第8話 入学試験・武術編
二つ目の試験は、武術試験だ。
受験生が一対一で戦い、その内容を評価される。
当然勝利した方が高得点なのだが、負けても内容が悪くなければ、それなりの点数は貰えるらしい。――もちろん身分補正を受けるのだろうが。
対戦相手は学院側がくじ引きで決めたと言っているが、どう見ても仕込みだろう。
王族たちの相手は、比較的弱い連中ばかりだ。
フォンゼルはあっさり勝ち、接近戦は得意でないはずのリリーも勝利を収めていた。
「9試合目、レオンティオス・キャルタンソン対ニル・アドミラリ」
キャルタンソン侯の長男レオンティオス。魔法は得意ではないが、クラスで最も武術に秀でた男だ。――もちろん俺とデスグラシアは除いてだが。
貴族の癖にあまり品性がなく、事あるごとに俺を馬鹿にしていた。
この第2試験でも、開始前に散々コケにしてくるはずなのだが……。
俺はレオンティオスを見た。
木の両手剣をきつく握りしめ、体を強張らせている。
今回は何も言うつもりはないようだ。
(ふふっ、少しやりすぎたか。こいつは案外度胸がないからな)
「――それでは始め!」
「うおりゃあああああ!」
レオンティオスは豪快な上段切りを放って来た。
――ぽーん。
両手剣がくるくると宙を舞い、地面に落ちた。
俺は奴の喉元に木剣を突き付ける。
「レオンティオス卿、勝負ありです」
「え……あ……あ……」
まだ何が起こったのか分かっていないようだ。
奴の剣は俺に弾かれ、飛ばされた。もう戦う事はできない。
「レオンティオス卿、降参を」
「あ、え……ま、参った」
受験生達はポカンと口を開けて、静まり返っている。
そうなるのも無理はない。はるか東方の国、ヒノモトの剣術など見た事が無いのだから。
「しょ、勝者ニル・アドミラリ……」
俺はさっさとその場を後にすると、木剣を元の場所に返し、ベンチに腰掛けた。
「君、すっごいねー! 今の何!?」
ベレー帽を被り、腰にカタナを差した、茶髪の女の子が話し掛けて来た。おっぱいがでかい。
彼女はクーデリカ・コールバリ。タルソマ公国、コールバリ公爵の次女だ。でかいおっぱいが特徴である。
つまりタルソマ公国の第二公女。3番目の大物だ。
御覧の通りあけっぴろげな性格で、平民の俺にも気さくに話し掛けてくる。
唯一普通に会話ができるクラスメイトで、おっぱいもでかく可愛い子だ。
「レオンティオス卿の剣を弾いたのです。クーデリカ公女殿下」
「あれー? よく分かったねー! クーデリカでいいよー!」
最初の頃は、こういった細かいところにも配慮し、一々「あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」と尋ねていた。
だが、結構適当にやっても問題ない事が分かってからは、かなりガバガバだ。
というより、俺が死に戻りしている事に気付いてくれないかなと思い、わざとヒントを出している。
ちなみに、死に戻りの呪いが掛けられている事は、伝える事ができない。
それを言おうとすると、言葉が出なくなってしまうのだ。
また、LV9の鑑定士に俺を見てもらった事があるが、死に戻りの呪いがある事は見えていなかった。
どうやら、他人には分からないようになっているらしい。
「では、これからよろしく。クーデリカ」
「あはは! すっごーい! もう受かった気でいるんだねー!」
「ははは、まあね。――さあ、最後の試合が始まるみたいだよ」
「10試合目、デスグラシアとセレナーデ・アンダーウッド」
デスグラシアと、水色の長く美しい髪を持つ、侯爵令嬢のセレナーデ・アンダーウッドが、向かい合う。
この時、確かセレナーデがデスグラシアに何かを言うんだよな。
前回はうまく聞き取れなかったが、今回は聞こえるかもしれん。
俺はスキル兎の耳を使用した。
『貴様・母親・売春婦・淫売』
セレナーデの奴、魔族語でこんな汚い言葉を吐いていたのか……! 一体誰から教わったんだ?
