ある復讐者の物語
「"教授"。」
俺は"教授"に声をかけた。"教授"はこちらを振り返るでもなく俺の声に答えた。
「ん?ああ、すまない。ちょっと今手が離せないんだ。何か用があるなら後にしてくれないかな?」
「いえ…ここで待ちます。」
「おや、そうかい?」
俺は部屋の片隅に置いてあった椅子を持ち出し、腰をかけた。
じめじめとした暗い部屋だった。天井に吊り下ろされたランタンが不気味なほどに光っていたが、それでも何だか暗い印象を持ったのだ。
しばらくして、大きな音が鳴ったと同時に"教授"が振り向いた。おそらく作業を終えたのだろう。
「で、何の用だい?」
"教授"が肩を伸ばしながらそう聞いてくる。俺は椅子から立ち上がり、彼に数歩近づく。
「いえ、ただの報告です。」
「報告?一体何の?」
「少しだけ記憶が戻りました。」
ぴくりと、"教授"の体が震えた。俺はその変化を見逃さない。
「ほう…それは、良かったじゃないか。」
「ええ、"教授"には本当にお世話になりました。記憶が戻ったのもあなたのおかげだと思います。」
俺は"教授"の動作を一つ一つ丁寧に確認する。そこに何か痕跡はないか、丁寧に見ていく。
「それで…どんな記憶が戻ったんだい?」
「ええ。」
"教授"も俺の動作を一つ一つ観察していた。
俺たちは互いに、相手の出方を伺っていたのだ。
俺と"教授"の間に流れていた緊張感は、昨日までの緩やかな関係が終わりを告げつつあることを示していた。
「あなたが俺を襲う記憶ですよ、Mr.フランケンシュタイン。」
俺はもう彼を"教授"と呼ぶことはないだろう。
☆
〈Mr.フランケンシュタインの手記〉
僕はついに発見した。教会について行った研究者を見返すために何年も何年もかけて研究してきた。
この喜びを何と書き示せばいいのか僕はわからない。
この大陸内での堕獣による被害は今も増え続けている。民たちは怯えて星架隊の到着を待つばかり。それでは堕獣の勢力が増えていくばかりだろう。
これからの時代は民たち自身が自衛の力を得るべきなのであり、そのためには廻が使えない民にも使える強力な兵器が必要だ。そう僕は思っていた。
しかし、それが最大の間違いだった。
強力な兵器を作るためには強力な資材が必要であり、それでは民に均等に渡り得ないだろう。
だから僕は考えた。
民の体そのものを強力な兵器にしてしまえばいいと。
そして長年の研究のすえ、僕は廻を使うために体そのものを変化させてしまえばいいと言うことに気づいた。
研究は困難を極めた。特に困難だったのが、研究材料の確保だった。最初は小さな子供から始めた。薬で眠らせて、体を解剖するところから始めた。
廻はどこから放出されるのか?どのような原理なのか?どうすれば廻を使えるようになるのか?
人間を解剖するのは胸が痛むがこれは研究者が背負うべき一種の業だろう。いわば女神が僕に与えてくださった試練なのだ。
そして僕はあることを知った。廻の量は人によって決まっている。そして民の大半は廻の量が少ないがために、鍛えたとしても堕獣には勝てないのだ。
僕は絶望した。ああ、女神よ。僕にどれだけの罪を被されば許してくださるのか。
それでも、僕は諦めなかった。
廻が足りないなら廻を増やせばいい。しかし、廻の保有量は決まっている。要は鍛えるほどに全容量のなかの使える量が増えるだけなのだ。では、どうするか?
他人の廻を移植してしまえばいい。
そこで、新たな疑問を僕の中で浮かんだ。人間が耐えられる廻の最大値はいくつなのか?
