第7話 入学試験・魔法編

 9日目、俺はとある迷宮に潜っていた。


「せいっ! せいっ!」


 俺は街で買ったミスリル製のツルハシで床を掘っている。

 採掘スキルLV9と、強力なツルハシがあれば、石の床もザクザク掘れる。


 ボコォッ!

 完全に床に穴が開いた。


「とおっ!」


 俺は穴に飛び込み、再び床を掘り始める。


 この迷宮には、さほど強い魔物はいないのだが、普通に攻略すると丸一日かかる。

 それでは入学試験に間に合わないので、こうしてズルをしている訳だ。


 ボコォッ!

 また地面に穴が開いた。


「とおっ! これで地下50階到達!」


 部屋の真ん中には、あからさまに宝箱が置かれている。

 これを素直に開ける馬鹿は、さすがにいないだろう。


 俺は落とし穴を避けながら宝箱に近付き、仕掛けられていた罠を解除する。


「第10チェックポイント到達! これですべて達成!」


 俺は宝箱の中から虹色の魔石を取り出し、バックパックに入れた。


「<飛翔>」


 俺は天井の穴を超え、上の階へと戻って行く。


 もっと魔力が高ければ、一気に地下1階まで戻れるのだが、今の俺では数階ずつといったところだ。



「よっしゃあ! あとは勇者学院を目指すのみ!」


 俺は王都ケテル・ケロスを目指し、元気よく駆けて行った。




――ケテル・ケロス勇者学院。


 勇者育成機関として、最大最高の施設だ。

 基本的には王族、侯爵位以上の大貴族しか入学できず、それ以外の者が入るには、きわめて厳しい試験を通過する必要がある。


 その為、ほとんどの者は、地方の勇者学院に入学する事となる。

 ルーチェ達も、地方勇者学院に向かう最中だった。

 あの静かな湖畔から、2日ほどの距離に学院があるのだ。


 勇者学院を卒業する事で、勇者としての資格を得る事ができる。

 つまり厳密に言えば、あいつはまだ勇者ではない。勝手に自分で勇者と名乗っているだけだ。


「今思い出したけど、あいつ等との旅って、村から地方勇者学院までの2か月間だけなんだよな。そりゃ思い出に残ってない訳だわ」


 もうすぐ目的地というところで追放。本当あいつ等の性格の悪さがよく分かる。


「でも追放されたところで、普通に入学試験受けられるし、合格もできるんだよな……」


 パーティー追放といっても、何か法的措置がなされる訳ではない。

 一アトラギア王国民として、地方勇者学院の試験を受ける権利は持ったままなのだ。


 実際俺は、何度か地方勇者学院に入学した事がある。

 追放したはずの俺が、同じクラスにいると知った時のあいつらの表情は、最高だった。


「まあ、あいつ等は、俺がひざまずく姿が見たかっただけだからな。あんまり深く考えていなかったんだろう。全員馬鹿だからな」


 聖女が性女である事を知ったのも、地方勇者学院に入学した時だ。

 あいつは、成績上位者の男とすぐに関係を持ち、クラス中の女達から嫌われていた。その事を知らないのは、アホなルーチェだけである。


「しかし、あんな馬鹿な連中が、よく護衛官に選ばれたよな……」


 これは未だに謎である。

 国王達の身を守るには、腕っぷしだけではなく、高い知能も必要となるからだ。


 一緒に学園生活をエンジョイしたから知っているが、あいつ等は1年経っても馬鹿のままだ。

 筋力や魔力はメキメキ伸びるが、知力は全く上がらない。完全な脳筋なのである。



 10日目の朝、俺はケテル・ケロス勇者学院の門をくぐり、一般人用の受付へと向かう。


 順番待ちの者はいない。

 誰も受けようとする者がいないからだ。今回も平民で入学試験を受けるのは俺だけだろう。


 大あくびをしていた受付嬢が、俺に気付きハッとする。


「ま、まさか、入学試験をご希望ですか!?」

「はい。ニル・アドミラリ、15歳。オイモ村出身。オールラウンダーです」


 周囲にいる者達が、俺を一斉に見る。彼等は全員王族か大貴族だ。

 一応彼等も入学試験を受けるのだが、ほぼ確実に合格できる。彼等には、審査基準が激アマになるからだ。


「おいおい……平民が来たぜ……」

「頭おかしいのか?」

「受かる訳ないのにね。仮に受かったとしても、お金ないでしょうに」


 大貴族達たちがざわめく。

 その中で、1人黙って静かに俺を見ている者がいる。


 アゴまで伸びた黒い艶のある髪と、ルビーのように真っ赤な瞳。

 人間より長くとがった耳に、美しく透き通るような白い肌を持つ美人。魔王国王太子デスグラシアだ。


 そばには、アトラギア王国が用意した通訳の婆さんが立っている。



 奴は俺と目が合うと、すぐに視線を逸らした。


(今度こそ、お前を倒すぞ……! デスグラシア……!)




