第13話 邪神復活の犯人

「――ニル君、あれも食べてみましょう!」

「おいおい、さっき食べたばかりじゃないか!」


 俺達は楽し気に笑いながら、屋台へと向かう。



「あっ! 裏切者はっけーん!」


 セレナーデがビクッと後ろを振り返る。


「あらあら、お二人はそういう関係だったのですね……」

「ははーん! だから、私達の誘いを断ったのね!」


 俺達の後ろにはリリー達がいた。

 クーデリカとドロシーがニヤニヤと笑っている。


「も、申し訳ありません! 私、その……」

「うんうん、しゃーないしゃーない! じゃあ、邪魔しちゃ悪いし、行きましょ!」

「ええ、ではごきげんよう……」

「抜け駆けするなんて、アンタ結構度胸あんのね!」


 クーデリカは他の2人を引っ張って、どこかへと去って行った。

 3人とも笑っていたので、セレナーデが彼女達の誘いを断ったことは怒っていないようだ。

 良かった。俺のせいで彼女達の関係にヒビが入らなくて。



「……はー、心臓が止まるかと思いました」

「ははは、あの3人の中で誰が一番怖いんだ?」


「そんな事、口が裂けても言えませんよ!」


 セレナーデは、ぽんっと俺の肩を叩く。



「――あ、あそこにもクラスの方達が……」


 セレナーデの視線を追う。

 入学試験5位の、可愛いお坊ちゃまセラフィン・モンロイと、ビリのステイフ・シーデーンだ。

 ステイフはビーストテイマーなので、ダイアウルフを連れている。


「ちょっと話し掛けてくる」

「――えっ!? ニル君、どうして?」


 俺は困惑するセレナーデを置いて、セラフィン達の元へ行く。


「セラフィン卿、ステイフ卿、あなた方も祭りにいらしていたのですね」

「おっ、平民か」

「ちょっ、ステイフ!」


「バルト卿はいらっしゃらないのですか?」


 バルトはこの2人と祭りに来る。

 彼等なら、奴の居場所を知っているはずだ。


「バルトなら、祭りに誘った女にフラれたから、丘の上で泣きながら夕日を眺めていたぜー! はははは!」

「ちょー、ステイフー、言ってあげるなよー。可哀そうじゃんかー」


 何だと? 初めてのパターンだ……。

 でもまあ、入学試験からいつもと違う展開が続いているからな。不思議ではない。


「ちなみにフラれたとは誰に?」

「それはちょっと言えな――」

「あいつだあいつ!」


 ステイフは俺の背後を指差した。――まさか?