それを確かめる機会は意外に多く訪れた。優秀な廻を持つ資材が集まる"スターズ試験"、そこが僕の狩場だった。
強力な受験者たちも周到に用意された計画に基づく周到に用意された環境さえあれば簡単に確保することができた。
暗く、視界の悪い夜。強い麻痺毒をもつ小さな堕獣を放つ。それに対処されれば今度は事前に用意した罠に誘い込めばいい。
最初は二人組、次は一人、その次は五人組、その次は三人と、それからも僕は実験資料を集めて行った。
そして、ある三人組を最後に捕らえた。
結果として、僕の研究は成功した。
受験者たちの死と引き換えに得た大量の廻を、一人の人間へと流し込むことができた。
最後に確保した三人のうちの一人、馬面の男だった。彼は廻の保有量が極端に少なかった。だからこそ、他者の廻と自分の廻が反発することなく、素晴らしいほどに順応することができた。
そして彼は目覚めた。彼は僕の計画通り記憶を失っていた。僕は彼の頭痛をネタに経過観察の約束を結んだ。
彼の戦闘力は想像以上だった。ただの剣を兵器と偽って渡せば人間では考えられないほどの威力を誇った。
僕は、史上最強の生物兵器を作ったのだ。
これを神の偉業と言わずして何と表現しようか?
彼は始まりに過ぎない。
彼は僕の描く平和な世界の架け橋となるのだ。
☆
「震えたよ、この手記を読んだときは。」
俺はMr.フランケンシュタインの手記を揺らしてみせた。
「かすかにだけど…思い出したよ。確かに俺には二人仲間がいた。細身の男と大柄な男だ。名前は覚えてないがそれでも、この心に開いた空虚な穴が彼らが俺にとっていかに大切な存在だったのかを教えてくれる。」
「……迂闊だったな。その手記は肌身離さず持っておくべきだったよ。」
Mr.フランはそう言って笑った。俺は今すぐにでも彼を殴りつけられるほどに殺気を迸らせていた。
「あんたは…ずっと俺を騙していたんだな。」
「そんなもの…騙される方がおかしいだろう。それに食事はちゃんとやった、仕事もやった、寝床もやった。おかげでお前は生活できた。感謝されるべきだろう僕は。」
「…………本気で言っているのか?」
「ああ、本気だとも。本気で君を勧誘している。」
「何?」
バッと、Mr.フランは両手を広げた。
「これは夢だよ、君!最強の君と最強を作り出した天才の僕!!二人が揃えばこの世界を自分のものにすることだってできる!これは確定事項だ!」
まるでミュージカルの主役にでもなったかのように大袈裟な態度で俺に接する彼に、俺は寒気のような気持ち悪さを感じた。
それでもMr.フランは構わずに続けた。
「あとは君がその気になるだけ、覚悟を決めるだけなんだ!だからさぁ!君ィ!僕と天下を取らないか!?」
「……………」
「そうだ!手始めに僕を馬鹿にした教会の研究員を殺しに行こう!その次は王だ!僕を国から追い出したあの堕王!そのあとは…女神だ!女神アンだ!!あれももう古い!僕が新しい神になるべきなんだ!なぁ!君もそう思うだろう。」
溢れんばかりに目をかっ開いたMr.フランを見て、俺は嘆息した。
「ひとつだけ、聞きたいことがある。」
「何だい?」
僕は彼の手記を掌で叩きながら尋ねた。
「お前、何のために廻の研究を始めたんだ?」
手記には確かに書いてあったのだ。年々増加している堕獣被害から、民を守るためだと彼はそう記しているのだ。
Mr.フランは数秒の沈黙の後、その油ぎった頰を動かしこう言った。
「忘れてしまったよそんなもの。」
堕ちたな。俺は拳を構えた。
「Mr.フランケンシュタイン!年は取りたくないもんだなぁ!!!!」
「ふふ、何だい突然?」
僕の叫びに、彼が嘲笑で返してくる。
「神になる妄想をしてしまうほどボケちまうぐらいだったら!美しいまま死んじまいたいっつったんだよ!!!」
Mr.フランの顔つきが確かに変わった。今まで貼り付けていた気味の悪い笑みからもっと気味の悪い真顔に。
「………どうやら死にたいようだな。」
