第14話 男女合同乗馬会

 セレナーデに邪神復活の儀式を命じた者も、本当に邪神が封印されているとは知らなかったらしい。


 だからと言って、彼女の純潔を奪おうとした事には変わらない。その事について追及したかったのだが、セレナーデに止められてしまった。

 王族・貴族というのは非常にややこしいようだ。



 そして、あの祭りの日から、デスグラシアは髪を短くしてしまい、俺に話しかけてくる事がなくなった。


 だが、それでいいのだろう。


 彼女との距離が縮まってしまうと、それだけ倒すのが辛くなるだけなのだから。

――あ、また、彼女と言ってしまった。


 何故、俺は長々と思考にふけっているか?

 それは今の状況がクソつまらねえからだ。



「――どうです? リリー聖王女殿下、素晴らしい景色でしょう?」

「はい、素晴らしいですね」


 目の前に広がるのは一面の花畑。それは本当に素晴らしいのだが、シチュエーションが良くない。


 俺が参加させられているのは、男女合同乗馬会。

 フォンゼル率いる男グループと、リリー率いる女グループが一緒に乗馬を楽しむという、平民にはまったく縁のないお遊びである。


 前々からフォンゼルに誘われていたそうだが、とうとう断り切れなくなったらしく、実現してしまった。

 奴のリリーにかける情熱は、かなりのものであるようだ。



 馬には当然2人乗りだ。フォンゼルがこのチャンスを逃すはずがない。


 白馬に乗るのはフォンゼルとリリー。

 その隣の黒馬に乗るのは、レオンティオスとクーデリカである。


「乗り心地はいかがですか? 公女殿下」

「もうちょっと揺れを抑えてー! お股が痛くなるからー! あははははー!」


「そ、それは申し訳ありません……!」


 レオンティオスが動揺する。

 さすがはクーデリカ。大胆不敵な発言だ。



 俺は2人の後ろに続く、黒鹿毛の馬を見る。


「ドロシー、やっぱ後ろに乗ってくれない? 全然前が見えないや」

「イヤよ! すんごい揺れるんだから!」


 馬は後ろの方が揺れる。

 その為、基本エスコートする側が後ろに乗るのだが、全生徒で一番背が低いセラフィンがそれをやると、前が見えなくなってしまうらしい。


「えー、花が全然見えないじゃんかよー」

「花なんかどうでもいいでしょ! 私との相乗りを楽しみなさいよね!」


 セラフィンはドロシーにまったく興味がない。

 この2人は何かと組まされる事が多いが、関係が発展したところを見た事が無い。



 俺は隣の鹿毛の馬を見る。


 バルトとセレナーデが、気まずそうに乗っている。お互いに一言も言葉を発していない。


 この乗馬会は邪神祭の前に企画されたので、バルトがセレナーデにフラれたという事情は汲まれていないのだ。残酷この上ない仕打ちである。


 バルトもフォンゼルの命とあっては、断る事ができなかったようだ。



 カポカポカポ。


 俺は自分が乗っている馬を見る。

 いや、こいつは馬じゃない。ロバだ。


 俺に用意されていたのはこいつだった。

 フォンゼルの完全な嫌がらせである。


 当然俺しか乗っていない。俺だけ、お一人様なのだ。


「断れば良かったなあ……だが、リリーにどうしてもと言われてしまうとなあ……」


 彼女達の護衛が俺の任務である。

 無論守るのは魔物からではなく、フォンゼル達からだ。

 まあ、セラフィンは無害だが。



 リリーが俺をチラリと見てくる。

 この状況を打破せよとのお達しだ。――御意。


「クーデリカ。これだけ綺麗な花があると、花摘みでもしたくならないか?」

「あはははー! まだオシッコ溜まってないよー?」


 違う、そっちの意味じゃない! 本当の花摘みの事を言ってるんだ!


「まあ! いいですね! わたくし、お花を摘みたいですわ!」


 リリーが上手く乗っかって来た。

 最初から彼女に言えば良かった。俺の人選ミスである。


「おお、では一旦降りましょうか」


 作戦成功。

 全員馬から降り、相乗りタイム終了となる。


 リリー達は、楽しそうに花を摘み始めた。



 俺も周囲の花を摘み始める。


「おお……ここは錬金素材の宝庫だぞ……!」


 この場所をもっと早く知っていれば……!

 リリー達との繋がりは、こういった要素にも良い影響をもたらすようだ。


「アンタ、男の癖に花摘んでんの? キモッ!」


 ドロシーが清々しいくらいの、真正面からの悪口を浴びせてくる。

 いつもの事なので腹は立たない。どうやらこいつは、侮辱するつもりで言っている訳ではないらしい。ただただ口が悪いだけなのだ。


「花摘みというより、錬金素材を集めているんですよ。部屋に戻ったら、これで薬を作るんです」

「ニル様は錬金術のスキルもお持ちなんですね」


 リリーが俺の隣に来る。良い香りが漂ってきた。


 デスグラシアを含め、俺の真の力を知る生徒はいない。


 生徒の中には、鑑定のスキルを持っている者も何人かいるが、彼等のLVでは俺の隠蔽LV9を突破できない。

 その為、「暗黒魔法と剣術の達人であり、魔族語が話せる」という事しか、把握できていないのだ。


「何の薬作るのー? 媚薬?」

「いや、違うよ! マジックポーション!」


 魔力のトレーニングに使うのだ。

 魔力は魔法を使用しないと上がらない。消費した魔力を素早く回復させる事が、効率アップにつながる。


「そう言って本当は、媚薬なんじゃないの? ていうかアンタ、セレナーデに媚薬飲ませたでしょ?」

「んな訳ないでしょう!」

「そ、そうですよ! 私のこの気持ちは本物です!」

「おーおー……!」

「あらあら……」


 赤面するセレナーデを、リリー達が可愛らしく笑いながらからかう。



「――男性諸君、私の元に集まってもらおうか!」


 フォンゼルは不機嫌そうだ。

 俺の周りに、リリー達が集まっているのが気に食わなかったのだろう。


 俺は素材収集を中断し、フォンゼルの元へと向かう。


「ただ馬に乗るだけでは面白くない。競争をしないか?」


――なるほど。リリーに良いところを見せたい訳か。

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