「それでは魔法の試験を開始する。呼ばれた者は円の中に立ち、水晶に魔法を放て」

「はい!!!!」


 デスグラシア以外の受験生全員が、試験官に返事をする。


「まず1人目、フォンゼル・エルベアト・ポレーレン。ロード」

「うむ」


 まさか1人目が、この男だとは思わなかったのだろう。受験生達がざわつく。


 フォンゼル・エルベアト・ポレーレン。この国の第一王子。

 つまりアトラギア王国の次期国王である。


 アトラギア王国は、この大陸で最も強い力を持つ国だ。

 その力関係は、この学院内でも誇示され、フォンゼルに逆らえる者はいない。



 フォンゼルは堂々とした立ち振る舞いで、白く描かれた円の中に入る。

 そして、手のひらを水晶に向けた。


「<雷撃>」


 フォンゼルの手から雷が放たれ、水晶を直撃する。


「116ダメージ」


 受験生達が大きな拍手をする。3桁ダメージは中々出せるものではないのだ。



 御覧の通り、第1試験は魔法ダメージの測定だ。

 これが一定以上ないと、失格となるらしい。


「2人目、リリー・ファン・シェインデル。ハイプリーステス」

「はい」


 2人目の大物、リリー・ファン・シェインデル。リスイ聖王国第一王女。

 性女アーテルとは違い、本物の聖女である。


 金髪碧眼の絵に描いたような、可憐なお姫様だ。

 慈悲深い心の持ち主で、平民である俺にも平気で声を掛けてくる。クラスの女子達のリーダーだ。


「<聖雷>」


 白い稲妻が水晶を撃ちぬく。


「145ダメージ。お見事」


 リリーの魔力は現時点で98だ。次点のフォンゼルで75だという事を考えれば、彼女がどれ程の才能の持ち主かは想像つくだろう。


 受験生から大歓声が沸く。敗れたフォンゼルも、まったく悔しがる素振りを見せず、彼女に拍手を送る。

 まあそれは、あいつの心が広い訳ではなく、リリーに気があるからなのだが。




 その後も試験は続いたが、最高でも90ダメージ程で、フォンゼルとリリーの記録を超える者はいなかった。


――そして残り2名となる。


「19人目、デスグラシア。ダークロード」

『はい』


 魔族語が分からなかった時は、何て言っていたのか分からなかったが、改めて聞くと、あいつちゃんと返事していたんだな。


 ちなみに、俺がどうやって魔族語を学んだかと言うと、60周目で魔族どもの奴隷にされた時だ。

 魔族には基本殺されてしまうので、これは珍しいパターンだった。

 殺された方がマシというくらい辛い人生だったが、得た物は大きい。次の周で、とある魔族から暗黒魔法を教わる事ができたのだから。


 デスグラシアは円の中に立つ。

 そして、パチンッと指を鳴らした。


 水晶の影から漆黒の槍が伸び、水晶を突き刺した。

 これは<影槍>の魔法である。対象の影から槍を放つ暗黒魔法だ。


 影がないと使えないのだが、至近距離から放たれるこの槍を回避するのは難しい。

 向きによっては、背後からの不意打ちになるので、強力な魔法である。


「193ダメージ。1位更新」


 デスグラシアの魔力は122。この結果は当然だ。まさに破格の強さである。

 大幅な記録更新だが、誰も拍手はしない。全員押し黙ったままだ。

 フォンゼルなどは、デスグラシアを睨みつけている始末である。


 現在、人間達と魔族は平和条約を結んでいるが、過去に何度も争った歴史がある。

 その溝は深く、互いに嫌い合っているのが現状なのだ。



「20人目、ニル・アドミラリ。オールラウンダー」

「はい!」


 さて、ようやく出番が来たぞ。


 ここはちょっと悩みどころである。

 護衛官に選ばれる為には、良い成績を残し続けなければならないので、当然1位を狙った方が良い。


 しかし、フォンゼルに目を付けられると色々と嫌がらせを受けるので、学生生活前半は平凡に過ごすというのも手だ。さて、どうするか……。


「――よし! 今回は、デスグラシアに一発かますとしよう!」


 ニヤニヤと笑う受験生達の前を通って、俺は円の中に入る。

 そして、手のひらを下に向けたまま、右手を前に突き出した。


 受験生達のほとんどは、頭にハテナマークを浮かべたような顔をしているが、リリーとデスグラシアだけが真剣な眼差しを向けてくる。


 俺は手のひらを上に返し、クイッと肘を曲げた。


 ゴオオオオオオオオオッ!!

 水晶の下から、黒い炎の龍が立ちのぼる。


 その迫力に受験生の何人かが尻もちをついた。


 この魔法は<邪炎>。最高位の暗黒魔法だ。

 まだ魔力が低いせいで、龍のサイズは小さかったが、それでも受験生達の度肝を抜かせるには十分すぎたようだ。


 フォンゼルも完全にビビっている。これだけ怖がらせておけば、俺にちょっかいを出す事もないだろう。



「ニル・アドミラリ……に、258ダメージ……」


 この学院の最高記録は203ダメージ。俺はそれを軽々越えてしまった。


 それだけのダメージが出せるのなら、今すぐデスグラシアに撃ち込まんかい! と思うだろう。だが残念。奴に暗黒魔法は効かないのだ。


 俺はデスグラシアを見る。

 奴と完全に目が合った。さすがに驚いたようで、目を大きく見開いている。


(今のは、俺からの宣戦布告だ!)


 俺は奴から目を逸らさないまま、その場を後にした。

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