俺は駆け出す。彼の手記を読んで気づいたことがある。俺は最初自分が廻を使えないと思っていた。しかしそれは間違いだった。
俺は常時廻を使っていたのだ。常人なら倒れてしまうようなことも、大量の廻を持つ俺なら簡単にできてしまう。
俺は今、廻を垂れ流している。
つまり俺の拳は今、廻で補強されているのだ。
「ぶっ飛べ!マッドサイエンティストォ!!!!」
俺は、男の体を捕らえ……
「!?」
強烈な衝撃をその身に受け、俺の体は後方へと大きく跳んだ。体中の肉が裂け、鋭い痛みが俺を襲う。
「ぐ……」
「はははっ!天才であるはずのこの僕が!何も対策していないとでも!?!?」
Mr.フランケンシュタインが高らかな声を上げた。
崩れ落ちた瓦礫の下で息を潜めながら俺はその様子を見ていた。一体何がどうなったのか自分でもわからなかった。
あの瞬間、俺は確かに彼を殴りつけたはずだ。しかし感触はなく、吹っ飛ばされたのは俺の方だった。
「ふぅ……」
傷だらけだった俺の体がみるみるうちに治っていく。ダダ漏れ状態の廻が治癒しているのだ。
「対策、か。」
強化された俺の拳を真っ向から受けて助かっているというのはおかしいだろう。ということは何か俺専用の細工をしているとみるのが良さそうだと俺はその場から離れた。
逃げながら、こちらも体勢を整えるしかない。
研究施設を走り回る。手記を読む前はよく考えていなかったが、よく見るとこの研究施設は不気味だ。
窓が一つもないのだ。
(逃げられないようにするためか?)
後ろから騒音が鳴った。どうやらMr.フランが俺を探しているらしい。
「追ってきてるのか、くそ!面倒くさい男だ!」
俺は彼に見つからないよう廻を発動する。一度、自分の廻について知ってしまえばその万能性は格段に上がる。
『探査』
俺は廻を大きく広げる。廻は他の物質の廻を捉えることができる。常人ならこれで相手にも自分の居場所がバレてしまうが、俺は違う。
俺は研究施設全体を廻で覆った。
「まだ、だいぶ後ろにいるな。」
これで無様にあの男に捕まることもないだろう。
俺は駆け出した。
(Mr.フランケンシュタインの細工は何だ?この研究施設にその答えがあるはずだ。)
すなわち、あの男と過ごした日々の中に何かヒントがあるはずなのだ。そして俺は思い出した。
『ここから奥は危険な薬物が揃っているからね。くれぐれも近づかないようにね。』
『危険な薬物…ですか?』
『おや、興味があるのかね?』
『ああいえ、俺には専門的な知識はさっぱりで。わかりました、気をつけます。』
「あの奥には、何かがあるのか?」
もちろん無駄足になるかもしれない。しかし行ってみる価値はあった。俺は記憶を頼りにその場所に向かう。
その場所は、階段を下ったその先にあった。床の塗装はなく、石畳が続いていた。
下に行けば行くほどひんやりとした空気が場を満たしていき、そして暗くなっていく。
逃げ場が減るが、幸いなことにあの男は足が速い。逃げ切るだけなら容易だ。ただし、俺の目標は逃げることじゃない。あの男を殺すことだ。
「この、先か。」
俺は奥へと広がる石畳の通路を俺は見る。
「行くか。」
ぺたぺたと裸足の足に冷たさが増していく。そして俺は見つけた。そこにあったのは、いくつもの牢だった。
『がるるるるるるるる!!』
『ぎゃお!ぎゃお!』
『シャアアアアアア!!!』
そして、いくつもの獰猛な叫び声。
(実験用の堕獣はここで飼育していたのか。)
俺は冷めた気持ちで牢獄の中を見渡していく。
そして、俺は出会った。
この出会いが、俺のターニングポイントだった。
「誰?」
「!?」
その声は明らかに、人間のものだった。俺は声のした方向を見た。牢の中に誰かがいた。だんだんと、暗い空間に目が慣れていく。
牢の中の人影が露わになっていく。俺は彼女を見て、息を飲んだ。
「あの男、どれだけ堕ちれば気が済むんだ。」
頭に血が上っていくのがわかった。
俺の視線の先、そこにいたのは。
「お兄ちゃんは誰?」
手術痕であろうツギハギだらけの、痩せこけた幼女だった。
☆
齢は6歳ほどだろうか?
