないな……まさか、破滅の魔女なのか?」
俺の一言に、フォンゼル達が凍り付く。
「ど、どうやら、かなり狭いようだな……8人いると窮屈だ。私は上で待っているとしよう。聖王女殿下もそうしませんか?」
「そうしたいのは山々なのですが、私は照明係ですので……」
「そ、そうですな。ではお気を付けて……」
フォンゼルは上に戻って行ってしまった。――マジか?
レオンティオスがそれを追い掛けようとするが、クーデリカがニヤニヤを笑っている事に気付き、踏みとどまった。――お、頑張ったな。
そして、フォンゼルの姿が消えると、俺達は大爆笑する。
「うふふ、私、置いていかれてしまいましたわ」
「あははははー! とんでもないチキン野郎だー! あははははー!」
「そんな事言ってやるなよー。でも今のはダサかったなー」
ひとしきり笑った後、俺達は腕輪を見つけようと、食堂を念入りに捜索した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます