第11話 お風呂でラスボスとエンカウント

 5人で食事を終えた俺達は、それぞれの自室へと向かう。

 その中で、俺とセレナーデが同じ3階だったので、2人で廊下を歩いていた。


「あの……先日は助けていただき、ありがとうございます」


 セレナーデは深く頭を下げた。


「いえ、お構いなく。セレナーデ嬢」

「セレナーデで構いません。それと、もっと崩した話し方でいいですよ?」


 水色の長い髪をたくし上げ、セレナーデは、ほがらかな笑顔を見せる。――可愛い。


「――分かった。一つ聞きたいんだが、君は何故あんな事を言ったんだ? 恐らく意味は分かっていないのだろうが……」

「ええっと、それは……」


 セレナーデは困り顔を見せる。


 まあ、これで大体予想は付く。

 彼女達4人の序列は、リリー、クーデリカ、ドロシー、セレナーデの順だ。3人の内の誰かに言わされたのだろう。

 一番性格がキツイのはドロシーだが、リリーの可能性も高い。クーデリカはよく分からん。


「言いにくい事だったか。それはすまない。ちなみに君が言った言葉は『貴様・母親・売春婦・淫売』だ」

「え……私……そんな汚い言葉を……?」


 俺はこくりとうなずく。

 やはり彼女は、言葉の意味も分からずに言わされていたようだ。


「私……謝罪した方が良いのでしょうか……?」

「うーん、悩むところだな……」


 下手に謝ると、彼女がリリー達から反感を買ってしまう恐れがある。


 だが敵とは言え、礼儀をおろそかにするのも気分の良いものではない。

 となれば、俺が代理でこっそり謝罪するのが一番だろう。


「俺から伝えておこうか?」


「本当ですか!? ありがとうございます! では、大変なご無礼、申し訳ありませんでしたとお伝えくださいますか? 正直ちょっと怖くて……」

「任せてくれ――じゃあ、またな」


 俺は自室のドアの鍵を開ける。


「はい、それではごきげんよう」


 俺が部屋の中に入るまで、彼女はずっと頭を下げ続けていた。



 俺は靴を脱ぐと、ベッドに飛び込み、しばらくくつろぐ。

 講義は明日からなので、今日は完全にフリーだ。

 当然やる事はトレーニングである。



 崖登りで体力・持久力・筋力を鍛え、崖の上にいる凶悪な魔物を魔法で倒し、魔力を上げる。

 勇者学院入学ルートのルーティーンワークだ。


 すっかり月も昇った頃、俺は学生寮に戻り、大浴場へと向かう。


 この風呂は24時間利用可能という事になっているのだが、実際は違う。

 身分によって利用できる時間が分かれているのだ。


 別にそういう決まり事がある訳ではない。暗黙の了解というやつだ。

 平民である俺は、当然遅い時間や早朝にしか入る事ができない。


「ま、貸し切りだからいいんだけどね!」


 なにせ平民は俺しかいないのだ。

 だが、稀にある人物と被ってしまう事がある。


――あ、言った通りになってしまった。


「デスグラシア……」

『む、また会ったな……』


 デスグラシアは、洗い場でワシャワシャと頭を洗っている。

 大浴場は当然男湯と女湯に分かれているが、中湯なんてものはない。

 その為、デスグラシアは男湯に入る。


 俺は今まで何度か風呂でこいつと会った事があるが、入学から2か月ほど経っていたので、髪も短くなっており、今より筋肉質な体つきをしていた。

 その為、男湯にいてもそれ程違和感はなかったのだが、今は見てはいけないものを見てしまっている気分になる。

 今のデスグラシアは、何というか、骨格が女性的なのだ。


『あまりジロジロ見るでない』

『――あ、失礼しました!』


 好奇心には勝てない。

 俺はバッチリ奴の胸と下半身をのぞいてしまっていた。


 予想通り胸はツルペタ、下は何にも生えてない。

 魔族は男か女に覚醒するまで、それぞれのシンボルを持っていないのだ。


『あの、殿下……殿下こそジロジロ見ておられるのでは……?』


 デスグラシアは、俺の自慢の息子をジッと見ている。


『――あ、いや、えっと……そういうつもりでは……』


 照れてる。何こいつ可愛い……いや、いかんいかん!

 ニル、目を覚ませ! そいつは女じゃないし、敵だろう!