痛々しく刻まれたその傷跡は赤く、白磁のような彼女の肌を締め付けていた。
そして、俺が何よりも惹きつけられたのは彼女の口だ。
彼女の口からは、人間のものとは思えない牙が生えていた。
「おい。」
俺は彼女の牢の前に立つ。
「お前は人間なのか?」
牢のなかで、彼女が身動きする音が聞こえた。カチャカチャと音がする。鎖で繋がれているようだ。
「キューは人間だよ?」
「キュー、それがお前の名前なのか?」
「うん!そうだよ、お兄ちゃんは?」
「俺は……"お兄ちゃん"でいいよ。」
「? わかった!」
俺の名前は、俺にもわからなかった。だがそんなことをキューに言っても彼女には理解できないだろう。
「キューは…何でこんなところにいるんだ?」
「? キューはずっとここにいるよ!」
キューはその見た目通り精神年齢が幼く、まともな会話ができそうになかった。
「あー…お前は小太りの男を知っているか?白衣を着た…」
「知ってるよ!毎朝ご飯を届けに来る人でしょ?」
キューはMr.フランケンシュタインを知っている。しかし彼への憎悪を持っていないようだった。
年端もいかない彼女だが、自分への行いが悪辣だと言うことには気づけそうなものだが…。
「お前はいつからここにいるんだ?」
「ん?わかんない!」
「は?どういう…」
「だからぁ!キューはずっとここにいるもん。」
「………」
「キューはここしか知らないよ?生まれてからずっとここにいるの!」
「ずっと、ここに?」
「でも寂しくないよ!ほら、お母さんも一緒だもん!」
そう言うと、キューはあるものを俺に見せつけるようにした。俺はそれを一瞥し、湧き上がる憎悪を感じた。
キューが母と呼んだものは、人間の頭蓋骨だった。
『民の体そのものを強力な兵器にしてしまえばいい。』
俺のなかである仮説が、信じたくないと思うほどに胸糞の悪い物語が創り上げられていく。
Mr.フランケンシュタインは、産ませたのだ。
堕獣と人間のハーフを作るために人間の雌に堕獣の子供を産ませ、それを改造したのだ。
ずっといるというのも納得できた。彼女はこの研究施設で生まれ育ったのだ。だからこそ、善悪の区別もわからない。
「キュー、それはお前のお母さんじゃない。」
「え、お母さんだよ?」
「それはお母さんだったものだ。もう死んでる。」
「死ぬって何?」
「いなくなるってことだ。いいかキュー、お前はもう」
なぜこんなにもスラスラと言葉が出てくるのか自分でもわからなかった。もしかしたら俺は、過去に大切な人を失ったことがあるのかもしれない。
キューがこちらを見ているのがわかった。当然だ。キューは鎖を目一杯伸ばしてこちらに歩み寄っていたのだ。
「お前はもうひとりぼっちなんだよ。」
キューの幼い顔が歪んだ。
「お兄ちゃん何言ってるの?だってお母さんは、ほら!眠ってるだけだよ!」
「お前の母親はもう動かない……お前は何年も何年も、眠っているだけだと、母親はじきに目を覚ますと本気で思っていたのか?」
「………………」
「本当はお前だってわかっていたはずだ。お前の母親はもう動かない。もうお前とは話せない。」
「…なんで」
「なんで?なんてことは俺にはわからない。そういうもんなんだよ。人間は弱いんだ。」
俺がそう言うと、キューが顔を掻きむしるように爪をたてた。そしてそのまま叫び出す。
「ひ、一人は嫌だ!一人ぼっちは嫌!」
火がついたように慌てふためくキュー。それを見て俺は…
「見つけたぞ。」
「「!?」」
キューの風貌に驚愕し、俺はいつのまにか廻を気にしていなかった。声の先、Mr.フランケンシュタインがこちらを見ていた。
「探したぞ、君。ここには入ってはいけないと伝えたはずだがね。」
「そんなもの、俺が守る義理はないだろ。」
「Qと接触したか…ふむ、どうやら彼女にかけた暗示を解いてしまったようだね。」
「何?」
暗示。男はそう言ったが、俺にはその意味がよくわからなかった。
「簡単だよ。彼女は今年で19歳だ、多少の人格破綻はあれど、人骨を見て母親と呼ぶほど頭が弱いわけではない。確かに彼女の目には人骨が母親に見えていたんだよ。」
「!?」
「それを君が、君が人骨だと言ってしまったせいで彼女の暗示は解けてしまった。」
牢の向こうでキューは今も泣いていた。
この涙を流させたのは俺なのか?
いや、そうだとしてもこんなことは間違っている。俺には記憶がない。それでも、俺の心の中の正義は消えたわけじゃない。
「キュー!」
「!」
俺は叫んだ。目の前の小太りの男なんて後回しに、キューに向かって叫んだ。
「いいかよく聞けキュー!人間は死ぬ!死んだ人間は帰ってこない!それでも!!!」
俺の心のなか、かすかに残った記憶。
俺は確かに絶望の淵にいた。しかし、そこから救い出してくれる仲間たちがいた。よくは覚えていない。それでも温かい感情は確かに俺の中で生きている。
「それでも!きっとお前は前を向ける!!前を向かせてくれる、一緒に向いてくれる仲間が絶対にできる!!!」
牢の鉄格子を無理矢理捻じ曲げ、俺は叫んだ。
「だからこの手を取れ!キュー!!俺がお前を温かい場所まで連れて行ってやる!!!」
「お兄ちゃん………」
キューに向かって手を伸ばす。きっと、俺にも手を伸ばしてくれた人たちがいたのだ。だから俺は今も生きているのだ。
キューが俺に手を伸ばす。
そして今、確かに俺たちの人生は交わった。
「つまらん話だ。もういいかい?」
「!」
Mr.フランケンシュタインが俺とキューのすぐそこまで来ていた。俺は咄嗟に彼女を庇った。
しかし俺の行動とは裏腹に、キューは俺の前に立った。
「キュー!?」
俺は思わず叫んでしまった。それはキューが俺を庇ったからではない。キューの体が膨張し、変形していくのがわかったからだ。
『がるるるるるるるるるぅぅ!!!』
「!?」
そこには一匹の美しい白虎がいた。ツギハギだらけのその体も、なぜか神々しいもののように感じた。
それに驚いていたのは俺だけではない。Mr.フランもまた、彼女の変わりように驚いていた。
「そんな……Q!お前の実験は確かに失敗していたはず…まさか!隠していたのか!?この神である僕に!!」
「実験だと……やはりお前は!!」
『お兄ちゃん!乗って!!』
「「!?」」
俺の返答を待たずに白虎が俺を咥えて走り出した。俺はたまらず声を荒げる。
「なっ!お前喋れたのか!?どういうかどこに行く気だ!」
『そんなのわからないよ!』
「はぁっ!?」
『お兄ちゃんが言ったんだ!私を!連れ出してくれるって!だから行く先はお兄ちゃんが決めてよ!!!』
「!……くははっ!」
俺は高らかに笑い、彼女の口元から背へと飛ぶように移動した。彼女の体毛を掴み、耳共に口を寄せた。
「俺は復讐がしたい。お前を連れ出すのはそれからだ。」
『じゃあ、どうするの!?』
「この研究施設をあいつごとぶっ潰す!」
この施設には窓がない。俺は最初、閉じ込めた堕獣が逃げ出さないようにそう作ったのかと思った。
しかし堕獣は檻の中にいた。それなら窓を作らなくてもいいはずだ。だから俺は考えた。
下に行くほど下がっていく温度。
なぜだかじめじめとした施設内。
違和感のある光源。
俺の仮説が正しいならばこの施設はきっと…っ!
階段を駆け上がるキューに俺は声をかける。
「キュー!俺が道を開ける!!お前は何も考えずに走れ!」
『! わかった!』
俺は拳を握った。
そして、思い切りその拳を斜め上に向けて放った。
研究施設に風穴が開く。
「走れ!!!」
光のように速く白虎は駆けていった。通り過ぎた場所から爆音と共に何かが潰れていくのを肌で感じた。
この研究施設は地下にあったのだ。
そこに大きな穴を開けてしまえば、重力で地面は落ちてくる。そしてそれに釣られ、地形は変わり、大きな地盤変動が起きる。
俺たちの行く先に光が見えた。
「抜けろっ!!!」
『ガァァァァァァァァァァァァッッ!!!』
白虎が駆ける。光の中へ懸命に駆ける。
「! しゃあああああああっっ!!!」
そして俺たちは地上へと脱出した。
☆
『はぁ…はぁ……っ!』
「お、おい!キュー!大丈夫か?」
『うん…大丈夫。」
言葉の途中で、彼女が人へと戻った。
俺は彼女を抱きかかえながら、崩落した研究施設跡地を見た。
キューがゆっくりと口を動かす。
「終わったのかな……?」
「……………」
「……お兄ちゃん?」
「まだだ。あいつはまだ生きてる。」
「!?」
そうだ、俺の復讐は終わっていない。
「お前に乗って逃げているとき、俺は確かに見たんだ。」
大量のMr.フランケンシュタインが、そこにはいた。
その事実が指し示すこと、それはつまり…
「俺たちが対峙していた小太りの男は、おそらく機械だ。あいつが操っていた機械のうちの一体でしかなかったんだ。」
それならば、最初に俺が殴りかかった時のことも説明がつく。俺が殴りかかった機械はおそらく自爆したのだ。そして衝撃で俺が飛ばされた隙に、もう一体の機械と入れ替わった。
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、あいつは生きてる。」
「!?」
Mr.フランケンシュタインは確かに今も生きている。きっと小太りのあの姿は偽装で、本当の姿ではないだろう。
今もそいつはこの大陸のどこかでのうのうと生きている。その事実が俺の怒りを駆り立てた。
「俺はあいつを許さない!俺の記憶を奪い、俺の仲間を殺し、そしてキューを傷つけた!!」
俺は立ち上がった。この懐かしいような感情の名前を俺は知っている。
「キュー!俺はここで誓うぞ!!」
その名を復讐心という。
「俺はあいつに復讐する!この人生をかけてでもな!!」
☆
アンドレという男がいた。
どこで何をしているのかわからない。彼は行方不明なのだ。実はもう死んでいるのかもしれない。いやきっともう死んでいるのだろう。
そう、彼は死んだのだ。
名を忘れ、仲間を奪われ、人間の体さえ失ってしまった。
今の彼はもはやアンドレではない。
彼は名もなき復讐者にすぎない。
だからこそ、パプリカの民は彼をこう呼ぶのだ。
『復讐者A』と。
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