第9話 最終試験(クリア済み)

「最終試験の内容を発表する! 虹色の魔石を取ってくれば合格だ! この地図に示した場所に、魔石を隠しておいた! だが、入手さえすれば、手段は問わない! 期限は1週間だ! それでは始め!」


 つまり、金で購入しても言い訳だ。

 王族、大貴族は超有利、平民は超不利な試験である。


 しかも王族や一部の大貴族達には、この試験内容が事前に伝わっているらしい。

 フォンゼル達は、すでに魔石を入手しており、部屋に保管しているようなのだ。

 それを持って来れば、奴等は試験終了である。



 受験生達は、一斉に校門から外に出ていく。

 トップの連中は部屋に魔石を取りに、そうでない連中は知り合いの商人に会いに行くのだろう。

 地図を見ている者など1人もいない。


「……どうした? ニル・アドミラリ? 諦めたのか?」

「いえ、もう完了したんです。――はい、どうぞ」


 俺は虹色の魔石を試験官に渡した。


「え……?」

「じゃあ、結果発表の日にまた来ます。――では!」


 俺はにこやかに手を挙げて、勇者学院の門をくぐった。



「さて、まずは今日の宿を探すか……」


 勇者学院は全寮制だが、入学するまでは自分で宿を確保する必要がある。

 俺は標準レベルの宿屋を探す。


「今回は、また別の宿屋にしよう」


 宿屋を変える事で運命が変わる事もある。

 思いがけない幸運が舞い込む事もあるので、色々と試した方が良いのだ。


「おいすー!」


 俺は気さくな挨拶をかまし、宿屋へと入る。


「……お?」


 丸テーブルの前にデスグラシアが座り、地図を睨んでいる。


 あいつ、こんな安い宿屋に泊まっているのか? 仮にも王太子だぞ?

 いや、そうか……高級な宿屋は、魔族の宿泊を断るのかもしれないな……。


 しかし、地図を見ているという事は、虹色の魔石を用意していないのか?


 デスグラシアの隣では、通訳のババアが暇そうに茶をすすっている。

 あのババア、ちゃんと試験官の話を伝えたのだろうか?


――まあいいや。どうせ合格するんだし。


 どうやって入手するのかは知らないが、入学は確実なのだ。

 奴が試験に落ちた事は一度もない。



 俺は宿屋のカウンターに向かう。


「いらっしゃいませ。何泊されますか?」

「6泊で頼みます」


 俺は金を支払い、カギを受け取る。


「この宿屋は魔族を受け入れるんですね」

「申し訳ありません……」


「いや、別に責めてる訳じゃないですよ。単なる好奇心で聞いただけです」

「それは良かった! ……実はここだけの話、10倍の料金を払うと言われたのでね……本当は魔族なんか泊めたくありませんが、10倍ときちゃあ、ねえ……?」


 なるほど、そういう事か。

 俺はうなずき、階段に向かう。



『――先程の魔族語を話せる人間ではないか。随分と余裕そうだな?』


 デスグラシアが俺に気付き、話し掛けて来た。


 こいつって、結構自分から話し掛けてくるんだな。

 今まで通訳以外、誰とも口を利いたところを見た事がなかったのだが。


『ええ、もう終わりましたので』


 デスグラシアと通訳が目を丸くする。

 デスグラシアは俺が試験を終えた事に、通訳は俺の魔族語に驚いているのだ。


『お前の家は大商家なのか? 魔石はかなり高価な代物だと聞いているぞ』

『いえ、農民です。ここに来る前に立ち寄った迷宮で、手に入れたのです』


 あえて正直に話すストロングスタイル。俺はこのやり方を結構気に入っている。


『まさかその迷宮とは、この地図に記されている場所か?』

『そうです。殿下は、迷宮に行くおつもりですか?』


『うむ。私はこの地の商人と繋がりを持っていないからな。仕方あるまい』


 デスグラシアには、試験内容が伝えられていなかったのか。

 じゃあこいつは、自力で魔石を取って来ていたという訳だ。


『そう……ですね……では失礼します』

『うむ。さらばだ、人間よ』


 一瞬、こいつに嘘の場所を教えたら、入学を防げるのではと考えた。

 しかし、最終試験の成否に関係なく、試験に合格するかもしれないので、余計なことはしない方がいいだろう。

 現時点で恨みを買うと、あっさり殺されてしまうからだ。



 俺は部屋に入り、ベッドに寝転ぶ。


「さすがに疲れたな……」


 この10日間で、ベッドで眠れたのは3回だけ。疲労は溜まりに溜まっていた。



 デスグラシアの奴、本当に迷宮に行くつもりなのか?

 他の受験生を襲って、魔石を奪うくらいの事はやりそうなのだが……今は軽はずみな行動は控えるようにしているのだろうか?


 そんな事を考えている内に、俺は意識がなくなっていくのを感じた。




――コンコン。

 ノックの音で、俺は飛び起きる。――誰だ?


 俺は感知のスキルを使う。


――ドアの向こうには、女が1人……だけか。ただし、隠密LV9の奴がいなければだが……。


 最大限の警戒を払いつつ、ドアを開ける。


『――デスグラシア殿下!?』


 俺の全身の毛が逆立つ。

 しまった! 今のコイツは女と間違える程、華奢きゃしゃだったんだ!


『驚かしてしまったようだな。許せ』


 なんだ? 俺を殺しに来た訳ではないようだが?


『……何の用でしょうか?』

『うーむ、えーっとだな……』


 デスグラシアは、恥ずかしそうに前髪をいじり始めた。――結構可愛い。


 この頃のデスグラシアは、髪も長くどちらかと言えば女っぽい。

 学生生活を送るうちに、髪はどんどん短くなり、仕草も男っぽくなっていく。


 そして覚醒すると、今の姿からは全く想像できない程のゴリマッチョになるのだ。


『もしかして迷宮の場所を聞きに来たのですか?』

『うむ……まあ……そんなところだ……』


 デスグラシアの頬が赤く染まる。――可愛い。でもこいつは女じゃないし、人類の敵なのだ。気を許してはいけない。


『自分の力のみで達成しないと、意味がないと思いますが?』

『……確かにそうだな。許すが良い。――では、さらばだ』


 デスグラシアは1階に降り、宿屋を出て行った。

 何か別の当てを探しに行ったのだろう。


「あいつと一緒に迷宮に行ったらどうなるんだろう? もし、100周目が来てしまったら、試しにやってみるか? ははは!」


 無論そうならない事を祈る。何としてでも、今回で大往生を迎えるのだ!

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