 俺は気を持ち直す為、湯船に浸かる。



 しばらくすると、デスグラシアも湯船に入りに来た。


『先程の無礼を許せ、人間よ』

『お構いなく』


 デスグラシアは、すっかり冷静さを取り戻したようだ。――つまらん。


『私も将来、あのような物が生えてきてしまうのかと思ってしまってな……』

『男になりそうなのですか?』


『この環境では、そうなってしまいそうだ。闘争本能が嫌でも刺激されるからな』


 確かに。敵地と言っても良い場所に、単身送り込まれているのだ。


 魔族は攻撃的な感情が強まると男に、愛情が強まると女になりやすい。

 この環境下で、愛情が刺激される事は絶対にないだろう。なにせ他の魔族が1人もいないのだから。


『殿下は男になりたくないのですか?』

『うむ、私は母上のような女になりたい。母上もわけあって、私が女になる事を望んでおられる』


 そうだったのか。それは知らなかった。

――ああ、だから、どちらかと言うと女っぽいのか。


 ちなみに母上とは、現魔王ラピス・デ・ラピオスの事である。

 噂によると、とんでもない美人で爆乳らしい。一度見てみたいものである。


『ああ、そうそう。第2試験で殿下に無礼を働いたセレナーデから、謝罪の言葉を預かりました『大変なご無礼、申し訳ありませんでしたと』との事です。彼女は上からの命で、意味も分からず言わされていただけでした』

『……そうか。私は軽率だったな。そなたに感謝を』


 デスグラシアには、明らかに反省の色が見えている。

 正直、フォンゼルやレオンティオスより、よっぽど常識人に思えてしまう。


 本当にこいつは、人類の滅亡を企んでいるのだろうか?


 そんな事を考えている内に、デスグラシアは、いつの間にか浴場から姿を消していた。


     *     *     *


 翌日の学生食堂で、その事件は起きた。


「きゃあああっ!」

「何をするか貴様!」

「おのれ、魔族め!」


 俺はその光景を見て、自分の眼を疑う。


 デスグラシアが、食べていたスープをセレナーデにぶっ掛けたのだ。

 俺は急いで現場に駆け付けた。


「一体どうした!?」


『謝罪の言葉は嘘だった! この女は再び母上を侮辱した!』


 デスグラシアは完全に怒ってしまっている。


『お待ちください殿下! セレナーデと話をさせてください!』


 俺はハンカチでセレナーデの髪を拭いながら、問いかける。


「セレナーデ。魔王太子は、君が魔王陛下を侮辱したと言っている。本当か?」

「いえ、違います! 私は謝罪をしただけです! やはり、自分で言うべきかと思ったので……」


 どちらかが嘘をついている? ……いや。

 俺はデスグラシアの隣に座っている、通訳のババアを見た。


 ババアは俺から目を逸らす。


『殿下。魔王陛下への侮辱の言葉は、セレナーデが魔族語で言ったのですか?』

『いや、通訳から聞いたのだ!『お前の母は誰にでも股を開く。お前には淫売の血が流れている』とな!』


『殿下。彼女はこう言っていませんでしたか? 「大変なご無礼、申し訳ありませんでした」と』

『む……はっきりとは分からぬが、そのように聞こえた感じはする……』


 俺は通訳のババアを睨みつける。


「これは一体どういう事か?」

「え、えっと、もしかしたら解釈を間違ったかもしれませんね。おほほほ……」


「間違っただと? 下手をすれば、外交問題に発展する事態だぞ? 処刑されても文句は言えないな?」

「ひえ! あの、その……」


 ババアは冷汗をハンカチで何度も拭き取る。


『殿下、通訳のミスです。代えた方がよろしいかと』

『そうだったのか……また私は、軽率な振る舞いをしてしまったようだ。彼女に謝罪したい』


『では、私から伝えておきましょう』

『いや、私の誠意を示したい。人間の言葉で伝えよう。――教えてくれるか?』


 俺はデスグラシアの言葉に驚き、そして快く了承した。

 周りの怒り狂う生徒たちを落ち着かせてから、デスグラシアに言葉を教える。


 デスグラシアはセレナーデの前に立った。


「ゴミンナサイ」


 デスグラシアが深く頭を下げたのを見て、セレナーデは目を大きく見開いた。

 周りの者達も、固まっている。


「い、いえ、お構いなく……」

『セレナーデは殿下の謝罪を受け入れました』

『良かった……ニル、そなたに感謝を』


 デスグラシアは両手で俺の手を握った。

 彼女が俺の名を呼んだのは、これが初めてだ。――ん? 彼女?



 まあともかく、最悪の事態は回避する事ができた。

 まったく……入学早々に、こんなピンチを迎えるとは思ってもいなかった。今デスグラシアが覚醒したら、秒殺されるんだぞ。



 その後、通訳のババアはクビになり、別の男がやって来た。

 今度はまともな奴だといいのだが。


 ちなみに、デスグラシアに手を貸した事を、リリー達に責められるかと思ったが、魔族語の分からない彼女達には、俺がデスグラシアに頭を下げさせたように見えたらしい。

「よくぞ、やってくれました!」とお褒めの言葉をいただいてしまった。

 このまま誤解させておいた方が好都合なので、「光栄です」と言っておく。



 そして、セレナーデは感謝のしるしとして、俺に食事を奢ってくれた。

 それも一度だけでなく、何度もだ。


 俺はいつの間にか、セレナーデと一緒にいる事が多くなっていた。

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