第2話 99周目、魔王討伐タイムアタック開始

「ニル・アドミラリ、今日限りで、お前をこの勇者パーティーから追放する!」

「あっちゃあ……」


……やってしまった。今のは完全に俺の油断だ。97周目の時の感覚で動いてしまっていた。


 俺の胸を貫いたのは、聖女の<聖雷>だろう。

 剣聖と呼ばれていた時の俺なら、ほとんど無効化していただろうが、今の俺は弱いのだ。簡単に殺されてしまう。


「なんだ、『あっちゃあ……』って! ずいぶん軽いな!」

「ああ、すまんすまん。――よし、追放だな。じゃっ! 性女とよろしくやってくれ!」


 俺はにこやかに笑い、走り去ろうとする。


「ま、待て! ニル! お前、僕と彼女の関係を知っていたのか!」

「ああ、昨晩もテントで励んでいたみたいだな」

「えぇ!? ニル君知ってたのぉ!? 何それ、つまんなぁい!」

「ちょっとルーチェ! 全然話が違うじゃない! こいつの悔しがる姿が見れるんじゃないの!?」


「ちくしょう! 追放された挙句、婚約者を寝取られたというのに、何なんだこの余裕は!?」


 あ、思い出した! こいつ等って、俺が弱くて邪魔だから追放した訳じゃなくて、俺が惨めにひざまずく姿を見たいだけだったんだ。――なんか、腹立ってきた。


「クソ! こうなったら、手足を斬り落として、力づくで這いつくばらせてやる!」


 ルーチェが剣を抜いて、襲い掛かって来た。――え? 手足を斬り落とすってマジ? こいつって、こんな悪党だったっけ?


「死ねええええ! ニル――」

「<死与>」


 バタッ! ルーチェが倒れる。

 現時点でのこいつ等は、装備がまだ弱く、即死耐性をまったく持っていない。

 今の俺の魔力でも、確実に即死させる事ができる。


 ちなみに、この魔法は本来魔族しか使う事ができないが、オールラウンダーのおかげで習得する事ができた。


「きゃあああ! よくもルーチェ君をぉ! <聖」

「<死与>」


 バタッ! 聖女が倒れる。

 こいつ、俺を殺す事にまったくためらいがない! 本当に元婚約者なのか!?