 俺は後ろを振り返る。彼女が気まずそうに立っていた。


「セレナーデ・アンダーウッドだよ! お前に取られちまったんだな! 平民に負けたと知ったら、さらに悔しがるだろうぜ! ははははは!」

「ステイフー、それ絶対言うなよー」


 そうか、そうだったのか……彼女がバルトの……。


「……それでは失礼します」

「おう! バルトにいい土産話ができたぜ!」

「また明日ー」


 俺はセレナーデの元へと戻る。


「……あの、何を話していたんですか?」

「ああ、ただの挨拶だよ」


「ニル君、邪神像が祀られている洞窟に行ってみませんか? どんなものか見てみたいんです」


 早速そう来てしまったか……残念だ。

 邪神を復活させようとしたのは、バルトではなく彼女の方だったとは……。


「……うーん、呪われそうだし、やめておこう」

「うふふ、ニル君は結構臆病なんですね! さ、行きますよ!」


 セレナーデは俺の手を引っ張って、邪神像の洞窟の方へと向かって行く。

 これまでの彼女からは、考えられない強引さだ。



 洞窟の前には警備の者が2名立っている。


「隠密スキルを使って洞窟の中に入ってみませんか?」

「いや、駄目だろ」


「うふふ、スリルを楽しみましょう」


 セレナーデの気配が一気に薄くなる。

 マジックアーチャーの彼女は、盗賊系スキルを得意としているのだ。


 彼女は俺を置いて、洞窟の中へと入ってしまった。


「……いいだろう。とことん付き合ってやる」


 俺も隠密スキルを使い、洞窟の中へと入る。

 そして狭い通路を抜け、邪神像が祀られている最奥部へとたどりついた。


「うふふ、やっぱり来てくれたんですね。……これが邪神像ですか。思ったよりチープですね」


 セレナーデはペチペチと邪神像を叩く。――これは覚悟を決めなくては。場合によっては、彼女を殺さなくてはいけない。


「……入っちゃいけない場所に入ると、何だかドキドキしませんか?」

「ああ、そうだな」


「うふふっ」


 セレナーデは俺に抱き着き、キスしてきた。


 今回はバルトではなく、俺がお相手として選ばれた訳か。光栄な事だ。

 俺は彼女を突き放した。


「君は何故、邪神を復活させようとしている?」


 セレナーデは首をかしげた。


「邪神の復活? うふふ、まさか本当に邪神が封印されているんですか?」


 知らないのか……という事は、また誰かにやらされている訳だ。

 そいつは邪神の封印が、ただの伝説ではない事を知っているのだろうか?



「……誰に命令されたんだ、セレナーデ?」


 セレナーデは顔を伏せる。


「……それは言えません」


 俺はため息をつく。予想通りの返事だ。

 そこまでして従わなければならないのだろうか?

 王族や貴族の社会は謎が多いな。だがまあ良かった。これで彼女を殺さずに済む。



「君は奴隷じゃないんだ。好きでもない男に抱かれる必要はない」

「ち、違います! 命令されたのは確かですが、どうせだったら好きな人と思って……!」


 いかんいかん、ちょっと嬉しいと思ってしまった。

 このまま雰囲気にのまれてしまうと、邪神を復活させてしまいそうだ。さっさと退散しよう。


「セレナーデ、とりあえずここを出るぞ」

「……はい、分かりました」



 俺達は洞窟を出て、再びお祭りの会場へと戻る。


「――さっき、君が食べたいと言っていた物だ」


 俺は屋台で買ったクレープを彼女に手渡す。


「嬉しい! 憶えていてくれたんですね!」


 彼女の表情に笑顔が戻る。――とても可愛い。

 こんな可愛い子の誘惑によく耐えた! 俺、偉い!


「――おいしい! ニル君も食べてみてください! ほら、あーん」


 俺は大きく口を開け、クレープを頬張る。

 うん、幸せの味がする。


「――うまいな」


 セレナーデはうふふと笑う。


「……あの、ニル君……私と恋人になってくれませんか?」

「君は侯爵家の娘だ。婚約者がいるだろう?」


 メンタルアイアンマン・ニルの復活である。

 俺に色恋沙汰は無用だ。望むのは大往生のみ。


「私にはいませんよ?」

「俺は平民だ。君と付き合う事は許されない」


 顔可愛い。髪きれい。声癒される。胸そこそこある。お尻魅力的。性格温和。

 こんなスペックの女の子を振るなど、勿体ないにも程がある。また何かの呪いを掛けられてしまいそうだ。


 だが、大往生を迎える為には仕方ない。大貴族の娘に手を出すなど、命がいくつあっても足りないのだ。


「ニル君が勇者として名を馳せば、きっとお父様もお母さまも許してくれると思います」

「……それまで待っているというのか?」


 セレナーデは微笑み、ゆっくりとうなずいた。


「はい、いつまでも。――あ、もちろん浮気は駄目ですよ?」

「いや、まだ俺達は……」


「駄目ですよ……?」


 彼女はグッと俺に顔を近づけてくる。

 顔は笑っているが、目は笑っていない。――こわっ!


「まあ、どのみち恋愛をするつもりはないからな」


「うふふっ、それは良かったです。では帰りましょう」

「あ、ああ……」


 セレナーデは俺の手を取り、馬車へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る