デスグラシアの目つきが変わる。
当然怒るだろう。魔族は一族に対しての侮辱を、絶対に許さない種族なのだ。
『許さぬ……! 母上を侮辱した罪、貴様の命で
セレナーデは無反応だ。どうやらデスグラシアが何と言ったのか、分からないようである。
という事は、魔族語を理解している訳ではないのか。
スラングだけ知っている……いや、本人は意味すら分からず、言わされているだけの可能性もある。
彼女は侮辱の言葉を、困り顔で吐いていたからだ。他人を蔑む時の表情ではない。
「――それでは始め!」
『死ね!』
デスグラシアは一気に間合いを詰め、強烈な打ち落としを浴びせる。
一発でセレナーデの木剣が弾き飛ばされた。
「こ、降参です!」
「勝負あり! そこまで!」
『黙れ!』
デスグラシアはセレナーデの肩を打ち付けた。
「あああああああ!」
セレナーデの鎖骨が折れた。
「よさぬか! もう決着はついた!」
通訳がそばにいないので、審判の言葉はデスグラシアには伝わらない。
だが、この状況を考えれば、何を言われているかは想像がつくはず……なのだが。
デスグラシアは再び剣を振り上げた。
「やめい!」
『この女は殺す!』
この後、試験官が止めに入るけど、さらにもう一発食らわせて、完全に他の生徒と敵対する訳だ。
もうこの時点で、お互い憎しみがマンマンになっちゃうんだよな。
うーむ、一応止めておくか? セレナーデが可哀そうだしな。
どうも言わされているだけっぽいし。
『殿下、お止めください! セレナーデは、誰かに言わされただけです! 本人は言葉の意味も分かっていません!』
デスグラシアの動きがピタリと止まる。
そして、目を見開きながら、ゆっくりと俺の方を見た。
「救護班! すぐに治療を!」
セレナーデが場外へ運ばれ、回復魔法を掛けられる。
「デスグラシアは降参後に攻撃した為、失格! 勝者セレナーデ!」
『あなた・失格・理由・反則・勝者・セレナーデ』
ようやく通訳が仕事をした。今まで何していやがったんだ、このババアは?
デスグラシアは不満気な表情で闘技場を出ると、まっすぐ俺に近づいて来た。
『……お前は魔族語を話せるのか?』
そういや魔族語を話せるようになってから、勇者学院入学ルートは来たことがなかったな。
ゴリマッチョじゃないデスグラシアと会話するのは、これが初めてだ。
『ええ、知り合いの魔族に教わりました』
奴隷になった時に、同じ牢屋にぶち込まれていた。
あいつには色々と世話になった。言葉だけでなく、魔族の文化や風習まで教えてくれたのだ。
おそらく俺は、もっとも魔族に詳しい人間だろう。
デスグラシアの顔がぱっと明るくなる。――あれ、こいつ笑うと結構可愛いな。
『本当か!? お前には、魔族の知り合いがいるのか!?』
『はい。と言っても、今は会えないのですが』
当然だ。あいつは現時点ですでに、ガルギア魔王国の地下牢に囚われているのだ。
『そうなのか……しかし、お前の魔族語は実に
『かなり必死に勉強しましたので』
魔族語を覚えないと、奴隷使いの命令が分からないのだ。
奴等の命令に従わないと、それはもうたっぷりと痛めつけられるので、当然必死になる。
『我等魔族の言葉を学んでくれた事を嬉しく思う。――お前の<邪炎>見事だった。ではさらばだ』
デスグラシアはどこかへと去って行った。
ん? こいつ、意外にいい奴なんじゃないか? ……いや、惑わされては駄目だ。
奴は母親と共に卒業式の会食で、王族を皆殺しにしようとするのだから。
「奴等は、その計画をすでに始動していると俺は考えている」
王族や大貴族は15歳になったら、ここケテル・ケロス勇者学院に入学させる習わしがあるが、強制ではない。
よほどの理由がない限り、敵地と言っても良い場所に、自分の子供を単身で送り込むような真似はしないはずである。
「つまり、王族暗殺の下準備をおこなう為に、この学院に入学してきたという訳だ」
標的の戦闘能力や性格、行動パターン、弱点などを探るつもりなのだろう。
全寮制であるこの学院は、それを探るに最適な環境だ。
俺は一瞬デスグラシアに気を許してしまった自分を恥じ、今一度自分の使命を胸に強く刻んだ。
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