「死になさい! <火」

「<死与>」


 バタッ! <火柱>を唱えようとしていた、大魔導士の女が倒れる。名前は思い出せない。

 何で俺は、こんな連中と一緒にいたんだろうな? 魔物より、アグレッシブに俺を殺そうとしてきたぞ。


「正当防衛だよな……しかし、こいつ等の死が悪影響を与えなきゃいいんだが……」


 何周もしてると分かるが、ほんのちょっとした行動が、後に大きな影響を及ぼしてくる事がある。人の生き死になどは、その最たるものだ。



「まあ、やっちゃったもんはしょうがない……じゃあ遠慮なく頂いていきまーす」


 俺は3人から金目の物を奪い、遺体を一か所に集める。


「<獄炎>……あれ、出ねえ。魔力が足りないのか。――じゃあ<火柱>」


 小さめの火柱が3人の遺体を燃やす。今の俺では、この程度の威力しかだせないのだ。早期に魔力を鍛える必要がある。

 なお、火葬した目的はゾンビ化を防ぐためだ。このまま放置すると、旅人を襲う恐れがある。



「――じゃあ、いきますか。<耐水><呼吸><発光>」


 火葬を終えた俺は、荷物を濡れから守る魔法と、水中呼吸と照明の魔法を唱えてから、ザブザブと湖の中に入って行く。


 これが最も効率の良い、勇者学院入学ルートなのだ。


 俺は湖の底を歩き、沈んだ神殿へと向かう。最初の目的地はここだ。


「そろそろだな。――<死与>」


 そのまままっすぐ進み、神殿の中へと入る。

 柱の影で、巨大な魚型の守護獣が死んでいた。


「初めてこいつに食われたのは36周目……いや、37周目だったかな?」


 水中呼吸の魔法を習得した次の周、試しに入ってみたこの湖で神殿を見つけた時は、めちゃくちゃテンションが上がった。

 だが、その数秒後にこいつに食われて死ぬ。動きが早すぎて、何もできないままバクリだ。


 次の周では、遠距離から雷撃魔法を撃ち込んでみたが、初期能力値では、こいつを仕留める事はできなかった。またバクリである。

 結局65周目で<死与>を習得するまで、倒す事はできなかった。



「――よし、第1チェックポイント到達!」


 俺は祭壇に置かれていた指輪を取り、指に嵌める。

 この指輪は『早熟の指輪』と言って、基本能力値の成長速度を高める効果がある。


 俺の場合、これを付けて、ようやく人並みといったところだ。

 66周目からは、どのルートでも毎回取得している。


 俺は神殿を出て、北の方角を目指して進み、湖から上がる。


「<強風>」


 風で濡れた服を乾かすと、俺は小さな道を進む。この先に第2チェックポイントがあるのだ。



 あった。小さな山小屋だ。そろそろ彼女が来るだろう。


「――すみません! 山賊に襲われて父がケガをしたんです! 助けてもらえないでしょうか!?」


 1人の少女が山小屋の方から走って来た。


「オッケー! 俺の<治癒>で治してあげるよ!」

「ありがとうございます! こっちです!」


 優しそうな顔をした女の子は、山小屋に向かって走って行く。


「<死与>」


 バタッ! 女の子が倒れる。


 こいつは山賊だ。あの山小屋の中は、こいつの仲間が獲物を待ち構えている。

 4周目で、これに引っ掛かって殺された。


 俺は山小屋に近付きながら、魔法を唱える。


「扉の近くで隠れている2人に<死与><死与>。あと、奥の部屋にいる親分にも<死与>」


 山小屋の扉を開ける。

 両脇に2人の男が倒れており、そばには鉄のオノが落ちている。

 俺はそれを拾い、バックパックの中にしまった。


 廊下を進み、奥の部屋に入る。

 山賊の親分がテーブルの上に突っ伏していた。酒を飲んでいるところだったのだ。


<死与>は対象の姿が見えていなくても、存在を認知していれば有効となる。敵の配置が分かっている俺にピッタリの魔法だ。


「よし、第2チェックポイント到達!」


 俺は山賊の親分が持っていた、ツバメの盾を拾い背負う。

 この盾は、自動的にスタミナを回復してくれる効果を持つ。


 これで俺は、ずっと走り続けられるようになり、次の目的地に早く到達する事ができるようになった。

 しかも、走る事で持久力も伸びるので、一石二鳥である。

 いや、このままこいつ等を放っておけば、他の犠牲者がでるので、三鳥か。



「さて、次の目的地へ出発だ!」


 俺は茂みに隠れている魔物や野盗を、気付かれる前に<死与>で始末しながら、いくつもの山を越えていく。

 燕の盾がなければ、数日はかかる行程を1日で終え、丁度良い頃合いでキャンプの準備を始める。



「――あいつ等の火葬に少し時間がかかったから、ちょっと遅れているかな。まあ、これくらいなら問題ないだろ」


 何周もしていると、時間がいかに大事かが分かる。

 10分遅れただけで、運命が変わってしまう事もあるのだ。

 俺の力となってくれる人を、それで失ってしまった事が何度もある。



「――よし、できた!」


 俺は3人と山賊から頂いた食材を調理した。

 スプーンですくい、口の中へと運ぶ。


「うん、うまい!」


 俺の料理は王宮に出しても問題無い。料理のスキルも極めているからだ。

 もちろん道楽の為ではない。魔王デスグラシアを倒す為だ。


 49から54周目で錬金術をマスター、55から58周目で料理をマスターした俺は、59周目で勇者学院の調理師となる。

 そして、無色透明・無味無臭の超強力な毒を料理に混ぜて、魔王デスグラシアに提供したのだ。


 奴の鑑定LVでは、毒を見抜けないはずだったのだが、結果は見事に失敗。


「あいつ、めちゃくちゃ騒いでたよな。ははは!」


 どうも、魔族の眼には無色透明に映っていないらしい。

 当時の俺は、まだ魔族語を覚えていなかったので、奴が何と言っていたのかは分からなかったが、ブチギレているのだけは確かだった。


 俺はあっさり捕まり処刑される。



 もう分かっただろうが、覚醒前の魔王デスグラシアは勇者学院にいる。

 各国の王子や大貴族たちと共に、勇者となる為の学問を学んでいるのだ。そう、彼もまた魔王国の王子なのである。


 つまり現段階では、人間と魔族は争っていない。

 お互い嫌悪感は持っているものの、一応の平和は保たれているのだ。


 しかし、1年後の卒業式の日、各国の王と王子たちとの会食で事件が起きる。

 デスグラシアと、その親である現魔王が本性を現し、王たちに襲い掛かるのだ。



「やっぱルーチェ達を殺したのはマズかったか……? しかし、峰打ちにできるほどの余裕はなかったしな……」


 その襲いかかってきた魔王を撃退した者こそが、勇者ルーチェなのだ。

 ルーチェ達はこの王国の宰相さいしょうに雇われ、会食時の護衛官の任に就いていた。


 彼の活躍により、現魔王は討ち取られ、後の魔王となるデスグラシアは捕らえられる。――だが、今回はいない。



「――まあ、いいか。その分、俺が頑張ればいいだけだし。……そういえば、ゴリマッチョになる前のデスグラシアは、結構可愛い顔してるんだよな」


 美少年とも美少女とも、どっちともとれる見た目だ。

 それもそのはず、デスグラシアは現時点で男でも女でもない。中性なのだ。

 魔族は強い感情によって男か女に覚醒し、真の力を得る。ちなみに女になった姿は一度も見た事がない。


「奴がゴリマッチョになったら、人類滅亡」


 捕らえられたデスグラシアは、1か月後ムキムキのゴリマッチョに覚醒する。

 その強さは桁違いで、最強クラスの勇者達もまるで歯が立たない。


 奴はその怪力で牢を破り、城中の者を虐殺した後、悠々と本国に逃げ帰る。

 そしてその2年後、大軍勢を率いて、この国に攻めてくるのだ。


 こうなってしまうと、どうやっても人類の破滅は避けられない。

 その為、覚醒する前にデスグラシアを倒さなくてはいけないのだ。



「今回はルーチェ達がいないから、俺が護衛官に選ばれやすくなっているはず。これは好都合だ」


 勇者学院入学ルートは、俺が国王達の会食の護衛を務め、そこでデスグラシアを、返り討ちにするルートだ。


 会食まで待つ理由は、単純に今の俺が弱く、勝てる見込みがまったくないからである。デスグラシアは、現時点でも有り得ないくらい強いのだ。

 1年後の卒業式までに、基本能力値をひたすら鍛え上げ、奴より強くなる必要がある。


 そうすれば、ほぼ全てのスキルと魔法をマスターしている俺の敵ではない! ……はず。



 99周目、ニル・アドミラリ。今度こそ寿命を迎える!

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