第12話 お祭りに行きましょう

 入学してから1か月が経過し、俺はすっかり、リリー達のグループに溶け込んでいた。


「可愛い子4人に囲まれ、ハーレム状態と言いたいところだが……」


 彼女達は高貴な身。絶対に手を出してはいけない存在だ。

 その一線を越えれば、死が待ち受けている事は必至である。


「完全に生殺し……いや! そもそも俺に、恋愛をしている暇など無い!」


 空き時間は全て、筋トレか魔力トレに捧げる。それが俺のジャスティスだ。

 この鋼の意思、我ながら見事としか言いようがない。


 よし! 今日から俺ニル・アドミラリは、メンタル・アイアンマンと名乗る事としよう!




 リリー達と日が暮れるまで魔力訓練をおこなった後、俺はセレナーデと一緒に大浴場へと向かっていた。


「あの、ニル君。――今夜、隣街でお祭りがあるのは知っていますか?」

「ああ、邪神を鎮める祭りだよな。知ってるよ」


 忘れるはずがない。

 その日に、コリント侯爵の三男バルト・コリントが、邪神を復活させてしまうのだ。


 これにより街は徹底的に破壊尽くされ、大勢の人々が亡くなってしまう。

 その中には、バルトを含めた学院の生徒たち数人も含める。確かセラフィンとステイフだ。

 バルトの両親は責任を取らされ、2人とも処刑。邪神の被害により、アトラギア王国の国力はガタ落ちになるという、かなり大きなイベントだ。



 邪神を復活せさせるには、邪神像の前で乙女の処女を奪うという、かなり悪趣味な儀式を必要とする。

 これは祭りの日限定で、他の日におこなっても効果はない。

 当然男1人と乙女1人が必要になり、男の方はバルトだと判明している。


 しかし、女の方は依然として不明のままだ。

 誰なのかを突き止めようと邪神像の前で張っていると、絶対に姿を現さない。

 その為、確実に邪神の復活を防ぐには、邪神像の前にいる必要がある。


 最悪復活しても倒せなくはないのだが、街の被害は免れないので、復活自体を阻止しなくてはいけない。



(今年も邪神の洞窟で、一人過ごすのか……)


 俺はため息をつく。

 筋トレをすれば時間の無駄にはならないのだが、あの気持ち悪い像と一晩過ごすのは気が重い。



「……ニル君、今から私と一緒にお祭りに行きませんか?」

「――へ?」


「私、ニル君とお祭りに行きたいんです……」


 セレナーデは、頬を赤く染めうつむく。――凄く可愛い。



 メンタルアイアンマン・ニルの鋼の意思は、グニャリと曲がった。




 風呂で汗を流した後、俺はセレナーデが用意した馬車に急ぎ向かっていた。

 彼女はすでに、馬車の中で待っているはずだ。約束の時間を過ぎてしまっている。


「うーむ、思わずOKしてしまったが、邪神像の見張りはどうする? 現地でバルトを見つけ出せればいいんだが……」


 バルトを拉致監禁しようかと思ったのだが、すでに隣町に出発してしまったようで、無駄足となる。おかげで時間に遅れてしまった。

 奴を見つけられなければ、セレナーデを放って邪神像の元へ行くしかなくなる。

 そんな事をすれば、彼女を傷つけてしまうかもしれない。


 悩みながら早足で駆ける俺に、誰かが話し掛けて来た。


『――あっ、ニルよ。待ってくれ』

『殿下? いかがされましたか?』


 デスグラシアは俺から目を逸らして、人差し指でクルクルと自分の美しい黒髪を巻き上げる。


『今日は隣町で、邪神祭なる祭事が催されるそうではないか……人間の文化を学ぶには丁度よい機会だ……案内してはもらえまいか……?』

『申し訳ありません殿下。実は先約がありまして……』


『そうか……では仕方あるまい……』

『本当に申し訳ありません』


 俺は頭を下げて、馬車へと向かう。


 びっくりした! まさか、デスグラシアから祭りに誘われるとは!


 しかし、何故人間の文化を学ぼうと? まさか人間に歩み寄ろうとしているのだろうか?


――いや、その考えは甘いか。俺と同じように、まず敵を知ろうというだけなのかもしれない。

 危ない危ない、俺は奴の行動を好意的に受け取ってしまいがちだ。戒めねば!



「ニル君! 遅いから来てくれないのかと思いました!」


 セレナーデが馬車から駆け下りてきた。


「ごめん! 考え事してたら、いつの間にか時間が過ぎてしまっていて」


 俺は彼女と一緒に馬車に乗り込み、席に着く。

 セレナーデは俺の対面ではなく、隣に座ってきた。


 それにちょっと気恥ずかしさを覚えた俺は、窓から外をのぞく。


(あっ……)


 そこには、悲し気な表情を浮かべるデスグラシアの姿があった。

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